略奪
「お嬢様、一度宿に戻りましょう」
愛亜がそう言って立ち上がる。
「さあ」
私はがくがくと震える膝を何とかなだめて立った。
結い上げられていた髪が崩れて顔にかかっている。愛亜はその髪を撫で上げて整えてくれた。
「宿はどちらかしら」
ずっと輿に乗っていたので道が分からない。
愛亜は悩むような顔をしていたが、意を決した顔をした。
「多分大丈夫です、何となく覚えています」
そしてよろめきながら私達は寄り添って宿へと歩いていく。
そしてあの方が連れ去られた方向を見る。もう誰もいない。どうしてあの方があんな目にあうことになったのか。この国の皇帝はとても賢明な方だという話なのだけれど。
暗い道を二人で歩くのはとても心細いわ、愛亜と二人で歩いていると涙がこぼれた。もうすぐ私は幸せになれるはずだったのに。
しゃくりあげる私の背中を愛亜は撫でてくれた。
やっとのことで宿に戻ると宿の主らしい初老の男女が怪訝そうな顔をする。
「私の連れは?」
そう尋ねたが要領を得ない。
愛亜が先に立って、預けてある私の嫁入り道具のある場所に向かった。
「何もない?」
愛亜の悲鳴のような叫び。
「いったいどうしたの?」
「誰も残っていません、婚礼が終わるまで待っているはずなのに、それに明日運び込む予定の嫁入り道具が見当たりません」
愛亜の言葉に私も愛亜の後ろからその部屋を覗き込む。無人で空っぽだ。
「何があったんですか」
愛亜が相手を問い詰めるのが聞こえた。
「あの、佶家のご夫婦がいらして、すべて運び出して他の方にも帰るようにと言って」
愛亜は息をのんでそしてぎりっと唇をかみしめた。
私は何が何だかわからずただ立ち尽くすだけだ。
「あの夫婦、なんてことを」
佶家のご夫婦とはあの方のご両親のはずだ。父の取引相手であり、私自身それなりに親しくしていたと思う。
穏やかでほほえみを絶やさない優し気な方達と思っていた。あの二人が義理のご両親になるならこれからも安心だとそう思っていた。
「あの二人とんでもないことをしでかしましたよ」
愛亜の目が何だか怖い。
「わかりませんかお嬢様、あの二人は自分の母親と息子を見殺しにして、自分達だけ逃げたんです。お嬢様の財産を行きがけ駄賃に持ち逃げして」
愛亜が吐き捨てるように言った。
「見殺しって、あの方を?」
まさかあの方があんな目にあったのはあのご両親が裏で手を回したからだというの?
信じられなくてその場に立ち尽くした。