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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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40「ショータイムだ」


 緊急事態を告げるアラームが、旧清掃工場内の中央制御室に鳴り響く。ビーカーは怪訝な表情を浮かべて、各監視システムを確認する。遺伝子研究監視型サンプル【弁護無き裁判団】No.Eこと遠藤警部補は監視システムを稼動させるまでもなく、状況を理解した。


「……どういうことだ!」


 シリンジがキーボードを自棄糞(やけくそ)に叩いた。


「精密機械は大事にしろよ」


 遠藤は呆れながら、キャンディーを舐める。エラー音は鳴り止まない。耳が痛いほどに、それが不快だった。


「こんなことが――こんなことがあってたまるか!」


 シリンジは吠える。ビーカーは慎重に冷静に情報収集に集中している。その表情は心なしか、笑んでいた。


「ビーカー?」


 遠藤は(いぶか)しむ。声なくビーカーはさらに笑んだ。


「量産型サンプルを二つの地点で同時に撃破か。かつ支援型に多方面から撹乱され、サンプル共のネットワークは完全に切断。これだけ見れば、テロレベルにも等しいが――今までの経緯を考えても流石、としか言いようがないな」


「……ビーカー?」


 今度はシリンジが顔を上げる。何を呑気な、と恫喝しそうな勢いで。


「深夜零時、それはあくまで我々が想定したプランだ。そこに真っ正面から便乗する義務は彼らにはない。彼らはあくまで廃材を救出できればそれで良いわけだし、無駄な労は極力避けたいだろうさ。特に支援型サンプルの彼なら、な」


「ふざけてる!」


 シリンジは唇を噛む。未だ、前戦での屈辱が消えないだけに余計にだ。弁護なき裁判団の妨害があったとは言え、シリンジのプライドを見事に割かれた。たかがサンプルが、と呪詛にも近い声を隠すこともなく。


「弁護なき裁判団、貴様らの監視システムは何をしてる!」


 遠藤は小さく肩をすくめる。


「全ては実験の範疇。例外を除き手出し無用と言う命令(コード)に従ったまでだが?」


「その状況下か!」


「なら命令(コード)で示せ、その通りに動いてやる。ただし現段階のパスコード管理者はビーカーだ。アクセス権をパスしてから再度示せ」


「貴様、たかがサンプルの分際で――」


 ビーカーは無言で手を上げて、制する。


命令(コード)に変更は無しだ。あくまで実験を再優先。プラン想定の被害増大に関しての介入は許可。追加プロセスとして、監視システムを強化。限りなく水色に近い緋色の能力スコアを報告しろ」


「了解した」







【Enter】


 弁護なき裁判団の思考回路がこの瞬間、全員にリンクする。

 No.Eはもとよりそのつもりだったから、造作ないことだ。もうその作業始めている。しかし、と思う。


(ひなちゃん、やるなぁ)


 口笛を吹いて褒めてあげたい。自分のことのように嬉しくなるのはどうしてか。シリンジのあの歪んだ表情を見る度にそう思うのだ。彼だけではない、実験室の科学者にとっては、サンプルはモルモットでしかない。それがどうだ、そのモルモットに翻弄されて、慌てふためく様は?


 遠藤もまた、モニターを見やる。その目はモニターが映さない、各監視型サンプルである同胞たちの送る情報を角膜の裏側で同時に確認していた。


 数字の羅列、位置情報、生命徴候、心拍数、温度、設備の状況、量産型サンプルの動向。モニターよりも速く、結果を算出してくれる。


 明らかに撹乱を目的としていた。


 その上で、ひなた達は動いている。闇雲に見えて、息が合わせたかのように同時に各個撃破、すぐさま離散。その整合性ある動きから、指示を誰が出しているのかも明らかだ。


 データで見るだけでも、恐ろしいなと思う。


 彼は清掃工場内の見取り図を把握した上で動いているのは間違いない。改修を加えたとは言え、全面改築した訳ではない。誤差は彼にとって許容範囲だろう。


 ひなたはそんな水原爽に向けて、満幅の信頼を預けているのか。


 胸が疼く。──でも、なんで?


 これじゃ、まるで彼に嫉妬しているみたいじゃないか。たかが小娘に? 笑わせる。

 ピン。脳内に響く電子音。NO.K──川藤からの直接電信(ダイレクトメッセージ)だった。


【警部補、宗方さんが心配かもしれませんが、ココは抑えてくださいね?】

【なんで俺が、ひなちゃんの心配をするんだ?】

【違うんです?】

【遺伝子実験監視型サンプルである以上、ルーチンに沿って行動するだけだ】

【なら、いいです。まぁ今回は直接、僕らが介入することは無いでしょうしね】

【……そうだな】

【あ、それと。フラスコからの 命令コードも同時並行であることをお忘れなく】

【デバッガー、水原爽の能力(スコア)測定か】


 小さく息をつく。川藤は、小さく笑むことで肯定する。


 と、ガタンという激しい物音で、遠藤は接続を切る。──あともう一つの、と川藤が言いかけたが、確認は後からでもいい。最優先事項は、遺伝子特化型サンプルの二人なのは変わらない。


 案の定、とでも言うべきか感情剥き出しのシリンジは、冷静さを欠いて吠えていた。


「こんなことが許されるか! 小娘どもが、調子にのって、正義のヒーロー気取りか!」

「どうするつもりだ?」


 と言ったのはビーカーだった。遠藤は静観するに務める。ビーカーの目は、あまりにも冷徹で――サンプルに向けて実験する時と同様にシリンジを見ていた。


「私が出る!」

「そうか」


 ただ頷く。


「量産型サンプルを出すのだろう? 弁護なき裁判団、特化型サンプルの動向を算出できるか?」

「問題ない」


 遠藤は頷く。


「算出結果をもとに、再配置だ。シリンジ、量産型サンプルを好きに使え。【懐刀】も稼働させるつもりだろう?」


「無論だ」


「殺す気でやれ。生け捕るなんて生半可に思うな」


 シリンジは指示に不快そうに鼻を鳴らすだけで、返事もせずに出ていく。周囲の研究者達はビーカーの意図を汲み、量産型サンプルの再配置の指示出しに慌ただしい。


 遠藤はビーカーの顔を見る。この研究者は無表情に見せながら、唇の端が笑んでいる。


「――煽ったな」

「何がだ?」


 言葉ではとぼけつつも、その目は素直に肯定していた。


「実験までの時間稼ぎのつもりか?」


「特化型サンプル達を甘く見過ぎて、誤算を招いたことは認める。的確な分析のできないシリンジを誘導したことも含めて。実験までに少しでも時間は欲しいのも事実だ。【懐刀】が支援型サンプルとして、如何程の能力(スコア)を弾き出せるかも興味深い。【懐刀】が【限りなく水色に緋色】と近しい関係であることを加味しても、良いデータがとれそうじゃないか?」


 ビーカーは初めて、唇を歪めてニヤリと笑う。嗤うと表現するのが的確な笑みで。


「……悪趣味だな」


「だが、彼女のサンプルとしてのあやふやさ、そこにこそ付け入る隙があるのも、また事実だ。データは全てを物語る。シリンジがそこに着眼しているかどうかは、別問題だが」


 遠藤は興味ない、と肩をすくめてキャンディを舐める――ことに成功しただろうか?


 当たり前のことながら、今までの経緯を実験室は記録をとり、分析を進めている。まして今回の実験で廃材の少女、桑島ゆかりは命を奪われる。ひなたはその後も、誰かに手を差し伸べたいと、それでも想い続けるのだろうか?


(ムリだ──)


 心掻き乱されるのを必死に抑えながら、キャンディの味に集中しようとする。


 でもナンデ?


 遺伝子研究監視型サンプル、弁護なき裁判団のNo.Eが?

 わからない。分からない。ワカラナイ──。


 思考がパンクになる寸前で、弁護なき裁判団のネットワークによる警告アラート音。遠藤は目をパチクリさせる。

 その三分後、研究員達がビーカーに報告を上げた。


「中央制御室が外部から電子攻撃(ハッキング)を受けました! 制御不能、システムをブロックされこちらからの操作を受け付けてくれません! セキュリティも全解除されました!」


 さすがのビーカーも、唖然として言葉にならない。なん、だって?


 と、トントン、とスライドドアをノックする音。

 許可を待つ間も無く、悠々と一人の少年が無防備に入室してくる。不敵な微笑を浮かべて。


 多重認証セキュリティで、実験室研究者にしか入れないはずなのに、だ。その全てのプログラムを強奪(ハック)しただと? 


「君が【デバッカー】か?」


 さすがのビーカーも、苦虫を潰したような表情で応じる。他の研究者が彼を取り押さえようと掴みかかるが、それも無駄なことだった。


 爽の張っていた不可視防御壁・ファイアーウォールが、それをあっさりと阻む。たかが研究者達は為す術もく弾き飛ばされた。


「……大胆な支援型サンプルだな」

「――ショータイムだ、いけ桑島」


 それはビーカーに向けた言葉ではなかった。


『もう盗聴の心配は不要ってことでいいの、水原先輩?』


 と傍受された音声がスピーカーから鳴り響く。


「正確には現在進行形で盗聴はされているけど、システムを乗っ取ったから、どうでもいい。ポイントd-257にいるんだろう?」


『モチ!』


「そこは勿論、って正しく言えよ」


 爽は軽くため息をつく。


「電力管理室に廃材(スクラップ・チップス)を仕向けたのか……」


 ビーカーが唇を噛む。爽の視線は制御室のモニターを見やっていた。


「貴方のことはなんとなく覚えてるよ、ビーカー」


 爽は、カタカタとキーボードを叩く。電力管理室のゆかりが映る。黒いライダースーツに身を包み、量産型サンプルと遜色なかった。それは撹乱される訳だ、と遠藤は納得する。


「実験室による改修は想定内。制御室をハッキングすることは造作ないが、この施設そのものを稼働させたくなかったからね。全部、機能を停止させてもらう。データもあるから知ってるでしょ、彼女の能力? 電気で管理されたシステムを壊すには、やっぱり電気だと思うんだ」


 爽ほ表情を変えずに言う。ゆかりは大きく拳を振りかぶる。その手が青白く帯電していた。


「それに、彼女は 【廃材】(スクラップ・チップス)って名前じゃない。桑島ゆかりだ、覚えておけ!」


 ビーカーは唖然と、モニターの向こうのゆかりは、何より嬉しそうな表情を浮かべる。それを見て遠藤は苦笑するしかない。


(俺たち【弁護なき裁判団】が稼働する以前の話で、完敗なんじゃないか、ビーカー?)


 ゆかりが能力を解放し、稲妻が徹底的に電力管理室を破壊していく。その音は無音で。――直後、耳を突き刺すような緊急事態アラート音が鳴り響く。予備電力に切り替わり、その後完全に電力は停止。無音。沈黙とともに暗闇に包まれた。ゆかりは、予備電力の電動機まで破壊し尽くしたのだ。


 モニターは沈黙する。

 ただ遠藤だけは、弁護なき裁判団のネットワークで、彼女のピースサインを見ていた。


「……よもや、ここまで計算外とは。デバッカー、君を過小評価し過ぎたようだ」


 その声はあまりに冷静で、些細なことだと言わんばかりに変化がない。逆にそれは遠藤からしても気色悪い。


「だが、実験は継続だ」

 ビーカーは笑む。そして、カチリと何かを押した音が響いた。

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