23「国民国防委員会」
「やったか?」
爽はやっと声を上げた。
ひなたとともに、2階から吹き抜けになっている作業場を見下ろす形で、ブーストとファイアーウォールの操作を行っていただけに、疲労度が強い。さらにひなたの発火能力の弾道誘導も行っていた。今回は正確でなくても良かったから余裕がもて助かった。要は、ゆかりが接近する猶予さえ作ればよかったし、その余裕とともにゆかりが万全の一撃を決める事ができたのだ。
爽はひなたとともに降りて、ゆかりと合流する。ゆかりも全精神力を使い、半ば放心気味だった。ふらふらになりながら爽に手を振る。
「桑島、よくやった」
そう言いながらも、ひなたとゆかりへ少女の元へ行くように指示をする。完全勝利だったが、悠長にしている時間も無いのだ。自分の判断が甘い事を自覚している。だが、羽島は生きている。それは逆を返せば、まだ足元にリスクが残っていることにほかならないのだ。
ファイアーウォールはもう解除してある。爽自身は、羽島の元へ駆け寄る。脈拍、呼吸ともに確認。正常値に近い。ゆかりによる電圧接触から覚醒は当分遠いはずだ。それまでに、羽島を保護する。
(やはり、ここはあの人に頼るしか無いか)
と思った瞬間だった。
荒々しい排気音が響き――十数台のオートバイが一斉に、工場内に雪崩れ込んでくる。
爽は思わず、残っている力を振り絞って、ファイアーウォールを再展開する。これで多少の事からは彼女達から守れるはずだ。
そう思った矢先、バイクごと、ひなたへ向けてバイクが突っ込む。それをファイアーウォールが弾く。見た目には何もない場所からの反発なので重力操作のように思われるかもしれないが、人工的に力場を作り、物理的干渉に作用する。
もっとも耐性は弱いので、何枚にも重ねて張り出す必要があり、その分精神力を磨耗する。
と、オートバイの一台が爽に標的を絞る。さっきまで硬直していたひなたが、動いた。
「爽君!」
ゆかりも目を向けるが、力を使い果たした彼女ではどうにもならない。
爽のスマートフォンが、重力操作を検知する。オートバイが 爽自身にかけたファイアーウォールに接触する寸前、上へ回転して弾ける。慣性の法則をまるで無視して。
ひなたの重力操作である事はスマートフォンを見るまでもない。
「爽君を傷つけたら許さない!」
真っ直ぐな言葉が意志をこめる。それを爽は唖然として聞き、ゆかりは爽に向けてニヤニヤとした冷やかしの笑みを送り。
(今、そんな場合じゃないだろ!)
思考を切り替え――る?
爽は目を疑った。ひなたの能力でバイクが粉砕されたが炎上する事なく、ライダーとともに砂塵になる。その間も他のライダー達が騒音のように排気音を喚き散らす事は変わらない。
(量産型サンプル?)
だが検証している時間は無い。ひなたは今でこそ戦意を宿したが、この数を殲滅できるかどうかは分からないし、爽自身、余力が残っていない。戦場で守りながら戦うのは支援型にはリスクが高い事を思い知らされた。
(どうする? どうする?)
と、オートバイの一人が羽島の近くで静止する。黒のヘルメット、黒のライダースーツ、黒のオートバイ。全員の出で立ちがそれで、爽は妙な気色悪さを感じていた。
「我々は、国の現状に憂慮する国民国防委員会である。同志を引き取らせてもらう」
そう言うや否や、羽島の体を片手で拾い上げる。それも無造作に。その力の流れ、筋力の緊張は実験室の筋力局所強化体の技術に他ならない。
「素晴らしい。諸君らも同志として、この国を変える為にともに共闘しないか。敵は外夷に限らず。腐敗の政治と、腐乱の国民性にあり。選抜された高い理想をもつ者だけが、日出ずる国の使徒に相応しい」
爽は唖然とするしかない。国民国防委員会といえば暴力団まがいの軍国傾倒主義者達の政党名である。だが、明らかに実験室のテクノロジーを施されたサンプルだ、此処にいるライダー達は。
ここは情報を引き出しつつ、策を整えるか。工場内にオートバイが13台。うち1台はひなたが消滅させ12台。広い作業場だが、オートバイ集団が暴れまわるのは狭い。遠隔干渉で工場内の機器に接続するのが得策か。手を模したクレーン型マニピュレータが10台ある。これは活用できる。後はひなたの余力と――。
「あなた達に協力する訳ないでしょ! ばーか!!」
余力ゼロのゆかりだった。全て台無しである。
爽はため息をつきつつ、苦笑を隠さない。ひなたは拳を固めている。臆していない。
「爽君」
「うん?」
「爽君は私が守る。ゆかりちゃんも、羽島さんも、娘さんも。みんなみんな」
「それは一緒に守ろうと言って欲しいね、相棒」
ひなたは爽の顔を驚いたように見て――そして破顔し頷いた。満面の笑顔で。
「私もいるからね」
とゆかりは、パチンと雷光をその手に宿すが、心なしか弱い。
「桑島、お前は羽島の娘ちゃん担当だ。ひなた、全ブーストをひなたにかけるよ。覚悟はいい? ひなただけが頼りだ」
「うん、分かった」
と言った刹那だった。サイレンの音がなる。
警察のパトカーの音だった。
「已む得ない、撤収だ」
とライダーの一人が言った。排気音が耳をつんざく。一斉にバイク達が埃を巻き上げて退避する。
「羽島さんが!」
だが爽はひなたの肩を抑え、首を横に振った。深追いは意味が無い。そして余力も無い。
静寂、パトカーのサイレンの音も止まる。間をあけず、一人の男が駆けてきた。
「大丈夫ですか?」
背広の男が声をかける。
「は、はい」
とひなたが答えてくれたので、爽は言葉にしない。違和感があって。それは異和感とも言えて。
「僕は県警捜査一課の遠藤遼です。保育園児が誘拐されたという通報により捜査中だったのですが、まさか過激派政党・国民国防委員会が絡んでいるとはね」
「え?」
爽は顔を上げる。
「黒いライダースーツに黒ヘルメット、黒オートバイは国民国防委員会が好むスタイルなんだよ。あ、そうそう、これ食べる?」
と取り出したのは、棒付きキャンディーだった。ひなたは困惑して、爽を見る。とりあえず頷いて受け取ろうと――絶句する。
トムヤンクン味だって?
「意外に美味しいよ?」
とすでに舐めているゆかりが言った。金輪際、ゆかりの味覚は絶対に信じない。
「でしょ?」
と自身も舐めながらニコニコで遠藤は言う。そして、ひなたを覗きこむように囁く。
「無事でみんな何よりだったね。ちょっと事情徴収させてもらうけど、いいかな?」
にっこり笑んで。ひなたは不安そうに爽を見る。警察官相手だ、爽は頷くしか無い。立ち回る自身はある、それこそが爽の仕事だった。
だが、拭えない違和感。
情報集が足りなすぎる。推測は状況判断を見誤るが、直感は大事にしろとあの人は言う。その直感を信じるのであれば――国民国防委員会のライダー達は十三人いたが、まるで一人を相手にしているようだったのだ。