襲撃
「お嬢様、これに着替えてください」
愛亜が自分の荷物を持ってきた。
その中に会った着替えを私に差し出す。
「その恰好では目立ちすぎます、それに着崩れてしまってみっともないでしょう」
実際、私の赤い花嫁衣装はすでに少しよれてしまっていた。髪も崩れている。
「婚礼は行われないのだから」
ポロっとまた涙があふれた。私は花嫁衣装を脱いで下着だけになる。下着以上を脱ぐことはあまりに無防備ではばかられた。
愛亜は何も言わず私の着替えを手伝ってくれる。
「あたしの荷物だけでも残っていてよかった」
私は愛亜の黄緑色の襦裙を身に着けた。崩れた髪をまとめ直し、笄でまとめる。
愛亜は私の花嫁衣装をたたんでいた。
「お嬢様、場合によってはこれを金に換える必要があると思われます」
愛亜はそう言った。
「いいですか、金目のものはみんな持っていかれたんです。旦那様に連絡をつけて迎えに来てもらうにしても何日かかるかわかりません、ですからそれまで生き延びなければならないんです」
そう言われて私の両手は震えた。あの方に嫁ぐために用意した花嫁衣装。
あの方のために。あの方に嫁ぐために用意された衣装。
「いいですか、お嬢様、人間食べなければ死ぬんですよ」
愛亜の言っていることは正しい、だけどこれを手放すなんて。
「わかった」
婚礼は中止になったのだから、花嫁衣装など持っていても仕方がない。
私は唇をかんだ。あの方のことを思い出す。
どうしてあの方ばかりこうも不幸が続くのだろう。
愛亜は私が頷いたのを見て小さく笑う。
「そうですよ、お嬢様、生きてこそです」
何か木の板がへし折れるような音がした。
「え、何?」
愛亜がぎょっとしたように顔をひきつらせた。
振り返ってみると、なんだか見覚えのない、大きな男の人がいた。
左頬に大きな傷跡がある。その人だけでなくて後ろにも何人か顔やむき出しになった腕に傷が散っている。
「何なの?」
愛亜が私をかばうように前に出た。
「佶家の、嫁だな」
「佶家には借りがあってな、お嫁さんにちょっと払ってもらわんとな」
そんなことを口々に言うけれど、そんなこと聞いたことがない。
「まだ結婚してないわ、婚姻が成立していない以上佶家の負債なんかお嬢様が払ういわれはないのよ」
愛亜が私の前に立ちふさがってそう言った。
しばらく愛亜とその男たちは睨み合っていた。
私は何が何だかわからない。
「火事だ逃げろ」
そんな声が聞こえた。愛亜がとっさに私の腕をつかんで走り出す。
「こっちだ」
見知らぬ少年が私たちを手招いた。