婚姻
夜の闇に隠れてお兄様が私のところに来た。
「愛亜から話は聞いた」
お兄様は静かに諭すように私に話しかけた。
「これから兄の言うことを守れるなら、お前の望みをかなえてやろう」
兄はとても真摯な顔で私の顔を覗き込んでいます。
ほんのわずかな偽りも許されないのだと私にはわかりました。
「お前はこれがどれほど危険なことだと分かっているか?」
あの方は閃の恐ろしい皇帝のいる国から逃げてきた咎人。そのことがかの国に知られたらあの方の命はない。
私は息をのんだ。お兄様は恐ろしいほど真剣な目で私を見る。
「お前はあの男の命を握っている。そのことを忘れてはならない」
「私はどうすればいいのでしょうか」
私はできることなら兄の裾にすがってでもあの方を救ってもらいたいのです。
「それならばお前は決して佶の家のことを口にしてはならない。そして閃の国のことも口にするな、あの男は崔の分家、甲の次男坊で淳達だ。そのことを常に頭に入れておけ。決してほかの名で呼ぶな」
あの方の名を忘れよというのですね、そうもはやあの方は帰る場所もないのですもの、私があの方のための場所を作って差し上げるのですわ。
「わかりました、あの方は淳達様ですわお兄様」
「忘れるな、それがお前のためだ」
お兄様は私の頬を撫でながらゆっくりとそう何度も繰り返した。
私があの方のもとに再び嫁ぐことになったのはそれから半年後のことでした。
あの日より格段に減った花嫁道具ですが。それでも私は愛する方のもとに嫁ぐことができて幸せでした。
私たちの新居は実家にほど近い場所にあり。お父様やお母さまがたまに訪ねてきてくださいます。
ですが残念なことに愛亜はいません。
愛亜はよい嫁入り先があったとだけ兄に告げられました。
随分遠方に嫁いだためもう会うこともないだろうと言われました。
幼い少女の時よりそばにいた愛亜にもう会えないのはとても寂しい。ですがそれも仕方のないことです。
私の夫は小さな支店の主。侍女はいらないのですし。
お兄様の言いつけ通り、あの方のことは淳達様とだけ読んでいます。元のあの方の名はもう忘れてしまいました。




