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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第1章「限りなく水色に近い緋色」
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4「水原爽」


 水原爽が手を上げてくれたから。


 そのおかげなんだと、ひなたは思う。転校する度に、一番苦労するのは勉強の範囲がズレる事だ。リラックスしたクラスの空気もあってか緊張せず授業を聞けたが、やはり勉強が不得意なひなたには最大の関門だった。


 隣の席の金木良太が助けてくれなければ、チンプンカンプンも良い所だった。金木は優等生タイプの眼鏡男子で口数は少ないが、発言は的確で。前に座る野原彩子は、ちょくちょくひなたの世話を焼いてくれている。今までこんな経験が無かっただけに、ひなたは困惑する。


 だって、ひなたはクラスメートと交わす言葉なんて、一言、二言の世界だった。後は一方的な陰口だったのを憶えている。


 ――宗方はキモチワルイ

 ――何考えているかわからないよね


 ――ドンクサイ、ジャマ。

 ――目障り。


 ――ねぇ知ってる? アイツがいると怪奇現象がおきるの?

 ――ボヤの話?


 ――あいつがやったみたいだよ

 ――口で言えばいいのに、陰湿。


 ――消えればいいのに。いなくなれば清々するのに。


 キエテクレレバイイノニ。キエテクレタラ。キエテクレタラ。


 声はひなたに聞こえないようにしているようで、全て聞こえていて。感情を抑えきれなくて。彼らの言うところの怪奇現象をおこすその前に、ひなたは逃げ出すのが常だった。


「宗方さん?」


 声をかけられて、はっと我に返る。授業が終わって放心状態だったようだ。心配そうに水原爽が立っていた。


「えっと? 水原君?」


「爽でいいよ。俺も”ひなた”って呼ぶから」


 笑む。優しい微笑、という表現が適格か。


「え? え? えーーーーーーー?」


「おい、爽! 宗方さんが困ってるだろ!」


「というか、お前がそこまで執着するの珍しいな。まぁ確かに、人見知りの宗方さんにはそれぐらいで丁度いいかもしれないけど、さ」


「なんか妬けるよねぇ」


 と野原彩子が苦笑している。


「そういう話しはすぐ、女子が混ざってくるよなぁ」


「なによ!」


「執着かぁ、そうかも」


「へ?」


 声を上げたのはひなただった。爽を見る。満面の笑顔でひなたを見ている。


「爽、がっつくな。嫌われるゾ」


 金木涼太が真面目な顔で忠告するのがおかしかった。


「水原君みたいな人にならがっつかれてもいいけど、ね」


「俺らは」


「論外!」


「テメー!」


 そんな喧騒の中、爽はひなたの手を取る。


「ひなたはお弁当?」


 首を横に振る。


「食堂を案内するよ。一緒に食べよう?」


 それはあまりに鮮やかに、体を引き寄せられて。


「あ、水原君!」


「宗方さん!」


 水原爽はまるでイタズラをした子どものようにニコニコしていて。


「行こう」


 軽くダッシュする。ひなたは転びそうになりながら、爽についていくのに必死になる。手は握られたまま――。











「なかなか美味しいでしょ?」


 爽がニッと笑って言う。学生食堂で、ひなたはうどんを、爽はラーメンをすすりながら。


 向い合って食べるのが、ひなたには何とも気恥ずかしいものがあった。だいたい、異性と一緒にご飯を食べるという経験が無い。人生初と言ってもいい。頭はパニック、混乱をきたしていたが、不思議と能力の暴走は無い。その代わり、心臓の鼓動が止まらない。


(どうして?)


 自分の体のことながら、分からなくなる。帰ったら父と母に相談すべきかもしれない。今のひなたには【異常】だと感じてしまう。暴走が無いのはそれだけで感謝であるのだが。オカシイ。違和感を感じながら。定期的なメンテナスが必要な自分の体を呪いながら――。


 爽を見る。美味しそうにラーメンをすすっていた。


 爽はひなたの事が分からない。

 だから、そんなん風に接してくれる。


 ひなたを、ただの転校生と思ってくれているから。


 バケモノなのに。私はバケモノなのに。そんな想いばかりがよぎる。きっと水原爽は、ひなたの正体を知ったら幻滅――恐怖する。こんな風には接してくれない。そう思うと、それだけで寂しくなる。


「――た、ひなた?」


 ずっと声をかけられていたらしい。思わず、体を硬くする。でも爽は構わず、ひなたを見やる。


「食べ方が可愛い。小動物みたいだ」


「へ?」


 リアクションに困る。そう言われても猫舌なのだ。ちょっとずつしか食べられないのだが、遅いと怒られるのではなく、愛玩されるとは思ってもみなかった。


「いいよ、ゆっくり食べて」


「あ、うん。ごめんなさい」


「何で?」


 爽はきょとんと首を傾げる。


「待たせてしまって。遅くて――」


「ひなたは固くなりすぎ」


 爽は笑った。え? とひなたは爽を見る。


「食べている宗方ひなたさんを見られるでしょ? 何より役得だし」


「……恥ずかしい。私を見ても、何も得は無いよ?」


「まぁ他の女子のは見ないね」


「え?」


 それは見世物という事? 


「ひなたの表情をたくさん見たい、ってのはダメ?」


 さらに笑顔で。ひなたは俯く。この人はどうして、こうも簡単に壁を越えられるんだろう? そんな事を言われた事がなかったので、ひなたはどうしていいか分からない。


「食べたら、学校の中を案内するよ」


 と爽は小さく笑んで、じっとひなたを見ては微笑む。


「……食べにくい」


 ひなたが漏らした言葉に、爽はさらにニッと笑った。


「食べさせてあげようか?」


「け、結構ですっ!」


 ひなたの耐久力は崩壊寸前だった。爽はニコニコ笑っている。ひなたも少し笑った。笑うなんていつ以来だろう? そんな事を思いながら。











 爽はひなたの手を引く。


「あの水原君?」


「爽でいいって言ったけど?」


「いや、いきなり呼び捨てというのは……」


「俺、ひなたを呼び捨てにしてるけど、変えないよ?」


「あ、それはいいんだけど、あの――」


「なに?」


「学校の中を案内してくれるのは嬉しいけど、その手を離してくれると――」


「なんで?」


「あの、ちょっと恥ずかしくて」


「でも、初めての学校で迷子になっても困るでしょ?」


「ま、迷子って、私はそんな迷子になんか――」


「ならない?」


「なら――」


 そういえば実験室で、よく研究室を間違えていた事を思い出す。その度に男の子が私の手を引いて、案内してくれた。あの時間だけは幸せだった。あの子は何の予備知識もなく接してくれたから。今の水原爽のように。


 その少年をひなたは暴走して、焼いてしまった。


 焼いてしまった――記憶が繋がる。ひなたは、爽の手首を見る。手首から見えた爛れた痕。


 保健室、体育館、視聴覚室、家庭科室、職員室、そして図書室と案内してくれる水原爽を見ながら。


 何の気なしに、爽が制服のシャツを少し捲った。

 見えた、深く焼きついた痕が。


(ウソ?)


 それは間違いなく、ひなたが傷つけた痕で。あの少年と水原爽が重なって。焼かれてなお、苦悶の顔を浮かべながら、それでも笑顔を浮かべていたあの少年が頭から離れなくて。


「ごめんなさい――」


 口を抑える。感情が制御できない。どうしたら? どうしたら? どうしたら? このままじゃまた爽を焼いてしまう。また傷つけてしまう。


 ひなたは、衝動的に逃げ出していた。











 やっと見つけた居場所を、壊したのは過去のひなた自身。

 泣きたい。泣けない。泣きたい。


(なんで?)


 無音なのにガラガラと崩れる音を感じた。


 もともと、ひなたには居場所なんか無い。ひなたは距離を置く。それを今まで繰り返してきた。これだけ心が揺れているのに、今のところ発火能力は自制の範囲内。それに少し驚く。


 だが、ため息は止まらない。


 居場所を見つけた気がしたのに。あてもなく学校の中を歩く。ただ、当たり前にみんなと話しがしたいのに。その勇気を少し貰ったのに。


 今日一日の事を思い出して、ひなたは微笑みが浮かんでくる。なんでだろう、外から来た人間に対して暖かいのは、やっぱり水原爽という男の子を中心に回っている気がする。でも――。


「見つけたッ」


 息を切らしながら、爽が駆けてきた。誰もいない体育館で、爽の足音だけがやけに響いた。


「何で逃げるの? 俺が何かした?」


「何もしていないけど」


「だったら何で?」


「来たら、ダメ――」


「だから、なんで?」


 爽は駆けるのを緩めて、歩む。でもその歩みは止めない。


「思い出したから」


「え?」


「へ?」


 二人の反応が微妙に違う。違うの? とひなたは爽を見る。爽は満面の笑顔でひなたを見る。


「違わない」


 爽が言った。ひなたは唾を飲み込む。


「君と過去に会ってるという事実なら違わない。俺は君を知っている」


 ひなたは後ずさる。


「ずっと会いたかった、から」


 爽から漏れた言葉は、まったく予想もしていない言葉だった。


「もしかして、これを気にしてるの?」


 と腕を捲る。爛れた焼け跡が肘まで、多分それは全身にわたっているはずだ。ひな

たは思わず目を逸らす。


「私が怖くないの?」


 知っているはずだ。私が水原爽を焼いた事を。知っているはずだ。私が遺伝子特化型サンプルである事を。知っているはずだ、私が実験室を潰した事を。私はそれができる【バケモノ】だという事を――。


 爽の手が伸びる。首へ。


 窒息させてくれたらいい。爽にはその権利がある。彼に与えた苦しみ。そして未だ制御できない自分の体。また次に誰かを焼く事になるんだろうか? 自分の意識とは関係なく。もしそうなら?――怖い、怖すぎる。


「これでいい」


 ニッと爽が笑った。首には小さな青い石であしらったネックレス。銀鎖に青い石の礫が妙に際立った。


「へ?」


「忘れてないか? 俺も遺伝子研究特化型サンプルだってこと? 実験室にいたんだぞ、俺?」 


 笑みを絶やさずに、言葉を続ける。


「火傷ならたいした事ない。自身の能力をうまく使えなかった授業料だと思ってる。何より、ひなたの消息を失った【今まで】の方が何より辛かった」


 この人は何を? ナニを?


「ずっと探していたって事だよ」


 そう爽は言う。混乱する。言っている意味が分からない。そんなひなたに向けて、爽は優しく手を延ばした。

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