65「なんて壊しがいがあるんだろう」
街中の喧騒というのが、ここまで不快だとは思わなかった。何をそんなに喋ることがあるのか、不特定多数が会話を繰り返す。それはもはや騒音と言って差し支えなく、鼓膜を遠慮なく突き刺してくる。
「なにを勝手なことをしているんだ?」
ヤツは感情を沸騰させんばかりに唾を撒き散らかす。知ったことか。指図されるいわれはない。
「わかってるのか? 今、事を起こすのがマズイことを!」
実験室にとって、俺は特化型サンプル以上の情報ハザード対象だと、同じことを飽きもせずにヤツは説明を繰り返す。それで? だからどうしたと言う?
「それで、じゃない! 貴様がどの特化型サンプルよりも性能が高いことは認めるが、国家権力が後ろ盾にある実験室にはかなわない! だから、もう少し待てと言っているのだ!」
実験室がどう企もうが、ヤツがどう画策しようが興味はない。だが、あの特化型サンプルには大いに興味をそそられる。
「忌々しい【限りなく水色に近い緋色】は、どこまでも私の邪魔をする――」
怨念ごと吐き出すようだが。そんな研究者を見やりながら、嘲笑すら浮かばない。結局はお前が研究者として不完全なだけだろ? あの特化型がお前の研究や理論より強いだけ。ただそれだけのことじゃないか?
(まぁ、いい)
ヤツは道具として利用価値がある。だから、勝手に喋らせておく。
と、足を止める。
あれは、なんだ?
「あぁ、野球場だ。お前には縁の無い場所だ。あの廃材が引退試合をするらしいぞ。能天気な話だな」
鼻で嘲笑い、ヤツは歩みを早める。
ふぅんと、見やる。
笑顔で人々は【やきゅうじょう】とやらに列をなしていく。
【やきゅう】とやらに、これだけの人が集まるらしい。どういう場所なのか、より興味をそそられた。
こんなにも外の世界はたくさんの人で溢れて、明るくて鮮やかで眩しくて。自分が拘束されていた、窮屈で狭い場所とはかけ離れすぎて――。
なんて
壊しがいが、
あるんだろう。
彼はあの特化型サンプル――宗方ひなたとの再会を夢見て、ニンマリと笑みを零すのだった。