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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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47「友達」


 デベロッパーという名前より先に、野原彩子という名前が先がつけられたのを今でも覚えている。

 水原爽が開発されるより早く、彩子は開発された。


 研究者【トレー】が理想とした自律した戦略構築により、戦局を支配する支援型サンプル設計計画に基づき開発された。言うなればトレーの理想とした遺伝子研究支援型サンプルの初号機と言ってもいい。


 開発者の過去を一緒に共有し、消去することなく見てきた。開発者なら消し去ることもできたはずだ。だがトレーは、


 ――蓄積することこそが、あーやの役目だからね

 と笑って言う。

 茜は 命令(コード)を強要することはなかった。


 ――自律的に戦局を支配するべき支援型サンプルが、研究者の命令にだけ従っているようじゃ、存在意義がないでしょ?


 茜の研究者哲学と言える。そんな茜だからこそ、彩子は全てを託して実験室を離れた。


 ――あーやのチカラを爽君に貸してくれない?

 茜に言われるまでもなく、そのつもりで。


 正直、新世代のサンプルに対しての嫉妬はあった。旧世代はレガシーモデルと蔑むことがサンプル同士である。だが茜はきょとんとした顔で言うのだ。


 ――ひな鳥を戦場につっこんで、戦果をあげられると本気で思ってるの?

 その言葉にどれだけ救われたことか。茜に拾われたあの日から、彩子は決めていた。茜のためだけけに生きる。ただ、それだけを。


 ――それが私の存在定義だ。

 その定義の意味合いが大きく変わりつつある今に、自分自身が驚く。


 爽やか王子は、いつまでも真っ直ぐだ。同一実験のサンプル対象にガムシャラに手をのばそうと、文字通り全力で。


 制御不能の限りなく危険な爆弾、それがひなたのデータを初回収拾した時の彩子の雑感だった。実験室時代より、ただ爽に危険がないように、監視を続けてきた。


 ――大丈夫だって、あの子はそんな子じゃないから。野原は心配性すぎるんだよ。


 姉にあたるサンプルになんて物言いか。第一、保護対象の自覚が足りない。そうクドクドと説教をした矢先だった。


  極限能力最上稼働エクストリームドライブ――。


 オーバードライブしたどの遺伝子研究サンプルの暴走も比にならない。制御不能のまま獰猛で狂った炎は、まさに業火としか言いようがなかった。


 爽がその業火に飲まれた瞬間を、彩子は見ていることしかできなかった。一歩踏み出そうとして、茜に制止されたこともある。だがそれ以上に、自分の足が恐怖ですくんだ。


「大丈夫だから。爽君は大丈夫だから」


 あの時も今も、茜の言葉は揺るがない。サンプルに向けた高出力干渉信号が放たれても、常に現場分析と状況打破に行動するだけ、そうあっさり言ってのける。


 茜が可能と言ったら、それは可能なのだ。


「――爽君、その選択は間違ってないぞ。いいよ、すごく良い。支援型サンプルも戦力なんだ。今、ココという場所で能力を展開するのは立派な戦術だよ。そこを含めて戦略として組み立てることに成功したね。桑島さんをこの場所で覚醒させたのは間違ってない」


 彩子もうなずく。データから桑島ゆかりがスクラップ・チップスでなないことは確認済みだった。だが爽は作戦立案の為の打算じゃないと苦笑して言う。


 ――桑島が自分の力で立ち上がらなくちゃ、オーバードライブするのと一緒だろ? だから俺、待ちたいって思うんだ。特化型とかスクラップ・チップスだとかそんなのどうでもいいから。ひなたのように、格好良く手を差し出すことはできないけどさ。


 なんて青い。彩子はそう一笑に付――せなかった。理由は分かってる。その青さに感化されている自分がいて。


 図書室に強襲をかけたシリンジに向けて毅然と返すひなたの言葉が耳から離れない。


 ――図書室を焼くつもりですか?

 ――焼いても私には支障がありませんので。特に友達を守るためなら


 そんなに簡単に言えるのか、とため息が出る。無防備で疑心が何一つなく、それでいてまっすぐで。彩子はあくまで爽を守るための手段として、監視のために近づいただけなのに。


 彩子は雑念を打ち払う。今は分析と情報の整理、どうやって状況を打破するか、それだけだ、


「水原君が稼動力低下。能力行使不能。完全にスリープ状態に入ったよ、茜ちゃん」


 ディスプレイを見やりながら、報告をする。茜は小さく頷いた。シャーレことひなたの母は、微動だにせずデータを映すディスプレイを凝視している。


「爽くんの身体レベルは?」

生命徴候(バイタルサイン)安定、正常値。脳波安定、意識レベル、正常範囲内だよ」


「意識保ってるんだね、爽君。よくやった」

「え?」


「あーやが知っての通り、ファイヤーウォール・レベル2は稼動試験してないから危険な賭けなのは、承知の上。でも戦場で意識を手放すのは、殺してくださいと言っているのと一緒。後は爽君のもつ肉体と精神のポテンシャルによるから、ひとまずは実戦試験としては花マルかな」


「そうね、実験室もデータが欲しい。シリンジも干渉信号も咬ませ犬でしかない。ひなたと爽君を揺さぶるための、ね。だからココで倒れられたら、なお困った事態になるわね」


 とシャーレも頷く。淡々と事務的に。彩子は忘れかけていた。茜もシャーレも元実験室研究者、遺伝子研究の酸いも甘いも目の当たりにしてきた。それどころか彼女たち自身が悪魔の研究に手を染めてきたのだ。


 それを茜のそばで彩子も見てきたらから、綺麗事を吐くつもりはない。今回の廃材を活用とする実験も珍しくもなんともない。ただその規模が大きい、それだけで。だが、


「これは――」


 茜はデータを見て絶句する。オーバードライブしたスクラップ・チップスたちは、お互いを求めて融合と同化を繰り返していく。限界を超え、一つの生物としての臨界点を越えた答えの一つ。


 カメラのレンズ越しながら、その様はあまりにも酷く醜い。と、ドアをノックする音がして、こちらの返事を待つことなく、その人物は入室してきた。


「ただいま、日和。ひなたはどうしてる? 大丈夫か?」


 と自然にシャーレを抱き寄せて、頬に口付ける。


「お帰りなさい、あなた」


 シャーレが小さく笑むが、その視線はディスプレイに釘付けだった。


「お取り込み中悪いけどね、【採血管】(スピッツ)。今、そんなに余裕ないから後にして」


 茜が小さく息を吐く。


「チビッコには刺激が強すぎたかな? ゴメンよ、茜ちゃん」

「宗方先生のところのお嬢さんほどじゃないから、ご心配なく」


「だよなぁ。ひなたはちょっとキスしただけで、顔を真っ赤にするんだから。あれは若い時の日和にそっくりだ。それがまぁ、またカワイイんだけどね」


「だからスピッツ、今はそんな場合じゃないって――」

「経験が足りない。だから、これがその格好の時期だと解釈してるんだけどね、トレー?」


「……」

「苦戦は仕方がない。実験室がそんな甘い相手じゃないのは百も承知だ。シリンジならまだしも、ビーカーまでお出でとなればなおさら。それでなお、特化型サンプルは参入していないんだろう、デベロッパー?」


 と彩子を見る。彩子はコクリと頷いた。


「ならば、これは勝たなくちゃウソだ。我々のサンプル達は実験室に反する意思があるんだろう? 僕らはその彼らの気持ちを誘導して利用する。時期尚早という想いは拭えないが、稼働試験の頃合いと言うべきだろうね。むしろ、弱体化した実験室に引導を渡すタイミングとしては好機だ。この点については再三話し合ったはずだ。トレーもその結論は変わっていないのであれば、待つしかない。被験体たちの実験の結果が出るのをね。結果が出なければ次の研究にシフトするだけだ。ただそれだけのことだと思うんだが、トレーが何を焦ってるのか、僕には理解できないね」


「……何度も言うが、あの子達を実験動物扱いするのは不愉快だ、スピッツ。あまり僕を怒らせるな?」

「君のサンプルに向けた愛情は異常だが、研究者としての君の才能を僕は心底愛してるんだが――」

「――茜ちゃん!」


 彩子が声を上げる。淡々としたスピッツの物言いに不快を感じるが、それどころじゃない。


 それはほんの刹那の瞬間だった。ディスプレイに倍速でデータが流れては消える。その意味を理解するのに一秒もかからなかった。

 スピッツは覗きこみ、 声もなく笑みを零した。


「エクストリームドライブじゃないか、まさしく」

 と口笛を吹く。彩子は唇を噛んだ。


 ――私はひなたと仲良くなりたい。

 青臭くそんな言葉で近づいたのは彩子だ。全ては弟分のサンプルを守る為の打算でしかない。それなのに、ひなたは本当に嬉しそうな声で言ったのだ。


 ――私でいいんですか?

 

 ひなたは純粋に言ってのけたのだ。シリンジに向けて、迷いも躊躇も一つも見せず。


 ――焼いても私には支障がありませんので。特に友達を守るためなら。


 ひなたの言葉が彩子を揺らす。


 それなら彩子は、そのトモダチを助けるために全力を尽くすのみだ。単純? スピッツ、あなたは笑っていればいい。【デベロッパー】として、私はひなたも最大限にアシストをする。エクストリームドライブを解除する数式を導き出すのみで。


 そう思った瞬間だった。爽からの感覚通知が彩子に届く。


【データー分析を頼む】


 言われるまでもないぞ、水原君。彩子は内心で不敵に笑いながら、キーボードに指を滑らせた。

 

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