31「この世は所詮、実験場」
あまり聞きたくない警告音に、フラスコは顔を上げた。
蒸留した薬液がコポコポと音を立てている。
ディスプレイを見やる。ログを流し見しながら、小さく息をついた。その表情に色はなく、無機質だったが唇が僅かに歪む。見る人が見れば、フラスコは歓喜していると思っただろう。
そう、フラスコはこの現状を楽しんでいた。
【システム『弁護なき裁判団』に重大なエラー発生】
【自動修復します】
【修復できませんでした】
【退避システム始動。『No.E』のリンクを一時的に切断します】
【Enter】
「やれやれ」
フラスコはログを見やりながら、今度は心底微笑む。限りなく水色に近い緋色と接触してから、想定外ばかり起きる。彼女が不確定要素であることは間違いないが、ここまで実験室が翻弄されているのだから、パトロンと言うべき内閣総理大臣になんと言葉にすべきか苦慮するところだ、などと心にもない事を思い、自分で苦笑する。
もっとも、監視プログラムそのものが、トレーが所属していた時代の旧体制時のものだ。
そろそろ、システム書き換えの時期なのかもしれない。
「まぁ、いい」
フラスコはまるで酔ったような目で、薬液を手を取る。
多少のハンデ、不確定要素があった方が実験としては望ましい。第七研究所を徹底的に破壊した遺伝子特化型サンプルがこんな事で終わる訳が無い。
――アレは悪魔だ。
当時の研究員の一人がそう呻いていた。そうだろうか? あの炎、あの烈火、あの業火、あれを美しいと言わずして何と言うのか。そもそも実験室の研究プロジェクトは悪魔の所業と世間では叩かれるものばかり。今更、どんな悪魔を恐れるというのか?
薬液を調合しながら思索する。
言うなれば、これは稼動試験だ。限りなく水色に近い緋色、是非ともあなたが欲しい。そうフラスコは思う。全ての研究を覆す、唯一無比の存在。それを自分の手で開発できなかった事は、口惜しいが。
フラスコはビーカーが画策しているプランを脳内でシュミレーションする。今回に限りは成功も失敗も無い。かの特化型サンプルを拿捕できれば重畳。できなかっとしても、同時並行する実験を検証できたら言う事はない。廃材を大量に一括処分できればなおの事。
この世は所詮、実験場。限りなく水色に近い緋色、あなたはどう足掻く?
フラスコは静かに笑みを零した。