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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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27「茜」


 爽は情報処理室のドアを開ける。パソコンが並ぶ中、教師が座る最前席に水原茜が座って、キーボードを叩いていた。見ると、情報処理室の全てのパソコンが起動しており、同時進行で情報を検索、分析、言語がスクロールしていく。茜自身による感覚撹乱プログラムにより、決められた人間しか入室できない。昼間から実験室がらみで情報処理室を専有できる理由がココにある。


 爽にとっては見慣れた光景だが、非常識である事には変わりない。


「爽君、待ってたよ」


「一切の拒否権も無いと豪語されて、待ってたよは無いんじゃないの、姉さん?」


 小さくため息をつく。この姉に反抗しても意味は無いのは承知の上での悪態だ。茜は楽し気に笑むだけでどこ吹く風なのは予想通りで。


「愛しの宗方さんが心配? 一応、【デベロッパー】が監視はしてくれてるでしょ?」


「あいつは戦闘型サンプルじゃない。緊急時の対処はできないよ」


「そうね。でも、緊急時の対処ができないとなると、宗方さんの特化型サンプルとしての存在価値は無いにも等しいけど?」


 にっこり笑みながらも、パソコン操作の手は緩めない。茜が分析しているのは、昨日の警察署を出てからのひなたとの一幕――それは挨拶というよりは、挑発にも等しかったが――全パソコン、そしてスクリーンに昨日のリプレイが映し出される。爽は表情一つ変えず、茜から離れ生徒席についてモニターを見やる。


 茜は弟の反抗心を汲みながら、満足そうに笑んで映像を再生させた。











「そんな生半可な能力で、誰かを助けられると思ってるの?」


 茜は笑顔でひなたに、容赦なく通告した。ひなたの表情が凍りつくが、茜はお構いなしだった。


「察してるかもしれないけど、僕は元実験室の研究者トレーこと、水原茜。今後ともお見知り置きを、と言いたいけど……宗方さん。そんな生半可な能力じゃ、誰も助けられないよ?」


 茜は一歩、詰める。


「申し訳ないけれど、爽君を守るために僕は僕で監視させてもらっていた。爽君の戦略立案もツメが甘いけど、貴女 (アナタ)が一番、考慮を要する。特化型サンプルの力に溺れているのか、過信しているのか。どちらにせよ、中途半端な能力だから、【廃材】(スクラップ・チップス)ですら追い詰められない。今の貴女は、研究者である僕にすら劣るよ?」


「姉さん!」


 爽が思わず声を上げたが、それを茜は手を上げただけで静止する。


「爽君は少し反省する事。君は単なる支援型サンプルじゃない。限りなく水色に近い緋色の【デバッガー】である事は分かっていたはず。君の仕事は、調整とサポート、戦略(ストラテジー)の立案で、勝率を50から確実な100にする事で。繰り返すけど、君の仕事は戦闘型サンプルと同ライン上での共闘ではないよね?」


 爽は言葉を詰まらせる。姉の言葉の意味を吟味するまでもなく、痛感する。不安定な【遺伝子特化型サンプル】を支援する特化型サンプルがまず最初にすべき事は【調整】(コーディネート)に他ならない。ひなたは自分の力も調整できず、試験稼働もできず実戦に突っ込んだ。その責任は爽にある、と茜は言っている。【調整】が完全にできない環境であれば実戦を避ける。その為のお膳立てこそが、爽に求められた仕事なのだ。


 その一方で、茜はひなたの弱点を一番最初にストレートに突いてきた。


 結局は、初戦で機能停止にできなかった事、それこそが原因であると。特化型サンプルでありながら廃材を機能停止にできなかったのは、ひなたの甘さに他ならない。


「もっとも、実戦も訓練も調整も無いに等しい宗方さんに、そこを突きつけるのは酷である事は重々、承知している。だからね、これは僕の提案なんだけど――」


 茜はひなたを見る。先程までの社交的な笑みが消えた刹那、悪寒が走る程の冷たさがこの場を支配する。茜がもう一度笑って、その緊張を自らで消す。それは茜の剥き出しの敵意に他ならなかった。


「今回の件はこれで諦めて」


「え?」


 ひなたは茜を見る。茜は笑みを絶やさないが、結論を譲るつもりは無いと明確な拒絶を示していた。つまり元プロ野球選手・羽島の救出を断念せよ、と言う。


「結論は一つ。宗方さん、貴女には能力があるが勇気が無い。傷つける勇気、傷つく勇気、チームを信頼する勇気、自分自身を信頼する勇気、現状を変える勇気も、ね」


「ひな先輩の弱さは私が埋め―――」


 ゆかりの援護すら、茜の目の瞬きで消される。


「桑島さんは空気が読める子で助かるね。今、桑島さんには意見を求めていないから。それと弱さを埋める関係はチームじゃない。それは――」


 ゆかりの目の奥底を覗き込み、小さく笑んだ。


「ただの戯れ合いだよ?」


「姉さん!」


 爽が声を荒らげたが、茜のペースは変わらなかった。


「一つ間違えば、全滅。全員死亡のシナリオも有り得た。口惜しいかな、遠藤さん達警察に借りを作ったカタチになったけど、彼らの助力で君たちは九死に一生を得たのは間違いないよ? 国民国防委員会と対峙した時、爽君含み余力はどのくらい残っていたのか、あえて聞きたいね。君たちの生存率は何パーセントだった?」


 茜の言葉に誰も答えられない。重い空気こそが全ての答えだ。ひなたは唇を噛み締めて耐えるように、でも目を逸らさず茜を見ていた。


「一つ、テストをさせてね」


「え?」


「そんなに難しいことじゃないよ。僕が踏み込むから防御してくれたらいい。なんなら能力を使ってもいいし、僕を殺すつもりで先手を打ってもいい。僕は研究者トレーではあるけれど、遺伝子研究サンプルじゃないから、防ぐのも容易なはずだよ」


「え? え? え?」


「ひなた、気を付けろ! 姉さんは剣道有段者だ!」


「え――」


「遅いよ」


 と呟く声と同時だった。たん、と軽い足音をアスファルトに鳴らす。ひなた達しかいない閑散とした路上で、乾いた風が吹き抜ける刹那、茜はすでに動いていた。


 ひなたが反射する前に、茜は賞底をひなたの首に打ち付ける一歩手前でモーションを止める。


「爽君の過保護。宗方さんにファイアーウォールを張ったね」


「…………」


 爽は無言で姉を睨む。そんな弟もカワイイと言いた気に茜は柔らかく笑む。だが次に発した言葉は、何よりも現実の厳しさを三人に突き付けてきた。


「もう一度、言うね。そんな生半可な能力で、誰かを助けられると思って――」












「ここで止めて、少し映像を戻すよ」


 と茜はキーボードを操作する。茜が賞底をひなたに打ち込もうとする直前で止めた。さらにキーを打ち込む。プログラムの羅列がそれぞれのパソコンに津波のように表示されては流れていく。


「不可視物理防御壁・ファイアーウォールを爽君が張るのは予想の範疇だったんだよね。ただ枚数が三十枚の検知は、少し少ないんじゃない? 余力がほとんど無かったって事だよね。今回の作戦立案、戦況把握、指示命令系統に課題、やっぱりあると思うけど?」


「それは昨日散々聞いたし、反省しただろ!」


「お詫びとお礼のチュー、まだされてないよ?」


「弟にお詫びとお礼のチューを要求するなよ」


「僕からしてもいいけどね」


「しなくていいから!」


「宗方さんとなら?」


「い、今、それは関係ないだろ!」


「その様子じゃ、まだなんだね。爽君が意外にウブで安心した。宗方さん、鈍感っぽいし、これはお姉ちゃんにも勝機があるね?」


「あるわけないでしょ!」


「爽君が冷たい。およよよよ」


「わざとらしい嘘泣きやめて欲しいんだけど」


「と言ってる間に分析終了」


 と文字の羅列が画面上の繰り返しが停止する。映像の中では、ひなたと茜の接点ギリギリの所で青白い光が色付けられていた。


「ちなみに爽君のファイアーウォールがこれ」


 とさらに茜側に緑色の光が明滅する。爽は無言で画面上の光を見やる。その表情は心なしか嬉しそうに唇を綻ばせていた。


「実に興味深い。擬似重力による防御壁のように見えるけど、そうじゃない。彼女は本能的に攻めに出てる。初撃を重力で無力化させた上で、標的を重加圧で間髪入れずに叩き潰す。そうでなければ、重力変動帯の広さを説明できない。まさしく速攻の 反撃カウンターだね。ますます、面白い。これをまともに直撃したら、骨を叩き潰されるぐらいじゃすまなかったかも」


「姉……さん?」


「問題なのは、これが潜在的本能なのか、能動的意思決定なのか。どちらにせよ研究対象として興味深いね」


「多分……ひなたは両方だよ」


「ん?」


「ひなたはまだ自分の能力を知らない。俺自身、サポートしていてとらえどころが無い。でも、力を使う意志は自分の為ではなく、誰かの為にある。それが実験室に対して無謀か自殺行為かは別にしても――ひなたの誰かを助けたいという意志は尊重したい」


「ふぅん」


 茜はデータを眺めつつ、次の作業に移行しようとしていた。画面には数多の文字の羅列が走りだす。


「いいんじゃない? どっちにせよ実験室をぶっ潰さないと、ひなたちゃんには未来が無いし」


「…………」


「でもその為には君達はまだ力不足。 【調整】(コーディネイト)も必要だけど、それ以前に

【 基底増強】(スペックアップ)が必要。だから、今回の件は実践演習の覚悟で爽君は作戦立案する事。いい? 今の宗方さんで勝てる作戦立案を、だよ? できる?」


 爽がコクリと頷いた瞬間――それは歪みのように、爽の感覚を駆け巡った。実験室の能力者特有のナンバリング・リンクスだ。何者かが能力を行使したのは間違いない。爽はペンダントを握る。とりあえず、ひなたに異常は無いのを遠隔で確認して、安堵する。


「爽君、【デベロッパー】から緊急メール来てる。ナンバリング・リンクスは?」


「来た」


 それだけ言って、ひなたの元に駆けつけようと――したその手をぐいっと、茜は引っ張った。


「君って子は、宗方さんが絡むとどうして冷静じゃなくなるかな」


「今、そんな事言ってる場合じゃ――」


「場合だよ。ナンバリング・リンクスの感知条件を言ってごらん」


「……実験室サンプルによる能力稼働を表す。実験室サンプル同士の連携の為の感覚感知機能で……」


「まだあるでしょ?」


「ある程度のサンプルはリンクを抑えられるけれど、廃材レベルはナンバリング・リンクスを抑えられない」


「うん、正解。付け加えると、量産型サンプルもそうなんだけどね。つまり、ナンバリング・リンクスはあくまで参考情報であって戦況分析の材料にはならない。いいね?」


「わかった」


 爽はコクリと頷く。スマートフォンを手に情報検索を開始しながら駆け出した。緊急メールは爽にも配信されている。後は爽が【デバッガー】としての行動を示すのみで。ペンダントからひなたからの発信もあった。迷う事は何も無い――。


 茜はそんな爽を見ることもなく、パソコンの操作に注力する。


「実験室の監視システムへのハッキング終了…っと。ビーカー、随分好戦的に手を打ってきたんじゃない?」


 キーボードを流れるように打ちながら、【弁護なき裁判団】の監視システムのロックを次々と解除していく。無論、茜なりの【弁護なき裁判団】へ向けての挑発に他ならない。彼らが動く、それもまた既定路線、予想の範疇だった。


「動いたのは、国民国防委員会か……がんばれ爽君、宗方さん」


 そう呟いて、茜はもう一度愉し気に、にんまりと笑んだのだった。


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