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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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61「全部、欲しいな」


 目を開ける。頭痛もお構いなしに、遠藤は起き上がった。


「――ひなちゃんは?」


 あまりの痛さに手を添えると、頭には包帯が巻かれていたのにようやく気付く。


「病院?」

「やれやれ、ですね」


 と苦笑する声が響く。


「やれやれ、だな」


 同じく、呆れた声と。見ると、川藤が苦笑を浮かべながら、リンゴの皮をナイフで剥いていた。隣のベッドには、研究者ビーカーが仏頂面で横になっていた。そしてもう一人、無表情にビーカーの横に立つ女子高生が一人――。


「とりあえず宗方さんは無事です。そのご報告を先にすればご満足頂けますか?」


 ニッコリと笑って、タブレット型端末を手に報告を進めていく。それを遠藤は食い入るように凝視する。

 遠藤は大きく息をついた。


「さすがだな、ひなちゃん」


 と言って、川藤とビーカーを呆れさせる。二人は同時にため息をついた。


「な、なんだよ……?」

「バカですね」

「バカなんだな」


 二人はあっさりと切り捨てる。


「お、おい! だ、だってそうだろ! いかに実験環境と言え、実験室があそこまで翻弄された挙句、施設破棄の選択までさせられた。今までそんなサンプルいたか? あの子達は監視はおろか、干渉すら納得しない。そんなサンプルに、実験室はどう策を講じるのか、 命令コードで示して欲しいね。【弁護なき裁判団】とは言え、たかが支援型サンプルだ。彼女たちは間違いなく、俺達を各個撃破して情報を分断しようとするぞ? 少なくとも【デバッガー】はそういう戦略を考案してくる。その時、研究者はどんな 命令(コード)を示してくれるんだ?」


 ほぅ、とビーカーは目を細める。


「色ボケしたエラーじゃなく、自律思考のもと、か。面白いな、お前も川藤も」

「は?」

「なんでもない」


 ビーカーは楽し気にニッと笑んだ。本来、【弁護なき裁判団】はメインシステムとサブシステム以外では自律的な判断プログラムを有しない。あくまで人間社会に溶け込む為の便宜的な感情プログラムでしかないのだ。人工的に作られプログラムで結びつく有機サンプル体。それこそが元実験室の研究者・トレーが作り上げた【弁護なき裁判団】だった。


 だが他のナンバー達に比べて、この二人の感情起伏の豊かなこと、鮮やかなこと。それは非常に興味をそそる。


(ま、エラーなら俺の好みに作り変えるという選択肢もある――)

 管理権がフラスコにあるとしても、だ。


「気に食わない――」


 ボソリと少女は呟いた。


「何故、ビーカーは私達を使わない? 私達が出れば、あんな小娘を潰すことなど造作ないのに」

「そうだな。お前達にかかれば造作ないな」


 関心なさ気な顔で、ビーカーは彼女を見る。


「遺伝子研究特化型サンプル【アイギス】――お前の能力(スペック)経験(スキル)なら、な」

「嫌味か、ドクター」

「そのままの意味だ。彼女たちは未成熟だ。だが、それじゃつまらないんだよ」


 ビーカーはニンマリと笑んで言う。


「個々の能力のみに特化させて研究開発をする時代はもう終わった。それは彼らの戦い方を見れば明らかだ。ある意味で、俺の研究方針は間違ってなかったと言えるな」


「ビーカー?」


 遠藤はビーカーを見た。いいのか、そんな事を言って、とその顔は言っている。遠藤と川藤の前で発言するという事は、室長フラスコにそのままダイレクトに伝わることを意味する。【弁護なき裁判団】の前で会話するということはつまりそういう事だ。


「構わないさ」


 ビーカーはニンマリと笑む。


「ペナルティーを課されるようなことをするわけでもない。むしろ情報開示でフラスコを喜ばせるだけだ。もっともお前らが、【弁護なき裁判団】としての業務を全うするつもりがあるとしての話だけどな」


 川藤が振る舞った林檎を、ビーカーは口に放り込む。


「伝令だ。【グングニル】と【レーヴァテイン】にも伝えろ。本当の意味での実験を開始する。存分に暴れろ」


「あの特化型サンプル達はどうするつもりなの?」


 ビーカーの特化型サンプルが問う。何を愚問を、とビーカーは呆れた顔をした。


「お前たちの妹になるならそれも良し。玩具(オモチャ)にするならそれもまた良し。壊すならそれでも良い。好きにやれ」


 と遠藤を見る。これは遠藤への挑発でもある。だが――面白みがまるでないことに、遠藤は林檎を頬張り、動揺のカケラすらみせない。


「心配にならないのか?」

「なんで?」


 遠藤はシャリシャリと音を立てて、林檎を頬張る。


「ビーカー、勘違いしてないか?」


 じっと見やる。【弁護なき裁判団】としてのプログラムは正常に作動しているのだろうか。揺れる感情のバグは、フラスコがこの間にも修正パッチでシステムそのものをアップデートしたことも考えられる。


「――ひなちゃんを、そのへんのサンプルと一緒にするな。なめてると、痛い目にあうぞ」


 ビーカーは目を点にした。今現在も収集しているデータにエラーの兆候は無い。


(――面白いな、どいつもこいつも)


 林檎を噛み砕きながら思う。

 

 羽島の娘もまた然り。

 検証実験の中、サンプルの兆候をまるで確認できなかった。


 ビーカーの手で能力(スコア)が確認できず、父親の筋力局所強化の可能性に着目したのだが、結局は羽島公平も廃材になるだけの劣化した部品だった。


 その娘、羽島みのりが、研究者の手を介すことなく、自身の手で能力を特化型サンプルに調整コーディネイトさせるなど、誰が想定しただろうか。


 ――言うなれば、遺伝子研究特化型サンプル【テレポーター】か。


 物質転移は理論こそあれ、未だどの研究者も実現できていない研究の一つだ。

 それは何より欲しい、と思う。


 彼女だけじゃない。【限りなく水色に近い緋色】も【デバッガー】も【雷帝(トール)】も【ドクトル】も、そして【テレポーター】も、どいつもこいつも欲しい、と思う。

 そしてプログラムに反したまま、当たり前のように活動を継続する遠藤と川藤も。


(本当に面白いな――)


 全部、欲しいな。廃棄体四号を含めて、全てのサンプルが。


 禁断の果実を貪るように。

 ビーカーは舌舐めずりをする。叡智の道はかくも険しく――これ程までに、甘美だ。


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