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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
31/68

28「オーバードライブしないように頑張りますね」


 乱暴に開け離れた戸、足高に靴音を鳴らす黒いライダースーツの集団に、誰もが自分の目を疑った。


「なんなの、あなたたちは?」


 毅然とした姿勢で侵入者を問い詰める司書教諭だったが、総勢七人のライダースーツ達が一斉に片手を向ける。


 ――たん。


 何かが弾む音がして、机や椅子が吹き飛ぶ。何が起きたのか、その場にいる全員が理解できない。


 否。――ゆかりとひなたを除く全員が、であるが。


「ひな先輩」

「うん」


 コクリと頷いてペンダントを握る。このペンダントは音声通話の他にも位置情報と感覚通知も発信できる。音声通話は電波を利用するので傍受される可能性が高い。一方の感覚通知は距離と会話パターンは限定されるが、遺伝子情報を基に多重暗号化するので、盗聴は不可能に近い。


 詳細なメッセージを伝播する事はできないが、『スグキテ』『ダイジョウブ』『キケン』等のメッセージを体感で送信する。神経信号を分析し暗号化した上で送信する仕組みらしい。それに付け加え、ひなたの心拍数や血圧、体温も必要時は測定できる。


 常にだと監視しているみたいでしょ?

 爽はそう言って笑った。


 隠してもいい情報だと思う。それを躊躇なくひなたに爽は教えてくれた。


 だって相棒でしょ?

 爽はもう一度、笑う。


 ひなたが『化け物』だと言うならば、その『化け物』の片棒を担ぐ俺も『化け物』だから。爽はまったくぶれずに、そう言ってくれた。


 ――ひなたが望むなら、不要な機能は削除するよ?


 その言葉に、ひなたは首を横に振った。


 爽は自分をサポートする支援型サンプル。その彼の力に助けられて、ここ数日がある。その爽がひなたをサポートする上で必要なデータなのだとしたら、拒む理由はない。むしろ、実験室に籠絡されていた頃に比べたら、情報を開示してくれた分だけ、爽はなんて優しいと思う。あの頃の自分には自由なんてなかった。検査、稼働試験、負荷試験、 調整、一時休止の繰り返しで――。


(……痛い)


 あの頃の記憶を思い返すと頭痛が苛ませる。思考が拒否するように、断片的にイメージが浮かび上がっては、あっという間に消えていく。


 ただその中に、爽がいたのは間違いなくて。


 爽が手をのばしてくれた。

 ひなたが手をのばす。


 あの時は、父よりも母よりも、あの少年の存在が生きる糧だった。


 そしてひなたは実験室とどう向き合う? ひなたの過去を知る少年はそう問いかけてきた。


 ゆかりとの邂逅は偶然の産物だった。結果的に彼女の能力上限稼働(オーバードライブ)を止める事はできたが、ひなた自身がコントロールできたわけじゃない。


 今回の羽島投手にしてもそうだ。ゆかりの能力上限稼働(オーバードライブ)を止められた事で有頂天だった。


(ワタシにはダレかをタスけるチカラがアルんだ!)


 でも結局の所はどうか? 羽島投手を止める事はできず、国民国防委員会に攫われるという顛末。挙げ句、余力ゼロで下手をしたら全滅の可能性があった事を、茜の口から告げられて始めて気付く。


(不甲斐ない――)


 でも嘆いている余裕は無い。羽島みのりを救出できた。それだけで重畳と爽は肯定してくれた。みのりは現在、宗方家に居候の形をとっている。しばらく落ち着くまで、外には出ず警戒態勢をとることにした。


 ――みのりちゃんの事は任せなさい。元シャーレの本領発揮、見せちゃうゾ?


 と母は細い腕で力瘤を作るポーズ。微妙に不安だが、他に信頼できる人もいないので、頼るしかない。


 ――ひなたには、ひなたにしかできないことをすればいいのよ。


 と母は言う。

 みのりは、無言でひなたの手を握ってくれた。訳が分からないのが彼女の本音なんだと思う。ひなた自身だって自分の人生が訳分からない。


 ただ、と思う。自分には少なからずチカラがある。望んだ事は一度だってないし、憎むべきチカラであっても。


 だから、目の前のライダースーツに対しても不思議と臆さずに、真っ直ぐに見やる事ができた。ライダースーツの一人は写真を取り出し、ひなたとゆかりを見やる。


「例のサンプルに間違いない。プランAに従い捕獲せよ」


 と黒スーツの一人が声を張り上げ――る前に、ひなたとゆかりは行動を起こしステップを踏んだ。


 ひなたは両手で、ゆかりは片手を拳で固めて黒スーツの男達に接触し、能力を解放する。


 炎と電流が弾ける。それはまるで踊り舞うようで。

 一瞬で灰になった彼らを見て確信する。


 彼らは実験室のサンプルだ。前回と同じ轍は踏まない。

 ひなたの脳裏に茜の言葉が過ぎる。


 ――宗方さん、貴女には能力があるが勇気が無い。傷つける勇気、傷つく勇気、チームを信頼する勇気、自分自身を信頼する勇気、現状を変える勇気も、ね。


(勇気)


 反芻する。そうだ、私は弱い。弱い事を知っている。自分がもつ能力ですら未だ爽の力で安定させてもらったに過ぎない。


 私は化け物だ。それが分かっていながら、化け物になる勇気も覚悟も無い。でも、爽は言い切った。


 ――ひなたが化け物なら俺も化け物だよ。


 ペンダントを制服越しに触れる。爽を想う。私が迷うから、救えなかった。私が弱いから、助けられなかった。でも爽がいる、ゆかりがいる。これは何にもかえられない私の中の勇気――。


 だから!


『ジッケンシツ ト ソウグウ』


 ペンダントを通じて、爽に感覚通知を送る。

 間髪入れず、爽から感覚通知の返信が届く。


『マッテイテ』


 決まった定型句しか送信できないのが難点で、それがどういう意味なのか思案する。文字通り何もするな、では無いはずだ。爽ならどうする? 爽なら――情報をできるかぎり引き出す?


 周囲を見回す。誰もが何が起きたのか現実を認識できていない。と、ライダースーツの一人が拳銃を出し、彩子を狙って引き金を絞る。


 たん! 乾いたわりに耳を突き刺す音が響く。が、それだけだった。ひなたの手の一振りで、弾丸を叩き落とす。


「擬似重力操作、厄介ですね。柔軟性も応用性も高い。ですが、非常に面白い」


 ライダースーツの一人が呟くが、拳銃の存在で正気に戻った生徒達が裂けんばかりの悲鳴を上げた。むしろその方が助かる、とひなたは思う。此処で全ての人が逃げてくれた方が、暴走しても巻き込まなくて済む。


 そう思って、内心で苦笑する。


(勇気、なかなかもてないや)


 でも、と思う。爽が来る迄は――違う。彼らが先日の国民国防委員会所属なのは間違いない。今、この状況を打開する力をもっているのは自分。羽島みのりの為にも、ここで曖昧な妥協はしない。絶対にだ。


「図書室で炎と雷撃とは、もう少し本を大事にされてもいいと思うんですけどね」


 とライダースーツの男の一人が、ヘルメットを脱いだ。


「え?」


「あわよくば捕縛、未確認実験素材の回収をとは思ってましたが、やはりそう甘くは無いですよね。さすが特化型サンプル、そしてもう一人の彼女もなかなかスクラップ・チップスとは思えない。量産型サンプルをこうも簡単に屠るとは、お見事ですよ」


 にっこり笑いながらも大胆にそんな事を言ってのける。


「申し遅れました、国民国防委員会・書記の役を拝命しております。実験室の研究者でシリンジと申します。以後、お見知りおきを。しかし、ビーカーは人使いが荒い。先日、スクラップ・チップスの羽島君を修理したばかりだというのに、次はお使い。室長の無理難題よりはマシですけどね。まぁ、捕縛もあわよくばという事であって、本題はお誘いなんですけど――」


 言い終わらない前にゆかりがその手から青白い雷撃がシリンジに向けて放つ。容赦無し、親玉が分かったのなら雑魚は無視、この男を沈黙させ――


「え?」


 訳の分からない感覚が、ゆかりを襲った。体の内部を異物がチクリと刺す感覚。それだけなのに力が入らず膝をつく。雷撃はコントロールを失い、シリンジではなく、ひなたに向けて角度を変えていた。


「ひな先輩!」


 ひなたは両手に炎を帯び自ら接触、雷撃の力を消失させる。


「痛いなぁ。やっぱりゆかりちゃんの、電気は効く」


 先日のゆかりとの邂逅を思い出しながら苦笑いしつつ、実験室の研究者・シリンジと向き合う。シリンジはにんまりと笑んだ。


「第一手は、量産型サンプル【黒の同志】による念力弾サイコネキシス・バレットだったんですけどねぇ。不可視な弾丸と、自衛隊仕込みの戦争を前提とした強化訓練済みですので、彼らで大概は何とかなるのですが……【限りなく水色に近い緋色】あなたの擬似重力操作、と発火能力(パイロキネシス)を正面から突破するにはいささか力不足だ。さらにはスクラップ・チップスの少女の力も侮れない。電力操作で広範囲の攻撃も可能、と。その電力量で能力最大上限稼働(オーバードライブ)をされたら、こちらはひとたまりも無い。ないですが是非、君を解剖して人体コンデンサー研究に活かしたい所です……しかし、そうも言ってられる状況でないのは事実、第二の手段を取らせて頂きました」


「……第二の手段?」


 ゆかりは呻く。まだ力が入らないのだ。力で圧せられている感覚ではない。何かが狂わされて、目眩がする。そんな症状に近い。


「スクラップ・チップスの少女、あなたを苦しめているのがその力です。我が実験室の進化し続けるテクノロジーを味わって頂けましたか? 君はこちらの接触を理解しなかったはずだ。謂わば暗器。戦場において、何より有意義な兵器になると思いませんか?」


 ご高説はする、でも種明かしはしない。それがシリンジのスタンスらしい。だけれども――ひなたは、意外に冷静だった。


 ひなたは、周囲を囲むように炎の壁をイメージし、それを一瞬で作り出す。ひなた、ゆかり、そして逃げ遅れて現場に残ってしまっていた、野原彩子と金木涼太を囲むように、その壁はできた。


「え?」


 涼太は目をパチクリさせた。彼は私の能力を見て恐れおののいただろうか。ひなたは思う。化け物と罵るだろうか? そうだとしても、涼太も彩子もひなたが守る。その決意は揺るがない。


「図書室を焼くつもりですか?」


「焼いても私には支障がありませんので。特に友達を守るためなら」


 にっこり、ひなたは笑う。と、その刹那、ゆかりを苦しめていた目眩が消えた。ゆかりも目をパチクリさせる。


 ひなたの能力は世間一般には知られたくない。能力を抑えきれず、転校を繰り返してきた経緯が自分にはある。だが、それは実験室とて同じだ。彼らもまた、自分たちの研究成果を情報公開できる潔癖さも良心も持ちあわせていない。合わせて彼らは不法侵入の亂入者(らんにゅうしゃ)だ。


 遺伝子量産型サンプル【黒の同志】が能力、念力弾サイコネキシス・バレットを展開したのだろう。炎が激しくゆらぐ。だが、それだけだ。ひなたのテンションにより炎の温度は変わる。過去の実験室のデータを何気無くひなたは思い出していた。その出力最高一万度だが、今現在が何度なのかは知る由もない無い。すでに図書室内の机や書架は燃え出し、灰が舞う。


「やれやれ、私は交渉に来ただけなんですけどねぇ」


 と、シリンジはのんびりと言った。


「交渉?!」


 ゆかりは露骨に顔を歪めて拒絶反応を示した。その気持ちは分からなくもないと苦笑するが、トントンと肩を叩く。今は私が話すよ、と自分を指差す。


 ゆかりは頬を膨らませたが、渋々応じる。


「そう、交渉です。あわよくばあなたを捕獲したいということは嘘では無いですけどね」


「――分かりました。私は難しいことはよく分からないですけど、さっきの能力を使われてもオーバードライブしないように頑張りますね」


 小さく笑んで、ひなたはそう言う。


 瞬間、その場に戦慄が走るのを感じて、ひなたは内心でガッツポーズをとった。爽君、私がんばってみるからね。そう心の中で呟きながら。

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