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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
65/68

62「そんなんじゃ、な、な、無いから、無いから!」



「おしゃれして、どうしたの?」


 母に声をかけられてドキリとした。母から見ても分かるのだろうか――ガラにもなく、胸が高鳴るのはどうしてなんだろう、と思う。それだけで顔が――熱い。


「え、そ、そんな、オシャレなんかしてない、よ?」


 自分で言ってオカシイと思う。母と買い物に行く時しか着ないワンピースをわざわざ選んで、同じく母と出かける時にしか使わないハンドバッグを持ち出して、お気に入りの髪留めをして、爽からもらったネックレスをさり気なく見えるように首にかけて。

 と、母は小さく微笑む。そっとペンダントに触れた。


「水原君がくれたんだったわね」


 それから、ひなたの髪に触れる。


「髪がはねてる。折角のオシャレが台無しよ?」


 と櫛を手に取り、髪を梳いていく。


 不思議な感じがする。少なくとも、 今までこんな記憶はなかったから。

 ずっと願って夢に見ていたことが、今目の前にあって。――思いもよらずに、感情が揺れる。


「こらこら、なんて顔してるの」


 母がクスリと笑いながら、ハンカチを取り出す。


「水原君とのデートなのに、そんな顔してちゃダメでしょ?」


 突然の爆弾発言に、ひなたの頭は真っ白になった。


「ち、ちが、そんなんじゃ、な、な、無いから、無いから!」


 血流が駆け巡り、鼓動が脈打つのが自分でも分かった。頬が熱くて湯立つような気がする。母はそれを見てクスリと笑う。


「ま、理由は何であれいいんじゃない? ひなたは水原君の前では遠慮なく自分を出せるみたいだしね」

「う、う……ん」


 コクリと頷く。それは母の言うとおりだと思う。爽が一番最初にひなたという存在を肯定してくれた。次に【緋色】の存在も肯定してくれた。青い、とひなたの中の彼女は吐き捨てるのが瞼の裏に浮かぶが、それでもひなたは嬉しかった。


 ――実験室にいた当時の記憶が断片的に抜け落ちて、いまいち実感がないにしても、だ。

 と、母は幾つか化粧品を取り出した。


「え?」

「せっかくだから、メイクをしてあげる。ひなたは素のままでも可愛いと思うけど、いつもと違うひなたを水原君に見せてあげるのもいいんじゃない?」


 とパフを肌に走らせていく。鏡を見やりながら、まるで自分じゃない気がする。母は小さく笑む。


「水原君がその手を離せないくらい、可愛いと思うわよ」

「え……」


 鏡を再度見やる。自信はまるでないが、子どもの殻を突き破った、少し大人の表情を垣間見せる、ひなたがそこには居た。


「楽しんでいらっしゃい」


 そう母が微笑む。ひなたは――満面の笑顔で大きく頷いた。


「あ、ひなた?」

「なに?」

「羽目を外すのはいいけど、避妊はしっかりね?」

「え――」


 ひなたは固まる。その意味を要するまで30秒、その後慌てふためき、声にならない声が、家中に響いたのだった。











「いってらっしゃい」


 変わらぬペースで、シャーレは娘を見送る。


 ひなたが出たのを確認してから、ずっとハンドバックの中でバイブ音を振動させ続けていたスマートフォンを手に取る。案の定、スピッツからのメッセージが表示されていた。




【エリクシール生成に向けて、実験を第2段階にシフトさせる。引き続き、被験体の生態観察に努めよ。こちらはエメラルド・タブレッドの起動に全力を尽くす。並行し、サンプルたちの負荷試験も進める。ログは随時送信すること】




 シャーレは小さく息をついた。


 エリクシール。――即ち、生命の妙薬。輪廻の輪から外れた悪魔の所業と言える。それは研究に関わってきたシャーレ自身が自覚していた。


 喉から手が出る程に渇望しているのは事実だ。その一方で――ひなたの笑顔が目蓋の裏側にチラつく。


 どうにかしていると思いながらも、自分がつくため息の重さの意味が分からない。

 ただ研究者シャーレとして、彼女は自動的に義務的に呟くのだ。


「――Enter」

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