恋の始まり
あの方が去ってから私は鬱々として日を過ごすようになりました。
国に帰ってあの方はどうしているだろう。思い返すことはそれだけでした。
そして、当然のことながら私の婚礼の話が父から出たのです。
父が持ってきた縁談はあの方のいる閃ではなくこの国の友好国である錦でした。
この家すらまともに出たことのない私がこの国を出て嫁ぐ。少々気の重い話でした。もしこれがあの方のもとになら私は喜んで首を縦に振りましたものを。
私があまり気の進まない顔をしているのを、家から出るのを不安がっているのだろうと父は思ったようです。
ですがこの縁談はとても条件がいいものなのだと何度も言いました。
愛亜も父に迎合した。
むろん愛亜の立場であれば父の言い分に反対などできないのだけれど。
私は胸のしこりのようにあの方の面影がこの身から離れない。
「ああ、例の人、故郷に好いた方がいらしたんですって」
愛亜はそう私に言ってきた。
その人故郷であの方の帰りを待っていたのだろうか。
そして今頃再会して。痛いということを私は本当に知らなかったのですね。
それから数日後のことでした。
父が、私に閃に嫁ぐ話が出たと言ってきたのです。
あの方のいる国の名に私の胸は高鳴りました。そして父にその家の家名を確かめたのです。
佶家、間違いなくあの方の家名です。あの方が一人息子だということも私は確かめていました。
私は震えながらもその縁談を受けてくれと父に頼みました。
あの方のもとに嫁ぐことができる。
その夢のような話にしばらくぼんやりとしていたのです。
「そういえば、故郷の思い人はどうしたんでしょうね、死んだのでしょうか」
愛亜は不意にそんなことを言いました。
あの方に嫁ぐと聞いたときには脳裏から飛んでいたのですが。そうあの方には思い人がいたのです。
その人をどうしたのかわかりません。裕福な家では妻と妾を同時に暮らすことも珍しくないというので、もしかしたら家にいるのかもしれない。
そう思うと冷水をかけられたような心持がします。
それでも不安を振り払い、何があろうとあの方についていくと決心した私は嫁ぐ準備に取り掛かりました。
我が家から愛亜が私についてくることになりました。
これから先も愛亜は私とずっと一緒だから安心しろと父はそう言ったのです。
そして、船に乗り私は故国を離れました。
初めての船の旅。異国へと旅立つのです。
愛亜は様々なことを私に代わって取り仕切ってくれました。将来店の女主人になった時その片腕は愛亜に任せるようにそう父に言い含められました。
確かに愛亜以外の人に任せることはできません。
そして、私は閃の王都にたどり着き、佶家の取った宿屋で花嫁衣装に身を改め輿に乗り込んだのです。
なのにどうして私はこんな光景を見ているのでしょう。あの方が縄につながれているそんな光景を。






