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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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26「そんな生半可な能力で、誰かを助けられると思ってるの?」


――そんな生半可な能力で、誰かを助けられると思ってるの?



















 ひなたは、シャープペンシルの動きを止めて、思考に囚われる。


 転校間も無いひなたは、課題が山盛りなのだ。高校を転入するという事は生半可な事では無い。一度、入試で合格した結果を捨てて、再度試験を受ける。要は再入試にも近い。落ちたら、それでThe Endの可能性も高いし、学校によってはそもそも編入を受け付けない場合もある。そのリスクを背負っても、【遺伝子研究特化型サンプル】である事を秘匿する事が、今までのひなたの生活の安寧だった。


 だから――。


 自分の行動に驚く。隣で自分の課題に集中している桑島ゆかりに目を向ける。ゆかりの存在も大きい。でも何より、今だけ不在の爽の存在がひなたを揺り動かす。


 爽がくれたペンダントを握る。


 感覚神経が爽は然程遠くではない場所にいる事を示す。”ざわざわ”ではなく”ふわふわ”とでも表現すればいいか。ペンダントに手を触れるだけで、爽がまるで近くに居てくれる錯覚すら思わせる。

 誰かを助けたい、なんて思った事はなかった。むしろ――その視界に入らないよう、誰かと距離を近くしないよう努力し続けてきた。誰かを自分の能力で傷つけたくないその一心で。


 だが爽は、そしてゆかりは、その距離をいとも簡単に縮めてくれた。自分の背中を押してくれた。手を伸ばしたいと思った。その手を伸ばす事が少なからずできた。でも――。


 そんな生半可な能力で。


「宗方さん?」


 と目の前に座る金木涼太がひなたを覗きこむ。隣のゆかりが、そんなひなたを見てクスリと笑った。ひな先輩、昨日の事考えていたでしょ? と。


「え?」


 ひなたは顔を上げる。思考に囚われ過ぎて、課題が進んでない。クラスの優等生、涼太が協力してくれるというのに、どうして自分はこんなにも後ろ向きなんだろうか。涼太は表情を曇らせて、ため息をついた。


「あ…あの……金木君、ごめんなさい」


 ひなたは本当に申し訳ない気持ちで頭を下げる。涼太は再度、ため息をもらした。


「え?」


 怒らせたのかと思い焦る。それはそうだ。勉強に追いつくのに必死になるべきなのに、心ここにあらずでは、先生役を折角買ってくれた涼太に失礼だ。そんな当たり前の事すら察せられない自分が本当に嫌になる。


 と涼太の隣で、ファッション雑誌を読んでいた野原彩子が小さくだが、おかしそうに吹き出した。


「野原、ここは笑う所じゃない」


 涼太は苦虫を噛み潰したような表情で言う。


「図書室だからって笑わないでください、というルールはなかったと思うけど?」


「そういう意味じゃない」


「折角、水原君がいないから、宗方さんと仲良くなれるチャンスなのにね。宗方さんは水原君の事ばかり考えているようだし」


「そんな (ヨコシマ)なこと思ってない」


 淡々と――でも涼太はさらに不機嫌に睨みつける。


 一方のひなたは二人の会話を聞いて、どう答えていいか分からず口をパクパクさせる。そうなのだろうか? どうなのだろう?


 確かに、どうしても思考に囚われてしまうのは、爽の事が中心だ。彼がひなたを肯定してくれる。それは大きい。そして爽が【支援型サンプル】であるにも関わらず、ひなたは爽に守られている事を実感する。爽が隣にいてくれるだけで、体の緊張を解く事ができる。この短い日数の中で、ひなたにとっての爽はかけがえのない存在になったと言える。


 だからこそ――。


(これじゃ、ダメ)


 ひなたは思う。自分から見ても爽のサポートは完璧だった。それに応えられなかったのは自分。そして言い出したのも自分。チカラを出し切れなかった自分。敗因は自分が招いた。羽島を救えなかったのは自分。


 ひなたは水原茜のステップを思い返す。


 それはとてもリズミカルで、軽くて、まるで翔ぶようで。一瞬でひなたへ間合いを詰めて、その手を伸ばす。その一瞬に戦意を叩きつけて――。


「ひな先輩、集中。課題、終わらないよ?」


 ゆかりが、ひなたの頬を両手で軽く抓る。ひなたは目をぱちくりさせた。ゆかりの目は言う。諦めないよ、私は。

 ひなたは戸惑いつつ、課題に目を通す。


「悔しいなぁ」


 とそれを見て彩子が言った。


「え?」


「宗方さんと仲良くなった人が、水原君以外で後輩ちゃんだったって事がね」


 彩子はにっと笑う。その手をひなたに差し出す。ひなたは意味が分からない。


「あくしゅ」


 さらににっと、彩子は笑う。ひなたはおずおずと、その手を握った。片手でペンダントを制服越しに握る。能力が暴走しませんように、暴れませんように。それだけを祈って。


 ひなたの心配を他所(ヨソ)に、能力が暴走することはなく安堵の息を漏らす。それを見て、彩子はまるで子どもをあやすように、髪を撫でた。


「みんなね、宗方さんと仲良くなりたいって思ってる。残念なのは、爽やか王子が宗方さんを独占してるって事だけど、私とも仲良くしてくれない?」


 爽やか王子とは水原爽の事を言っているのだろうか? 言い得て妙とはこの事か。確かに爽はその異名がぴったりな気がする。するが――。


「え? わ、私でいいんですか?」


 思わず出た言葉がそれで、その場にいた全員が苦笑する。


「宗方さ――――まどろっこしいな。もう、ひなたって呼ぶよ? 私はひなたと仲良くなりたい。爽やか王子が執着する理由も気になるけど、そうだね」


 じっと、彩子はひなたを見る。


「癒される、かな」


「へ?」


「ひなたと話していると、優しい気持ちになる。ひなたは分け隔てなく誰彼にも気にかけてくれるから」


 と彩子は優しく笑む。

 だが、ひなたには意味が分からなかった。


「野原さんの方がいつも私に声をかけてくれるから……私のほうが……その、励まされてる」


 羨ましいと思う。彩子は活発で、常にクラスの中心にいる。爽以外で常に気にかけてくれている存在がいてくれる事に甘えてしまいそうで。


「ひなた……お前って子は……」


 彩子は思わず、食い入るようにひなたを見つめる。


「カワイイ、可愛すぎる!」


 立ち上がった彩子にひなたはいきなり抱きしめられて、目を丸くした。


「え? え? え?」


「でしょ、先輩。ひな先輩、可愛くて可愛くて。もう食べてしまいたい」


「爽やか王子の追っかけすら虜にする可愛さだもの、無理ないね」


「良きライバル関係だと思ってます。でもひな先輩の可愛さは捨てられない!」


「分かるよ、その気持ち!」


 と何故か彩子とゆかりは、強く握手を交わしていた。最早、ひなたは置いてけぼりだった。


「……一応、僕もひなちゃんと仲良くなりたいって思ってる人間の一人なんだけどね」


 涼太がボソリと呟く。


「あ、はい。喜んで! こちらこそお願いします!」


 ひなたがペコリとお辞儀をして涼太の手を握った。涼太は小さく頷く。


「……よろしく」


 ひなたは涼太の表情を覗う。心なしか、顔が赤い。


「金木君、風邪ですか?」


「え?」


 すっと、涼太へ顔を近付ける。慌てて涼太は顔を逸らした。


「顔が赤いから。私の課題を手伝ってくれるのは嬉しいけど、金木君が体調崩したら申し訳ないから、無理しないで」


「し、してないから大丈夫、ちょっと暑いだけ」


「本当?」


 首を傾げて、再度確認する。涼太が何回も頷くので、ひなたはやっと安心して笑う事ができた。














「この童貞、下心が見え見えだよ」


 ボソリと彩子が涼太にだけ聞こえるように呟く。


「う、うるさいよ。だいたい、なんで野原が居るんだよ?」


 今さらながらの疑問を出しながら、小声で涼太も応酬する。


「私はひなたと仲良くなるチャンスを狙ってたから。この学校の生徒なら、図書室は誰が利用してもいいでしょ?」


「勉強のジャマをしない事と公共マナー守ってくれたら何も言わないよ」


 つまり静かに黙ってろ、と言っている。


「ふぅん。優等生も必死になる時があるんだね」


 意味深に涼太と、それから意図を理解していないひなたを見やる。


「しかし、爽やか王子が相手とは難儀だね」


 と楽しそうに、そして後のことは涼太に任せたと言わんばかりに、再びファッション雑誌に目を落とした刹那、ゆかりがひなたの耳元に唇を寄せた。


 ひなたは、拳を握りしめ宙を見るその目は何かを決意したかのようで。


 ゆかりがその拳に手のひらを重ねる。

 桑島ゆかりは確かに、こう呟いたのを彩子は聞いた。


 ひな先輩は一人じゃないから。だから私も諦めない――。


(諦めない、か)


 学生なんて夢をどれだけ諦めるか、それに尽きる生き物達だと思う。現実に直視せよ進路を見定めろ勉学に励め高望みをするな、教師や大人が声高に叫ぶのはそういう事で。


 彩子は達観しすぎている、と思う。それでも内気で純粋なこの転校生は、何かを巻き起こしてくれる気がすると思うのは、ひなたを買い被り過ぎか。


 それが実験室のサンプル達が相手だとしても。

 凉太のひなたへの熱のこもった視線を感じつつ、漏れた苦笑が誰に向けたモノだったのかは、彩子自身にも分からなかった。

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