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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
24/68

21「エースピッチャー・羽島公平」


 羽島は幻覚を追いかけながら、鉄球を握る。

 鉄球は真っ白な野球ボールに幻視する。


 マウンドに立ち、速球を武器にバッター達を三振で抑え続けた。

 歓声と拍手がその度に湧き上がる。


 羽島はヒーローだった。


 甲子園、期待の星。プロになる事はもう約束されていたもので。

 自分の投げる球が勝利を決める。


 そう、それだけを信じて。


 チームに最大の貢献をしたエースピッチャーが投げる豪速球。高校球児としては目を見張る155キロをマークして。試合が終わった。


 喜びの声が上がる。

 熱狂が観客席を占め――て?


 妙に静まり返るベンチを、羽島は思い返していた。


 おめでとう。

 そう誰かが呟いた。


 お前一人で勝った甲子園。

 おめでとう。


 思考がぐらぐら揺れる。

 プロになって、成績を上げられなくなってきた。


 お前はお前しか信用しないんだな。監督の言葉は冷然としたもので。三振をとるも、点を取れないチームに苛立つ日々が続いた。


 そして敵チームの情報戦が始まる。羽島の癖、傾向を科学的に分析する。そして羽島が登板した時の連携の悪さを知る。


 結果、三振数も多いが、点を取られる事も多くなった。

 陥落は早い。


 どうして?

 オレハ、チームニトッテノ、ヒーローの、ハズダ────。


 結果が出せない、和を乱す選手は第一線では起用できない。そう監督は機械的に宣告した。二軍に落ち、彼は這い上がる為には速球に磨きをかねるしかない。だが高校球児のヒーローから五年、肉体は磨耗していた。


 肩が故障したのが半年前。


 アナウンサーの妻は、とうの昔に娘を連れて去った。いつから言葉を交わしていなかったのかも忘れた。勝てない投手はマウンドに上がる資格は無い。稼げない野球選手はプロから早々に決別すべきだ、と豪語していた羽島だから、将来設計を考えても不安になったに違いない。元より、熱烈な恋愛をしたわけでもない。羽島自身が、恋愛の意味すらよく分かってない。


 気付いたら女の子達は声援を送ってくれていた。だから相手には困らなかった。


 戯言が耳に残る。

 ――あなたを応援したいだけなの。


 誰だ、そんな事を言ったのは?


 ――体を壊してまでして欲しくない! あなたはあなた一人だけの体じゃないって分かって!


 なんて戯言だ。野球選手という生き物は勝つか負けるかで。生き残れない選手に価値などあろうはずかない。


 ――お父さんは私のヒーローなの。


 誰だ、こんな事を言ったのは?

 近くで蠢く生き物が、似たような単語を発するが、まったく関心がわかない。


「お父さん!」


 オトウサン、というイキモノとはなんだ? 認識できない。エラー。エラー。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。error。えらー。


 ――思考がぐるぐると回る。

 その思考を、熱が止める。


 熱風が頬を焼く。焔が弾丸となって、羽島の足元を肉迫する。敵の攻撃方位(ルート)を確認。撃退に向けて思考をシフトする。


 火弾が次から次へと雨のように注ぎ、羽島にも着弾、筋肉を焼くが筋力局所強化体である羽島には意味をなさない。


 否―― 能力最大上限稼働(オーバードライブ)により感覚神経すら焼き切れていた。痛覚は羽島にとっては意味を為さない。危険信号を感じる事なく、目的を遂行するのみで。


 目的?

 ナンダソレハ?


 障害トナル者ノ排除。

(了解だ。排除する)


 羽島は鉄球を握る。筋力が波打つのを感じる。火弾へ応酬するように、鉄球を放っていく。


「お父さん!!」


 何かが羽島を阻む。それを全力で振り払った。


 障害トナル者ハ排除セヨ。

(了解だ)


 鉄球を放つより多く、火の雨が降り注ぐ。羽島は気が付かなかった。彼をお父さんと呼ぶ存在が無傷である事も、羽島に肉迫するもう一人の存在にも。


 火弾が止まった。


 少女が羽島の目の前で、不敵に笑んだ。拳を握る、その手が青白く、光り輝く。オーバードライブしている羽島でも、少女が危険である事は察知できた。彼女の手に集中する電圧の意味も。


 声にならない声で羽島は咆哮を上げ、少女の存在を潰そうと行動を起こす。


 だが、少女――桑島ゆかりの意志は揺るがない。そして羽島の行動は遅すぎる。


 ゆかりは拳を固める。打撃の効果なんか最初から期待していない。接触さえすればいい。電流は水の流れにも等しい、と爽は言った。だからこそ、力で圧っする事には無駄が生じるから。

 接触(インパクト)は最小限に。その電圧をもって、心臓(エンジン)に最大負荷をかける。


 ひなたの発火能力(パイロキネシス)が時間を与えてくれた。


 爽の不可視防御壁が羽島の娘を守っている。

 もう遠慮する事は何も無い。


 ゆかりの拳が軽く、とんと羽島の胸を打つ。

 電撃を開放。出力最大。

 ブースト2乗、局所負荷に集中。


 ゆかりは拳まっすぐに突きつけて微動だにしない。イメージは流れるがままに。体の奥底の血流、それを押し出す心臓(エンジン)めがけて。ただそれだけをイメージして。


 羽島は苦悶し、筋肉を弛緩させる。それは声にならない絶叫になり――眩い光とともに、その体が弾けて。


「目を覚ませ、ダメオヤジ! あなたはそれでもあの子にとってのただ一人の親なんだから!」


 ゆかりは届けと願う。自分のように一時的でもいい。


  能力最大上限稼働(オーバードライブ)よ、止まれと願う。

 届け、届け。今だけでいいから。お願いだから。暴走よ、止まって。あの子の声とともに――届け!

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