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聖JKとアンチミステリ御破算  作者: 凛野冥
がぶりえる章:智み取り選り取り緑
17/39

来須による解決編・後

    ・・・・


 硬直する〈遊〉。数秒遅れて、ようやく弱い反論が返ってくる。

「先ほど智緑さんから、赤鞠さんは舞砂ミコと血液交換したと聞きましたが……?」

「ああ。しかしそれだけじゃない。その後さらに、〈舞砂ミコ〉と葉月遊が交換したんだ。これによって赤鞠の血は〈遊〉――きみに移った。殺された〈ミコ〉の中身が遊だった」

「そんな、行き当たりばったりなこじつけ……」

「そうかな? きみが血液交換をした理由を考えれば、自然な行為だと思うが」

「何ですか、その理由とは……」

「あまねから逃れるためだろ?」

〈遊〉は口を開こうとして、結局閉ざした。無駄と悟ったのだろう。代わりに〈こもる〉が「でもあまねちゃんは死にました!」と反応する。中身である千里はあまねの信者だ。

「あまねが生きているという噂が広がってるそうじゃないか」

「たしかにそうですが……本気で信じているのは、一部の人達だけです……」

「あまねが死んだのは事実だよ。だが赤鞠はそう考えなかった。肉体が死んでも中身が生きているという可能性を知っていたからだ」

「それが――」智緑が引き取る。「――血液交換っす」

 いまの〈赤鞠〉と同じ状態である。〈ミコ〉は殺されたが、その中身は〈赤鞠〉の身体で生きている。ここにおいて、肉体はただの入れ物でしかない。

「……すべては勝利が要求したことだわ」

 甲をこちらに向けた左手が、顔の高さまで上がった。〈遊〉が、わざとらしいお嬢様言葉をやめて、ようやく赤鞠本来の喋り方を始めたのだ。

「背に腹は代えられない。肉を切らせて骨を断つ。大いに結構。王道に邪道、妙手に悪手、万全の策に苦肉の策、それが勝利に繋がるならば私にはどちらも同じこと」

 続いて右手も同じように上げられる。その指はもう頭を掻いたりしない。

「憎たらしい雫音あまねの死から四日後――先週木曜日のことよ。花天月高校の駐車場で迎えの車を待っていた私は、賊による襲撃を受けた。賊はピンク色のレインコートを着て、ペストマスクというのかしら――鴉みたいな觜のついた仮面を被り、金属バットを持っていたわ。そう、〈鴉面の通り魔〉が最初に現れたのは、このときだったの」

 両手を下ろして、彼女は鼻を鳴らした。

〈遊〉の姿をしていてもそうと分かる――宇奈赤鞠。

 彼女の性格であれば、無駄と悟った以上、他人の真似など続けないだろう。

「私の優秀な側近がバットを取り上げると、賊は情けなく逃げて行った。私は無傷だったわ。帰ってそのことを智緑に話したら、その子が云ったのよ。雫音あまねかも知れないと」

 彼女は智緑を横目で睨んだ。説明しろという意味だろう。妹は素直に応じた。

「あまね先輩が死ぬ前日――十四日の土曜日でした。お姉ちゃんが来須さんのお家に行っている間に、あまね先輩が千里ちゃんを連れて此処に来たんす。あまね先輩はボクに、千里ちゃんとの血液交換を依頼しました」

「ちょっと待ってくださいよ」

〈こもる〉が口を挟む。

「私、そんなの知りませんよ!」

 気持ちは分かるが、俺はその肩に手を置いて「とりあえず聞こう」となだめた。

「あまね先輩は、中身が由莉亜ちゃんになったこもるちゃんから血液交換のことを聞いたみたいっす。その三日前に由莉亜ちゃんとこもるちゃんの血液交換をやって、効果が出始めていたところでした。由莉亜ちゃんはあまね先輩派っすからね。ボクはより多くのサンプルが欲しかったんで、応じることにしました」

「この子は実験のことになると他を考えられなくなるから困るわ」

〈遊〉が心底頭が痛そうに云った。

「雫音あまねは朝のニュースを見て動いたのよ。水柱澄風が生きていたと知って、七五三殺人ゲームで自分が勝つことは無理だと判断したのね。だから破滅する前に、梅郷千里の中に隠れることにした。まさか夜に潤子が自殺して、自分の必勝パターンが復活するとは予測できないもの」

「ま、結局は水柱洋平に殺されるんで、血液交換は功を奏したことになりますけどねー。千里ちゃんの身体を使って、あまね先輩の人格は生き残りました。そしてお姉ちゃんを逆恨みから殺そうとしているみたいっす。学校を欠席していて、こちらから接触を図ることはできません。いわば防戦っす。そこでボクはお姉ちゃんに提案したんすよ」

 レンズを指でじかに触って、智緑は眼鏡の位置を調整した。道理で汚れるわけだ。

「お姉ちゃんとミコちゃん、それからミコちゃんと遊ちゃんで血液交換する。これによってあまね先輩の目を欺くことができるんす。中身がミコちゃんになったお姉ちゃんが学校で何度かボロを出してから休みに入れば、あまね先輩は血液交換が行われたと考えてミコちゃんの方を襲います」

「結果、そのとおりになったわ。餌に掛かった間抜けな魚ね。もちろん殺された舞砂ミコの中身は葉月遊。私はこうして葉月遊の身体に隠れている。二度の血液交換によって、宇奈赤鞠の外見も中身も両方、守ることができたのよ」

「遊ちゃんを選んだのは、ボクが個人的に仲良しなのもありますし、学校で孤立している彼女なら、中身がお姉ちゃんと露見する危険が少ないからっす。血液交換を行わずに、お姉ちゃんにミコちゃんらしい振舞いをさせるだけでは、あまね先輩がそれをブラフと疑った場合にお姉ちゃんが襲われますんで、二度の血液交換が確実な手でした」

 宇奈姉妹による順繰りの説明は、そこで途切れた。俺が一旦引き取ることにする。

「だがそれで終わりじゃなかった。続いて赤鞠は、あまねの抹殺を目指した。血液交換をした者たちを〈命メ館〉に集めて、あまねの潜む〈梅郷千里〉を殺害した。中身が赤鞠の〈遊〉が主犯、中身がミコの〈赤鞠〉が実行犯、智緑が共犯者だな。出入りが制限されたこの館の構造と〈血の円筒〉の回転トリック、それから録画を組み合わせることで、三人全員のアリバイを確立させる計画だったわけだ」

 考えてみれば、北口組と南口組の分け方はおかしかった。血液交換を行うペアは北と南にそれぞれ分けるのが自然なのに、由莉亜と〈こもる〉は同じ北口組だった。これは犯人三人のアリバイを偽装し、それ以外の者を容疑者とするための分け方だったのだ。

「ところで智緑、〈千里〉が呼び出しに応じたことについては〈遊〉にどう説明したんだ。あまねが死んでいる以上、〈千里〉には血液交換の相手がいないのに」

「そこは単純っすよ――千里ちゃんの中身のあまね先輩は、お姉ちゃんを殺したと思って気が抜けている。ボクがまた人格シャッフルをやると話したら、今度はこもるちゃんになりたいと乗ってきた。こもるちゃんと由莉亜ちゃんには、千里ちゃんはこもるちゃんを自称してるけど交換相手は遊ちゃんだと話しておく――と、こんな感じっす」

「何が『こんな感じ』よ……」

〈遊〉の低い声がゆらりと揺れた。

「説明してもらうわよ、智緑。これは貴女のせいよ。貴女のせいだわ。貴女が作戦中に余計な悪戯心を出したせいで台無し。水の泡ね。まったく見事に、炭酸のように弾け飛んだわよ。〈血の円筒〉の半回転に来須や昏木由莉亜を巻き込んだりして……そんなことをしたらどんなアホンダラでも気付くに決まっているわ!」

「ボクじゃなくて来須さんに訊いてくださいよー。この場の探偵は彼なんすから」

 探偵か……。自嘲気味な笑みが浮かんでしまうが、まあいいだろう。

「気付いて当然だろ。それが智緑の狙いだったんだからな」

 云ってやると、〈遊〉の肩がぴくっと反応した。

 それから彼女は、ゆっくりと振り向いた。

「どういう、ことよ……」

 俺は〈遊〉ではなく智緑へ向けて、手帳に挟んでいた例の便箋を掲げる。『雫音あまねに会いたいなら、明日の十七時に此処へ来て』俺を此処に呼んだ便箋だ。

「これを書いて俺の家のポストに投函したのもきみだな、智緑。理由はまさにきみがいま云った。俺に〈梅郷千里〉殺害事件の探偵役をやらせるためだ。こうして真相を暴かせるため、お前は俺に必要な情報のほか、〈血の円筒〉半回転のヒントまで与えたんだ」

 足跡は降雪のおかげで偶然に生まれたヒントだけれど、これがなくても由莉亜の話を詳しく聞けば充分、真相には到達できるようになっていた。

「ぎひひっ、ぎひひひひっ。すごいっすねー来須さん。ぎひっ。ボク、貴方のことが好きになってしまいそうっすよ。結果が予測を越えるというのは実に嬉しいことっすねー」

 俺はまったく嬉しくないが、智緑は可笑しそうに笑い続けている。

「……智緑が、私を、裏切ったと云うの? 実の姉である私を?」

〈遊〉の目尻はぴくぴくと痙攣している。よほど信じられないのだろうか。

「お前達の姉妹仲については知らないが、そのとおりだよ。一連の出来事は、きみにあまねの幻影を信じ込ませて、〈梅郷千里〉殺害に至らせるように仕組まれていた。きみの認識と真相のズレをまとめてやろうか」

 手帳の表に新たな行や列を書き加え、これも見取り図と同じくモニターに映させた。


挿絵(By みてみん)


 みなが表に見入る。〈こもる〉が「私の認識は〈誤認②〉の列でした……」と呟いた。

「〈誤認①〉列と〈誤認②〉列は途中段階での俺の認識だから、あまり気にする必要はない。大事なのは赤鞠――外見上は〈遊〉が、〈千里〉をあまねだと認識していたこと。だが〈千里〉の中身はこもるで、あまねは血液交換なんてしていなかったことだ。〈こもる〉が嘘を吐いて由莉亜を自称したために、この詐術さじゅつが可能になったわけだな」

 俺は壁を見上げてわなわなと震えている〈遊〉に向かって話す。

「きみは妹に欺かれていたんだよ。きみが聞いていた話は、ほとんどが嘘っぱちだ。あまねがきみを狙っているなんて事実はない。俺の姪は本当に死んだんだ。残念ながらな」

「……意味が、分からないわ。まるで話にならない。まったく意味が分からないわ! 貴方、私の話を仏教徒が釈迦の説法を聞くようにちゃんとしっかりと聞いていたんでしょうね! 私は実際に襲撃を受けたし、舞砂ミコは殺されたのよ!」

「きみを駐車場で襲撃した〈鴉面の通り魔〉が〈千里〉だというのは、智緑が話したことでしかない。実際は智緑か、智緑が用意した別人だったんだよ」

「じゃあ何かしら……私を騙すために、舞砂ミコのことも殺したと云うの?」

「七五三ゲームで大量殺人をやるきみ達のことだから、別に驚かないがな」

 俺は智緑に目配せした。探偵役はお仕舞だ。これ以上、俺が語ることはない。

 しかし口を開いたのは智緑でなく、別の人物だった。

「……赤鞠様は人の上に立ってはいけないんだよ」

 芯から冷え切ったその声は、〈赤鞠〉から発されている。

 その中身は舞砂ミコだが、もはや臆病者の態度ではない。

「貴女は貴女を慕う人に人殺しを命じるような人なんだもの。汚れを周りに押し付けて、自分だけが綺麗であり続けようとする。まるで私達はトイレットペーパーだよ。尻ぬぐいをしたら、見向きもされず捨てられるだけ」

「なに貴女……何が云いたいのよ、いきなり……」

〈遊〉も当惑気味だ。自分の傀儡かいらいが、自分の意思で話し始めたことに。

「私はもうよかったの。波歌ちゃんのご両親を殺して、無関係なホームレスの女性を殺して、波歌ちゃんを殺して、今更あと何人殺したところで、チョコレートパフェにチョコソースをかけるくらいの話なんだから」

「それはっ……」

〈こもる〉が堪えきれずに口を挟んだ。

「糖尿病になりますよ!」

〈赤鞠〉は冷笑で応える。床に座り込んだまま、真犯人としての告白が再開される。

「私は目の前の数人が死んででも、この先の何十人、何百人を死なせない方が大事だと思った。何よりも、私みたいな人が二度と生まれないよう、ここで終わらせるべきだと思ったの。宇奈赤鞠が人の上に立つどころか、人の世に出ることさえ永久にないよう――」

「黙りなさい鬱陶しい! 勝手を抜かしてるんじゃないわよ!」

〈遊〉は右手を上げると、ずんずんずん大股歩きで〈赤鞠〉に迫っていく。

「虫が思い上がって私の気に障る。嘆かわしい。なんて嘆かわしいの? 身の程を弁えて下痢でもしていなさいお前は。ああもう、私の身体を返してもらうわよ。本当に糞ったれのド畜生。雫音あまねが生きていないなら、土台こんなこと必要なかったじゃない!」

 直前で立ち止まると左手も上げて、覆い被さるように〈赤鞠〉を見下ろした。

「徹底的な勝利のためにこそ、高貴なる私が高貴なる身体を下賤の腐れ小娘に貸し与えたばかりか、こんな下劣なアバズレ女なんぞに一時とはいえ身をやつしてみせたと云うのにこんなの最低よ。怒髪天を衝く。まったくの大損だわ。さあ一刻も早く元に――」

「そう。貴女は戻るんだよ。やっと汚れたこの身体に」

〈赤鞠〉はごうも動じることなく、〈遊〉を見上げた。

「はあ?」という〈遊〉の声に、『んあ? なに?』という声が重なる。

 モニターに新たな映像が映し出され、再生が始まったのだ。

「これって!」と叫ぶ〈こもる〉に、智緑が「別バージョンっすよー」と答える。

 それは椅子に拘束された〈千里〉を正面から撮った映像だった。〈千里〉の背後には〈赤鞠〉が立っていて、今まさに、手に持った包丁を〈千里〉の腹に突き刺した。

『きゃあ! 何、何! 誰! やあ! 痛い――』

 引き抜かれる包丁。溢れ出す鮮血。間髪入れずにまた包丁が突き刺される。引き抜き、突き刺し、引き抜き、突き刺し、引き抜き、突き刺し、繰り返される。驚愕、困惑、悶絶と目まぐるしく変化していく〈千里〉の表情が漏れなく収められている。

『やめっ、うっ、ぐ・ウエエエッ、エッ、やめでえ――げエエ・エエエエエッ、エッ、げエッ、エエエエ、えげええええええ、エエッ、おねっ、がい――やめっ、でエエエエエエエエ・ゲッ、ゲッ、エエ・エエエエエエエエ! エエエエエエッ! エッ!』

〈赤鞠〉がカメラに向かって満面の笑みを浮かべたところで、映像は停止された。

 しばし呆けたような静寂の後、いま此処にいる生身の〈赤鞠〉が、喋り始める。

「予想できなかったよね、貴女には。でも私達は最初から、こうなると分かってたよ」

 あまりに冷たい視線。それは、どんな葛藤も通り過ぎた人間の境地か。

「いつも頭脳労働は優秀な智緑ちゃんに任せている貴女だから。勝利にこだわるなんて云いながら、自分は人殺しなんてできない貴女だから。まさか臆病者の私が反旗を翻すなんて、思いもしなかったよね。みんなが自分に従って当然と信じ込んでいる貴女なんだから」

「この――」

〈遊〉が握りこぶしを振り上げた――が、相手が自分の身体だと気付いたためだろう、身を翻して、智緑の方へと駆けていく。顔は真っ赤で、こめかみに太い血管が浮き出ている。

「録画したデータを消しなさい――今すぐ、今すぐよ!」

「えー嫌っすよー」

「殺すわ!」

 智緑のジャージの襟を乱暴に掴んだ〈遊〉はしかし、直後「ぎゃッ!」と悲鳴を上げた。

 智緑が彼女の手にスタンガンを当てたのだ。そしてひるんだ隙に、今度は首に当てる。

「ぎゃア・アア――ッ!」

 気絶した〈遊〉は、受け身も取らず床にぶっ倒れた。

 それに対して、智緑が何の感慨もなさそうに告げる。

「負けたら終わり――その口癖だけは正しかったっすよ、お姉ちゃん」

 くして、〈梅郷千里〉殺害事件の解決編は幕を下ろした。

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