33「懐刀」
なんでだ――。
何故、能力を使えなかった。握りこぶしを掴みながら思う。こんな事は今までなかった。負荷試験の時だってこんな事はなかったのだ。
『君の能力は使えるよ』
そう担当研究者シリンジはほくそ笑んで言った。自分の能力が他のサンプルに比べて、華が無い事は承知している。戦力としては、量産型サンプルにすら劣る。攻撃的に能力が展開できる訳でも、支援型のように実戦をサポートできる訳でもない。なんて中途半端で、存在を見出だせないのだろう。
シリンジは自分の事を【懐刀】と呼ぶが、何の事はない。油断させて戦意を喪失させる卑怯な暗器でしか無いのだ。
それでも――。
それでも、だ。
自分の存在を証明する手段なのだ、実験室のサンプルでいるという事は。
何て自分は個性が無いんだろう、と思う。
一番にはなれない存在。とりたて目立つ訳ではない存在。集団の中では個に埋没するだけの存在。未来は定型文のように枠の中に当て嵌められただけの存在。夢? なんだろう、それは。自分にとっての夢とは、睡眠の時に見る潜在意識の情報だ。それ以上もそれ以下も無い。
こんな重苦しく、将来が約束されない社会システムの中で歯車になる事を強要される。それは高校生でも社会人でも何ら変わらない。これ程の絶望の中で、自分達は生きている。
何に希望を抱ける? 何を夢見る? 青春を謳歌? 巫山戯るのも大概にして欲しい。数字でランクをつけて、社会の部品として摩耗するだけの人生と堂々と公言すればいい。所詮、使う側と使われる側で回るシステムの中で、自分たちは使い古されて廃棄される存在なのだ。
それは今回の研究者達が画策している実験が全て物語る。
爪を食い込む程に拳を握る。
『大丈夫だよ、心配しなくても』
シリンジは得意気な顔で解説してくれる。君は選ばれた側の人間だ。君が影響を受ける確率はゼロに等しい。だから、何の心配もいらないんだよ、と。
(そうじゃない! そうじゃないんだ!!)
やりきれない感情。自分は実験室のサンプルだ。特化型にはなりきれない、攻撃型にもなりきれない、支援型ですらない、そんな特殊型サンプル。それなのに宗方ひなたは、その身を挺して、こんな自分を守ろうとしてくれる。
(そうじゃない、そうじゃ――)
爪が食い込み、血が滲む。
それでも、悔いは消えない。
ひなたは言った。
絶対に傷つけさせない、と。絶対に守ってみせる、と。そんなひなたが眩しくて、強くて、格好良かった。
何やってるんだ、と思う。それなのに自分がした事はと言えば、自分がした事はと言えば、自分がした事はと言えば――。
ちりん。
無機質で妙に高音が耳につく電子音。携帯電話の画面がメールの着信を表示する。力なく、電子メールを開封した。
【誤算はあったが、計画通りに今夜遂行する。絶対に特化型サンプルを屈服させてみせる!】
荒ぶる感情剥き出しのシリンジの文章にも、何ら感情は湧かない。
了解、とだけ返信をする。
ひなたは守ると言ってくれた。
それなのに自分はどうしたいのか――全く分からなかった。