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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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51「絶対に諦めない」


「手を貸すのはいい。宗方さんのためならどんなことでもする。 でも爽、僕は支援型サンプルだ。しかもお前のような特化型じゃない。不意打ちして、君らの行動を抑制することしか芸のない三下だ。そんな僕に何ができる?」


 吐き出すように涼太は言う。それを爽は穏やかな笑みで返す。


「支援型サンプルってのは、涼太の場合的確な表現じゃないと思うよ」


「……廃材(スクラップ・チップス)だって言いたいのか?」


 涼太の感情がざわつく。言われなくても分かってる、と思う。自分は支援型サンプルとしても能力が低い。単純な戦闘能力で言えば、量産型サンプルにも劣る。【懐刀】と言えば聞こえはいいが、単なる暗器にしか過ぎない。


 実験室のサンプルとなり、一握りのトクベツなニンゲンにならないか? そう言ったのはシリンジだった。その彼に、涼太は完全否定された。


 道具は道具らしく動けばいい、とはなんとも涼太にピッタリじゃないか。努力しても実らず、いつも誰かのせいにして、自分では行動すらできない。


 水原爽は誰からも愛される人好きの良さがある。涼太は社交的とは言い難い。爽は支援型なのに運動神経が良い。涼太にそれは無い。爽は特化型サンプルだ。涼太は量産型サンプルで、涼太は、涼太は、涼太は、涼太は、僕は、僕は、僕はボクは、ボクは、ボクハ――。


「あんまりね、分類も区別も好きじゃないんだけどね」


 と爽は変わらず穏やかな口調で言う。それは見下しているのか? 特化型サンプルと量産型サンプルでは埋められない距離がある。シリンジからイヤと聞かされたことだ。


 能力の差は埋められない、これは絶対に。でも、とシリンジは演技で貼り付けた笑顔で、涼太に言うのだ。


 ――でもね、君には個性がある。君にしかできない個性が。私が作りあげた才能が。私の作品としての個性が。君の個性は、君の才能は、キミノコセイハ、君の性能は、キミノ――。


「さっきも言ったけど、涼太は医療型サンプルだよ。そもそも涼太は特化型とか量産型とかでカテゴライズできるサンプルとは一線を画すると俺は思うんだけどね。医療型サンプルは実験室の表向きのお題目だ。ただし実戦において、戦闘と後方支援、補給、哨戒とともに重要なのは医療である事は涼太なら分かるでしょ?」


 え? と涼太は顔を上げた。


「医療型サンプルに特化していたのは元実験室の研究者【シャーレ】で、シリンジはその研究を盗み、たまたま規格にあった涼太を見つけた。シナリオとしては、そんな所だと思う。シリンジのデータバンクから、シャーレの研究論文が幾つか出てきたからね。まぁ、あの人もそこらへんを全く頓着しなそうだしね」


「え?」


 そのシャーレがひなたの母だと涼太は知るよしもない。爽はいつもと変わらずのんびりと言葉を紡ぐ。


「俺には無い医療型サンプルの力を借りたい、ってのは勿論ある。でもね、涼太。ただのサンプルだったら、借りようだなんて思わない。涼太だから、助けて欲しい。きっと、ひなたならそう言う。それじゃダメか?」


「でも、俺は――」


 涼太は言葉を濁す。そんな場合じゃない事は涼太にもわかる。オーバードライブ体が、ひなたとゆかりを外敵認識し動き出していた。


 だが、自分にはその資格があるようには到底思えない。

 だから、か。爽は涼太の頬に拳を叩きつけ――る寸前で止めた。


 風がブワッと涼太の髪をかきあげた。目をパチクリさせる。意図的じゃなくとも感じるプレッシャーは、特化型サンプルのアカシなのだろうか? ただ、とも思う。実験室のどの特化型サンプルにも抱いていた【恐怖】という感情ではなくて【嬉しい】に近い感情が湧き上がって来るのはどうしてか?


「殴れば満足するのか? 許されることで満足するのか? 涼太が実験室に所属しているかどうかも興味がないし、逃げるならそれはそれでもいい。ひなたを傷つけたという意味では、俺は涼太のことを怒ってる。でも、それ以上にひなたは涼太のことをずっと友達だと信じてた。いや、違うな。信じてる、だ。ひなたは今も涼太を友達だと思ってる。ひなたを俺は助けたい。その最善で確実な戦略が、涼太なんだ。力を貸してくれないか?」


「……」


 爽は特化型サンプルだ。力で脅すことも爽なら可能なはずだ。桑島ゆかりの力をもってすれば、なおたやすい。でも、爽はそれをしない。実験室は――シリンジではあり得ない。甘い、と思う。実験室は国だ。国家権力だ。それに歯向かうなんて、なんて愚かなんだと思う。この国には居場所なんか最初からないのだ。歯車になって、部品になる以外に――。


 でも、と思うのは。


 そうか、と思うのは。爽も――ひなたも、道具やサンプルや識別名ではなく、金木涼太という一人のニンゲンとして接してくれていることを感じて。


 ――私の友だちを馬鹿にしないで。


 ひなたの真っ直ぐな言葉が脳内でリピートされる。


 桑島ゆかりは言った。やるの100%かやらないの0%だと。その戦略は支援型サンプルの爽が組み立てる。その最善で確実な戦略に涼太がいる、という。そしてひなたの理性はエクストリームドライブに今も抗っている。


 だったら――怖いけど――だけど、だけど――やる――しかない。

 涼太は拳を握る。膝が震えるけれど。


「どうしたらいい? どうやったら宗方さんを救える? 僕のできることなら何でもする、だから、だから!」


「落ち着けって。大丈夫だから。まず深呼吸しろ」


 さっ、と爽は肩を抱く。涼太は爽を見た。


「一人で戦うんじゃない。みんなで守るんだ。それぞれの仕事をする。それだけだよ」

「そして、その指示命令統制こそが爽君のこれからの仕事だよねぇ」


 と涼太は聞き覚えのない声が、爽のスマートフォンから響き、心臓が跳ね上がる。


「茜ちゃん、少し黙ってて」

「野原?」


 今度は聞き慣れた野原彩子の声に目を丸くする。もう涼太は何から消化していいのか、ワケがわからない。


「優等生、混乱してる場合じゃない。今は私達はチームで、ひなたの為に動くだけ。小難しいことは後回し。いい、分かった?」


「ということで作戦タイムです、じゃじゃじゃじゃーん」

「だから茜ちゃんは黙ってて」


「なんでよ、あーや。分析ばかりで疲れるんだもん。ちょっと息抜きぐらいいいじゃないのー」

「あーやって呼ぶな」

「あーや?」


 涼太が首を傾げる。


「優等生まであーやって呼ぶなぁ!」


 最早、緊張感のカケラも無い。ワケがわからない状態のまま、爽は言葉を囁く。それは単純明快でありながら、明確な指示だった。


「爽?」

「これは俺にも桑島にも誰にもできないんだ、涼太にしか頼めない。頼むよ」

「……わかった」


 頷く。拳を握りしめる。

 と、バチンバチンと焼く匂いが不快だった。ひなたが歪んだ笑みで、歩みを進める。


「茶番は終わったか、デバッガー?」


 ひなたは――緋色はニヤリと笑む。胸骨と思われるカタマリを、その手に炎を宿して粉砕したところだった。


「緋色、呼吸と心拍数の乱れがあるぞ? やはり同調率が低いんじゃないか?」


戯言(たわごと)を!」


 緋色が吠えるのと、オーバードライブ体のあげる絶叫が不協和音を奏でた。ゆかりが緋色の前に出る。


「小賢しい!」


 炎の弾丸を放つ。それを爽のファイアーウォールが凌ぐ。不可視ながら、涼太にはその力場の攻防を肌で感じていた。


 爽は間髪いれず、ゆかりにブーストをかける。能力効率を上げて、さらにゆかりは前進をした。


「無駄なことを! 無駄なことを! この痴れ者どもが!」


 火球が、雷撃が、不可視の盾が、攻防を繰り返す。


 と、みのりが涼太の手を握った。その手が小さく震えているのが分かる。でも、みのりの目は、なに一つ諦めていなかった。


 ……そうだったね、と涼太は思う。実験室はこの子から【お父さん】を奪ったのだ。実験室だとかサンプルだとか、廃材だとか、そんなことは関係なしに手を差し伸べようと藻掻いたのがひなたなのだ。


 涼太はみのりの手を握り返す。

 みのりは言った。


「お姉ちゃんをお願いします。お姉ちゃん、すごい苦しい思いをして、それでも諦めないで私に声をかけてくれたんです。私はお父さんなんかいなくなったら良かったのに、って何度も思いました。いなくなってくれたら、お姉ちゃんも苦しまなくてすむのに、って思ったんです。でもそれを言葉にするより前にお姉ちゃんは何度も何度も前に立ってくれて、言ったんです。お父さんはきっと帰ってくるからね、って。私、やっぱりお父さんと一緒にいたい。お姉ちゃんに助けられてばかりじゃイヤ。お姉ちゃんを助けたい。でも私にチカラなんかないし、私――」


「だから、僕らがいるんだよね」


 涼太は笑って見せる。ムリに作った表情で、膝の方が明朗に笑うけど。足を踏ん張って、それでもただ前を向いて。


「僕は弱虫だ。どうしようもない弱虫だ。それは自分でも分かってる。宗方さん達を、後ろから刺すような事しかできなかった。だけれど、僕は君からも勇気をもらった。宗方さんに守られてばかりじゃ、やっぱりダメだ。だから――僕がやる。僕に任せて」


 大きく息を吐く。みのりも大きく頷いた。二人で深呼吸する。

 みのりはあらん限りの声で、





「お姉ちゃん!!」





 と叫んだ。緋色は視線を向け――ひなたは向ける。ひなたの表情で、みのりを見る。


 涼太は駆けた。それより早くゆかりが前に出る。

 ニッ、とゆかりは笑む。


「金木先輩、ヨロ」

「そこはよろしくお願いしますって、ちゃんと言えって、桑島!」


 と爽が続く。オーバードライブ体の蠢きながら、自分の体を千切り、投げつけるサイクルを繰り返すが、爽は冷静にファイアーウォールで受け止める。


 負けじと、涼太も前に出ようとする。と、体が軽くなることを感じた。


「二倍でブーストかけた。それでなんとか頼むよ、涼太」


 爽は何でもないかのように言うが、彼の体力も気力も底をつきかけているのは涼太にも分かる。なんで? とはもう聞かない。言うまでもないことだ。


「ひなたの為だからね。頼むよ、涼太」

「わかってる!」


 涼太は前に出る。前に、前に、もっと前に。誰かの陰に隠れるんじゃなくて、前に。もっと前に。前へ、それだけを念じて。前へ。ひなたなら、きっとそうする。前へ、前へ、前へ――。


「愚かな、みんなまとめて焼き尽くしてく――」


 ひなたの言葉が止まる。膝が落ちる。


「き、貴様。懐刀、の、ちから、か。小癪な。だが、こんな事で――」


「涼太、ブーストを四倍にするよ。桑島、ブーストを切るよ? ファイアーウォールの支援ができないから、みのりちゃんを頼む」


「いえっさー!」


 とゆかりは後退し、みのりの前で体勢を整える。


「どういうつもりだ? 懐刀如きで妾に勝てると本気で思っているのか、デバッガー!」


 炎を手に生む。それを爽に叩きつけようとした。それを爽は素手で掴む。苦悶の表情を浮かばせる事もなく。


「緋色、懐刀ってのは正しくないよ? 遺伝子研究特化型サンプル【ドクトル】それがシャーレが設計したサンプルの識別名だ。緋色に会えたのはすごく嬉しかったんだけどね。でも、悪い。俺たちはまだやらないといけない事があるんだ。ゴメンな」


「……このたわけが!」


 炎を暴発させるように撃ち続けるが、どれも遠く離れた壁を焼くばかりだった。


「エクストリームドライブを鎮めさせてもらうよ、緋色」

「……」

「涼太」


 爽は涼太を見る。呆けたような顔で見ていたが、慌てて頷く。

 と、スマートフォンから茜が声高に叫んだ。


「爽君、オーバードライブ逆信号行くよ!」


 刹那、低い信号音がスマートフォンから響く。内臓にまで響き、骨を軋ませるような錯覚すらあった。オーバードライブ体がその動きを止める。


「涼太、ひなたの神経内の電気信号を強化!」


 これが爽が出した涼太への指示だった。 緋色を眠らせるのではなく、ひなたを起こす為の電気信号。脳から電気的信号で神経を介し、肉体に指示を出すことは言うまでもない。


 またオーバードライブ信号を逆周波で応用すれば、オーバードライブ化したサンプルの鎮静化も可能なはずと推論したのは、茜だった。両方の方法が効果的だという保証はない。だが両方を同時に使用するのは戦局を覆す可能性が高いと爽は踏んだのだ。


「これ如きで、妾を――」

「仲間たちがね、ひなたもね、がんばってくれたからね。一人じゃなくてね、みんながひなたを待ってるから、今回はゴメン。緋色、本当にゴメン」


「……な、なにを」

「前にも言ったろ? また会いたいって事だよ」

「……何を戯言を――」


 爽が緋色を――ひなたを、優しく抱きしめた。ひなたは目をパチクリさせる。


「貴様はあの時から変わらぬお人好しで阿呆だ。水色とともに不愉快極まりない」

「ありがとう」


 と爽は笑む。

 目の色がゆっくりと変わっていくのが、涼太の目から見ても分かった。


「宗方さん!」

「ひな先輩!」

「お姉ちゃん!」

「……ひなた」


 ぎゅっと、爽はひなたをさらに抱き締める。

 涼太は爽に嫉妬にも近い感情を入り混じらせらせそうになり――オーバードライブ体の咆哮で、思考を慌てて切り替えた。


「相棒、まだ終わってないから、もう少し協力してくれよ?」


 爽は体を離し、安堵してニッと笑った。ひなたはぼーっとした表情ながら、オーバードライブ体を見やる。


「私、今ムチャクチャ機嫌悪いからね。覚悟しなさいよ?」


 とゆかりは帯電を隠しもしない。嫉妬の感情で胸を疼かせていたのは、涼太一人じゃなかった、という事か。と、安心している場合でもない。


 と、ひなたはぼーっとする頭を振り払うように、手を動かす。

 え? と涼太は思う。

 パン。

 乾いた音を響かせて、ひなたは自分の頬を打つ。


「ひなた?」


 と、爽はひなたを見る。ひなたは爽を見て小さく笑んで、それからみのりを見た。


「ごめんね、今度こそお父さんを助けようね。みのりちゃんの声、しっかり聞こえたから――ありがとう」


 にっこり笑うひなたを見て、涼太は拳を握りしめた。ひなたが強い、と思う。エクストリームドライブの後で、体力は限界にも近いはずなのに。


「爽君、ゆかりちゃん、手伝って」


 ひなたは諦めてない。何一つ諦めてない。当たり前のように二人は頷いた。


「金木君、力を貸して。私一人じゃ何もできない。でも、諦めたくない。絶対に諦めたくない。仕方がない、で終わらせたくない。だから力を貸して欲しいの」


 ひなたは言う。え? と思う。ひなたの体はボロボロだ。呼吸は乱れて、立っているのもやっとで。ゆかりも、爽も。そんな自分にできる事がまだ少しだけあるような気がしてきた。それがうまくいくかどうか、保証はないけれど。


「助けよう、この子のお父さんを」


 涼太は手をのばす。

 ひなたを起こすイメージで。あの時、爽はそう言った。涼太は医療型サンプルなんだと、それが本当にそうなら、それならば――。


 イメージを、現実に。

 この子のお父さんを助けよう、宗方さん。心からそう思う。


 イメージは粒子となって、原色を織り交ぜ風になる。誰かのチカラになる、そんなことは、無駄な労力だとずっと思っていた。順位、成績、内申点、進路、教師との関係、友達は選べよ、と遠回しに大人たちは言う。考えることをやめて部品でいることはなんて楽で、苦しんだろう。


 部品をやめると決めた途端、痛いけれど、なんて嬉しさが溢れてくることか。

(僕たちは部品じゃない、道具じゃない――)

 だから宗方さん、と思う。僕も一緒に諦めない。絶対に諦めない――。

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