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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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58「みのりの想い」


 炎が焼く音とともに、はじけるようにコンクリートの壁が崩れ、天井が落ちる。


 爽が見えない壁――不可視防御壁ファイアーウォールを張ってくれているのが、みのりにも分かった。今まで無力な自分を助けてくれたチカラ。それすら、呼吸の荒い爽の様子を見ると、痛々しい。


 落ちてくる瓦礫をひなたとの炎とゆかりの電撃が払う。その二人も息がたえだえなのが分かる。それなのに、とみのりは思う。それなのに、私には何もできない。


 それを意識のある廃材の人々は、怯えた目で見ている。

 その数、父をいれて10人を越える。意識がない人をいれたら何人になるんだろうか。


 みのりは拳を固める。


 ひなた達なら、きっと逃げることもできるのかとしれない。でも、ひなたはそれをしない。この終わりへの秒読みをなんとか止めようと懸命で。


(お姉ちゃん、もういい! もういいから!)


 そう声にしようとした言葉が止まる。ひなたと目があった。その目は全く諦めていない。


 爽の顔を見る。スマートフォンを操作しながら、でも諦めはカケラも見せない。

 ゆかりは残る力を振り絞って、瓦礫を払っていく。涼太は常にみのりを庇うように立ってくれる。


 それなのに、私は私は――。

 と、父がふらふらしながらみのりの前に立った。


「お父さん?」


 羽島は小さく笑む。立つのもやっとで、血の固まりを吐き出しながら。


「若い子達に守られっぱなしって訳にはさすがにいかないからな。野球もサンプルも、落第だけど」


 自嘲気味に笑む。と、ひなたは首を横に振る。


「サンプルで成功しても何一ついいことなんかない。でも、みのりちゃんのお父さんは羽島さん、あなた一人だけなんです。だから、みのりちゃんが聞いて悲しくなることを言わないで」


「え?」


 ひなたはにっこりと笑む。


「だって、そうやってみのりちゃんを守ろうとする羽島さんは、誰よりもカッコいいと思うから」


 全力でひなたはそう言い切る。照れ臭くそっぽを向く父を見ながら、みのりは思わず笑みがこぼれ――気持ちを引き締める。今はそれ所じゃないと思う。


 と、スマートフォンを見ていた爽が表情を変えた。


「ひなた、この施設のシステムが非常電源に切り替わってる。非常事態モードで、施設を破棄するなら――待って。小規模だが核反応を検知! こちらへの弾道を確認。次が 、くるぞ」


「爽君、どうしたらいい?」

「……一か八か、やってみるか。ひなたと桑島、全力で能力を展開できるか?」

「うん」

「任せといて!」


 ひなたとゆかりが笑顔で頷く。


 でも、みのりは知っている。ひなたとゆかりの体力が限界である事を。それは爽も涼太も一緒なのだ。まして、サポートしてくれていた茜や彩子との通信も途切れ、爽が悩んでいることも知っている。爽はそれを必死に隠そうとしていたが、緊迫した空気の中、みのりは爽の焦りをひしひしと感じていた。


「タイミングを合わせて、核反応を相殺させる。ひなたの炎と、桑島の雷が頼りだ。頼む」


 二人は再度頷く。

 私は何もできないのだろうか――。


 幼いみのりだが、【核】という言葉が穏やかなものでないことぐらい分かる。ニュースを騒がせた地震による原子力発電所の被災。それにより制御不能になったと大人たちがヒステリック騒いでいたことは、記憶に新しい。


(お姉ちゃんを助けたい――)

 心の底から思う。


 ひなたが自分に手をさしのべてくれたように。自分にも、ひなたにできることはないのだろうか?

 小さな子どもでしかないことは自分でも分かっている。


 力はおろか、足手まといなのも知っている。

 ――みのりちゃんの声、しっかり聞こえたから――ありがとう――。


 エクストリームドライブから戻ってきた時のひなたの声が、脳内でリフレインする。


 でもダメだ。それだけではダメなのだ。

 ――ひなたは、ひなたのできることをすればいいのよ。


 そう言ったのは、ひなたの母だった。


 ――みのりちゃんは、みのりちゃんのできることをすればいいのよ。

 ひなたの母はそう付け加えて言ってくれた。


 唾を飲み込む。


 私のできること……私ができること……お姉ちゃんに……お父さんに……皆さんに……私だからできること……できても……できなくても……できなくても……諦めたくないから――

 痛いくらいに拳を固める。


(――みんなで帰りたい!)


 かちり。

 みのり確かに脳内で、歯車が動くような音を聞いた。


 網膜に直接イメージが流れるように溢れる。

 それは風景だったり、地図だったり、数字だったり、プログラム言語だったり、みのりには理解できないものが多かった。


 この施設の中、保育園、小児科、野球スタジアム、様々な場所が映っては流れ、消えていく。それは時に全体図であり、時に断面であり、時に立体的でもあった。


 と、映像が変わる。

 蛇を鷲掴みにしていたヒトが、獰猛な笑みを浮かべていた。


(ココは違う!)


 無意識にそう思った。場面は変わる。

 と、ひなたの母が映った。


 外だ。うっすらと朝陽が見える。


 並木道を茜と、もう一人誰かと並んで歩いている。――多分、ひなた達の言う野原彩子その人に違いないと思う。


(ここだ!)


 とみのりは思った。ココだ、ココだ! ココしかない! と思う。――何故? とは考えなかった。みのりの本能がココを、と選択する。


【座標軸エラー。このまま転送を行うことは安全性に問題あり】


 そんな声が聞こえた。

 数字が記号が公式が流れていく。みのりは、数字に手をのばす感覚で、並べ替えていく。数字は流れ、線が引かれ、断面を立体的にその場所を分析していく。


 それが大人でも解をを求める事が困難な多重計算式であることを、みのりは知らずに。


【座標軸固定。転送できます。安全性を確認】


 言葉の意味はみのりには分からなかったが、とるべき答えは一つしかない。

 用意された台詞を言わされているかのように、みのりは呟いた。


「転送開始――」


 凛とした声音が、響く。

 え? とひなたと爽がみのりを見る。視界が――風景が――色を失う。色がまるで流れ落ちるようで。そして、歪む。


 瞼に光の粒子が泡だって。

 風がそよぐ。空気の流れが一瞬で変わったのが、みのりにも分かった。


「え?」


 それはひなたの母の声で。

 振り返る。朝陽に照らされた施設が、炎と黒煙を撒き散らして倒壊する瞬間だった。


 耳鳴りする程の轟音を響かせて。


 目が、涙で溢れる。それでも構いなしに、手探りでひなたと父を探した。柔らかい手と、ゴツゴツした手がすぐに握り返してくれる。


「ありがとう」


 そう言ったひなたの声を、確かにみのりは聞いた。


「みのりちゃんが、助けてくれた」


 そうじゃない、そうじゃないけど。私には何もできなかったけど。でも、でも――よかった、と思う。

 お父さんも、お姉ちゃんも、みんな無事で良かった。そう思うと感情が綻びて、涙が止まらない。


 と、抱きしめてくれる人がいた。誰と考えるまでもなかった。私はこの人を一番よく知っている。

 どんなお父さんだとしても、私にとってはただ一人のお父さんだから。


 だから、と思う。お父さんと呼んだ。何度も何度も。涙と鼻水が混じって、言葉にならないけれど。何度も何度も、私のお父さんと――。

 そんなみのりを、羽島は全力で抱きしめたのだった。


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