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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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38「今夜、零時」


 ひなたはベッドの上で膝を抱え込んで思案する。


【今夜、零時】


 携帯電話に表示された爽からのメールを見やりながら、複雑な面持ちを浮かべた。


 みのりを見る。


 彼女との距離は遠い。当然だ、と思う。お父さんから離されて見ず知らずの人間が突然の保護者になった。自分の家にも帰れず、軟禁された状態で。この有り様で、何を信じれというのか?

 ひなたが一番嫌っていた状態に、みのりを陥れている。まして、自分もまた実験室に産み出されたサンプルであることに違いない。恐怖の対象でこそあれ、信頼できる相手にはなり得ない。それが普通だ。


 ──バケモノ。


 あの言葉が蘇る。自分がバケモノなのは否定できない事実だ。例え爽が自分を能力含めて受け入れてくれたとしても。


 それなのに、茜は自分にみのりを託すという。


『僕に子どものお守は無理にきまってるでしょ?』


 さらっと笑顔で。


『まぁ、茜ちゃんにはムリよね』


 ズケズケと母が言う。茜が実験室の元研究者トレーというのもにわか信じられないが、その才覚と母とのやり取りで納得するしかなかった。何より今の自分の実力では、茜にすらかなわないのだ。


 みのりは、黙々とひなたの部屋の絵本を読み漁っていた。ひなたにとって実験室の被験対象の頃から、唯一の心の拠り所。それは絵本だった。だから自由に読ませてあげている。所詮は他人でしかないひなたには、それしかしてあげられることがない。


 ──イメージを力に。


 それだけを思う。ひなたは知っている。自分は弱い。自分の能力すらコントロールできない。爽の助けがなければまともに実験室と向き合えない。それなのに抗う自分は愚かなのかもしれない。


 それでもそれでもそれでも──。


 理由ばかり探していることに気付き、苦笑する。


 こんな私でも誰かのチカラになりたい。そう思うことはエゴでしかない。それでもそれでもそれでも、ダレカヲタスケル力にナレタラ、ナレタラ、ナレタラ──。


 かたっ。みのりが動いた。本をひなたに差し出す。


 もう本はいらない、という意味だろうか。だが、こんな生活も今日で終わる。だからあと少しガマンして、と声にするより早く、みのりの言葉の方が紡がれた。


「お姉ちゃんに読んでほしくて」


 ひなたは目をパチクリさせる。その本を受け取る。この絵本はひなたも大好きだった。魔法使いに弟子入りした女の子は、大好きな男の子を喜ばせたくて色々な魔法を使う。でもなかなか喜んでもらうことができず、女の子は途方に暮れる。男の子が大好きだから、その一心だったのに。でも言葉にした「大好き」を男の子は喜んでくれた。


 爽が読んでくれた絵本だった気がする。


 ひなたは受け取って、絵本を読みだす。絵本の文章を読まなくても、暗記している──と思ったが、所々、言葉が出てこずに文章を追いかける。時の経過は、実験対象だった時代をこうも忘れさせるのか。


 静かに時間は流れた。


 読み終わると、恐る恐るみのりは別の本に手をのばす。そして、ひなたを見る。

 ひなたは可笑しくて、笑みがこぼれた。


 無駄な言葉は重ねない。ただ小さく頷いて。みのりの不安を受け止めたい。そう思うひなたは、自己満足の押し付けをしているんだろうか?


 でも、実験室での日々を思い出すと、爽が寄り添ってくれた記憶だけは確かにある。それが心強かったことも、暖かかったことも憶えている。だからなお、彼を焼いた記憶が哀しくひなたを突き刺すが──。


 アタマがイタイ。


 あの時のことを思い出すと、いつもそうだ。記憶は真紅の炎で埋め尽くされる。体が拒否するのはオーバードライブを恐れているのか、誰かを傷つけることを恐れているのか。


 ペンダントを握る。今、一瞬だが爽もペンダントを握ってくれていたことがわかった。感覚通知が間をおかずに送信されてくる。


【ダイジョウブ】


 日本語は難しい。『ダイジョウブ』でも幾重の意味がとれる。でもこの場合の『ダイジョウブ』は一択で信じて良いと思う。爽がいてくれる。だから大丈夫。


 絵本のページをめくる。


 有名ドコロの昔話から、童話、創作。みのりは絵本の世界のトリップすることで、平静さを保とうとしているようで。怖いのは――不安なのは、何よりみのりであるのは間違いない。


 当たり前だ、と思う。

 実験室? サンプル? 能力? 何の冗談だと自分でも思ってしまう。


 でもこれは過酷な現実で、みのりの父はその弱さから実験室のサンプルになることを選択してしまった。結果、 廃材(スクラップ・チップス)として暴走。救える可能性は低い、爽は素直に言う。


 可能性が少しでもあるなら――。


 ほんの少しでも、あるなら。ひなたは拳を無意識に固めて――いつもなら、これで発火してしまう。それを抑えてくれる爽のブレーキ。それを今、全面に感じていた。


 トン、とん。

 ドアをノックする音。


「はい?」


 お母さんにしては、控えめなノックだなと思っていると、恐る恐る入ってきた人の顔を見て、硬直する。


「そ、爽君?」


 え?

 ええ? 

 え?

 なんで──。


「あ、あのさ、夕食ができたって、ひなたのお母さんが──」

「え?」


 何故か、二人とも気まずくなって顔を赤くする。呼吸するのもやっとな有り様に、みのりが吹き出した。


「お姉ちゃん、やっぱり聞いてなかった。おばさんが、みんなで夕食をとるよ、って言ってたよ。さくせんかいぎ? するって」


 さも当然のように言う。


「発案はうちの姉さんだけどね」

「茜さんが?」


 爽が小さく頷いた。と、トタトタと駆け寄ってくる足音に。


「ひな先輩、水原先輩とチューした?」


 ニッと笑って入ってくるゆかりと。


「ボクの爽君に手を出すのは、時期尚早だね。実力が伴ってからじゃないと認めないよ」


 当たり前のように入ってくる茜と。あらら、とクスクス笑んで入ってくる母と。


「……き、緊張感ない……」


 ゲンナリと肩を落とす爽と、現状認識できず目をぱちくりさせるしかないひなたと。


「一応ね、ベストコンディションを保つ為に、夕食を早めに食べてミーティングをするよ? 作戦の最終的な詰めをしよう。その後、仮眠。みのりちゃんを連れていくことを考えてもベストな選択肢だと思う──って、ひなたのお母さんに伝えていたはずだったんだけどね」


 と爽は小さく息をついた。


「ま、ひなたが根を詰めた時は何言っても聞こえてないから」


 母は楽しげに笑う。


「お母さんは反対しないの?」


 ひなたは不安そうに見やる。普通の母親なら――でも母は普通ではない。実験室の元研究者シャーレ。この場に及んで、自分は母に何を期待しようというのか?


 と、母はひなたをじっと見る。


「ひなたは、ひなたがしたいことをすればいいのよ。それって、私が何か言っても変わらないでしょ? それともひなたは誰かに言われたから、そんなに必死になってたの?」


「ち、違う!」


 衝動的に叫んで、否定する――自分に驚く。母はさらにニンマリ笑んだ。


「言葉にしなくても、伝えようとしてくれる人がいることっては、とても幸せなことよ?」


 さらに微笑んで、実験室の元研究者シャーレは部屋を出て行く。

 ひなたの手を握る爽。反対側にはみのりが。みのりの掌に重ねるようにゆかりが。

 茜は苦笑だけ残して、シャーレの後を追う。


 一人じゃない。

 みんながいる。

 みんなを守りたい。


 羽島公平――みのりの父も絶対に救い出す。絶対に。絶対に、絶対に。小さな決意、小さな勇気、小さすぎる反抗でしかない、実験室から見れば。


 それでも、それでもなのだ。

 自分の意志で守りたい。実験室の思い通りにさせない、それが何よりも、燃やし始めたひなたの意志。――をジャマするように、誰かのお腹がぐぅと鳴った。思わず、ひなたは吹き出す。


「お腹すいたぁ」


「桑島? お前か!!」

「ほ、ほら、腹が鳴っては戦はできんって昔の人が――」

「それは、腹が減っては!」

「ひな先輩のお母さんはご飯が美味しいって聞いてたから、お昼ご飯を抜いていたもので、えへへ」

「アホか!」 


 と爽がため息をつくのが可笑しくて楽しくて。


 拳を固める。その手に小さな炎をあえて灯して。自分の能力を確認するように。守る。救い出す、絶対に。絶対に。実験室の好きにはさせない、絶対に。ぜったいに。絶対に。誰も傷つけさせない、絶対に――。

 

 

 

 

 

 

 










 

 

 【緋色】は微睡む。遺伝子情報の海の中で。やけに高揚する【水色】の意志を感じながら。珍しいと思いながら。いい傾向だ、そう呟きながら、また微睡んだ。甘美なまでの破壊衝動を夢見て。全てを燃やし尽くしたい、それだけを夢見て。微睡みながら、遺伝子情報の奥底を漂う。全部、燃やしてあげたい。全部、ぜんぶ。【緋色】は【水色】と同じ表情で微笑んだ。

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