その生い立ち
私は嘉の国の商人の娘として生まれました。
私は両親と五人いる兄に慈しまれ大切に育てていただいたと思っております。
父の商いは幅広く忙しくしていたようですが、それでも父は私のことを常に気にかけていただいておりました。
おそらく我が家は相当裕福な類であったのでしょう。私は着るものにも食べるものにも相当ぜいたくな暮らしをしていたと思っております。
そして私は家族と屋敷の奥深くでそれほど人とかかわらぬように暮らしておりました。
そのような暮らしぶりを母や兄はあまり良いことだと思わなかったのでしょう。私が十になったころ私付きの侍女として同じ年の愛亜をつけてくれることになりました。
愛亜は私にとって窓のように外の暮らしを教えてくれる存在でした。
愛亜は遠い場所で暮らしていたけれど家族を失ったと言っていました。その詳細は知りませんが遠縁だったので我が家に引き取られたのは確かです。
家族と愛亜それがあの日まで私の生活のすべてでありました。
その数日前、我が家に客人が招かれたのです。
ただそのことは私の耳に入っていてもそれを指して重要なことだとは思いませんでした。
だけど、あの日、あの方にお会いしたのです。
あの方は廊下の窓から我が家の庭を眺めていました。
そして確かに目が合ったと思ったときまるで胸に詰まったように私は何も言えなくなってしまったのです。
あの方のまなざしと私のまなざしが絡まりまるでそのままあの方にからめとられてしまったかのように私はその場を動けませんでした。 不意にあの方は私のわきをすり抜けて行ってしまいました。鼓動が痛いほどに感じられました。こんなにも胸のときめきを感じたのはいつ以来でしょうか。
そしてその日からあの方の話を積極的に私は聞き出そうとしたのです。
兄たちはそんな私に対して不思議そうな態度をとるばかりでした。ですが私はどうしてもあの方のことが知りたかったのです。
そしてほどなくあの方が戦火で故郷を追われた身であることを知ったのです。
あの方の故郷は国が荒れていて、ついには内乱が起きたのだと。そのような国に生きるとはどういうことなのでしょうと何度考えてみましたが私には理解できませんでした。
ただあの方がとても心細い境遇にあられたのは何となく想像がつきました。
お気の毒なあの方を何とかお慰めしたかったのですが、私にはそのような気働きもなく、愛亜に相談しても愛亜はただ。
「そうっとしておいてあげるのも親切ですよ」
それだけを言うのです。
そうこうしているうちにかの国の内戦が収まったという知らせが我が家に届いたのでした。
あの方はそれからほどなく我が家から去ったのです。
私の心にぽっかりと空いた穴。あの方が晴れて故郷に帰ることができる、喜んで差し上げたいのに私はあの方がいなくなるのがただ悲しかったのです。