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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
37/68

34「かれはいったいどっちなのだろうか?」


 茜は漫然とパソコンを操作して、電子メールを開く。案の定、乗っ取りを画策したコンピュータウルスを三重に仕込まれていたので、用意していたアンチウイルスプログラムで、容赦無く叩き潰した。


「無駄なことをするのが好きだよね、ビーカー。本当に変わらない」


 失笑しながら、茜はメールに目を通す。厳重なウイルス攻撃の割には、内容は希薄で虚構で無機質。苦笑すら出てこない。



【今晩零時、北区・旧清掃工場に羽島娘を連れて来られよ。羽島公平は娘との再開を望んでいる。我々は、羽島公平の意向を汲み、平和交渉を望む。是非、我々の理念を特化型サンプル及び、元実験室研究者トレーがご理解頂く事を望む】



 署名に国民国防委員会とある。平和的な交渉と言う割にはウイルスを仕込んだりと、何ら信用に足らないのは新手のジョークかと言いたくなる。そういえば、と頬杖をつきながら思った。シリンジもひなた達を前に交渉が目的と言っていた、か。


 コーヒーを飲みながら、漫然と思う。シリンジに交渉をさせようと思う事の方が愚の骨頂だ。彼は名誉欲の塊だ。口調こそ丁寧だが、盗める技術は盗用するし、情報を捏造する事もお手の物だ。


 ただし仕事は丁寧なので、サンプルの調整作業においては実験室でも一、二を争う有望な学者と言ってもいい。


 否――彼こそ、実験室にしか居場所が無いのだ。彼は自身の名誉欲の為に同僚の研究を盗用し、論文を改竄した。必要とあらば他の研究機関に情報を売りつける事も造作無い。地位も名誉も地に落ちた彼を拾ったのが実験室だ。最早、シリンジの居場所は実験室にしか無い。哀れな、と思う。


 が、茜にとっては単なる排除対象でしか無い。同情はするが、共感は無い。邪魔なら排除、排斥するだけ。そこまで思索してふと思う。


 ビーカーはシリンジが暴走する事を前提に【限りなく水色に近い緋色】の情報収集を狙ったか。それならあり得る。ビーカーがやりそうな事だ。


 だけれど甘い――と笑みが浮かぶ。ひなたや爽にとっては、負荷テストにすらなり得ない。茜が開発した支援型サンプルは彼のような矮小な存在には屈しないし、【限りなく水色に近い緋色】にいたっては、能力の全貌はこんなモノではない。


 ――だって彼女は全てを灰に帰したのだ。街という単位そのものを。


 手つかずのもう一つのコーヒーカップを見ながらさらに思案する。

 まだ湯気をたてて、一口も口をつけられていないコーヒーカップを。


 遠藤警部補、あるいは遺伝子研究監視型サンプル【弁護なき裁判団】の【No.E】のエラーは未だ解消されていない。


 それなのに【No.K】はエラーは異常より回復した、と言う。メインシステムへの覗き見(ハッキング)を試みたが、アクセス不可だった。崩せないプログラムではないが、今はそこに労力を注ぐ意味が無いし、多分何も発見できない予感がある。


 人間の感情を排して、人間を限りなく真似、人間社会の中で、人間社会から生まれた遺伝子研究サンプルを監視する事を目的として作った遺伝子研究サンプル。


 自分の手から離れてから、実験室の中で彼らが適切なメンテナンスを受けたのかどうか。あるいは何らかの改変を受けたのか。どちらにせよ、データ収集が必要なのは間違いない。


 しかし【No.E】に言われるとはね。苦笑しか浮かばない。


『茜ちゃん、情報処理室は飲食禁止だろ?』


 彼はトレーとは言わなかった。

 茜がトレーであることは認識している。


 茜がトレーと言う事を拒絶しても、その言い方を変えなかった監視システム達。それは茜に対して呼びかける際は「トレー」と呼ぶように設定していたからだ。それを見越して、あえて思考ルーチンをパンクさせる事を目的に、茜は「トレーと呼ぶな」という命令を出していた。それも意図的に、だ。


 ひなたを心配する【No.E】

 ひなたを心配する遠藤警部補。かれはいったいどっちなのだろうか?


 茜はコーヒーを啜る。


 スティックシュガー2本入れてなお、茜の口の中には苦さしか広がらなかった。


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