17「私を導いて。私、勇気を出すから」
「爽君」
ぎゅっとひなたにしがみつかれて、我に返る。
「え?」
「代わるよ? 爽君がきつそう」
「大丈夫。ひなたには体力を温存してもらわないと――」
さらにぎゅっと、ひなたが爽を後ろから抱き締めた。
「え?」
爽は自転車のスピードを緩める。
「私は自分の能力が怖い。怖くて仕方なかった。それを誰かを助ける力にできるかも、って思えたのは爽君のおかげ。だから、私にもできる事をさせて」
「ひなた?」
「私は何も分かってない」
爽の制服を掴んで言う。その手に少し力がこめられた。
「誰かに向けて力を使うのはやっぱり怖い」
爽は自転車を止める。ひなたの言葉に耳を傾ける事に集中する。
「うん」
「でも、爽君があの人に体当たりを受けた時、頭が真っ白になった。もう少し間違ってたら、爽君を失うかもしれないって思うと、怖くて」
ひなたは爽の背中に頬を押し当てる。爽は自分の理性を抑えるのに必死になりながら、再度聞く事に集中する。無自覚すぎるのだ、ひなたは。
「うん」
「でもあの状態のまま、知らないふりはできない」
「ひなたならそう言うと思ったよ」
爽は小さく笑う。
「爽君」
「うん?」
「私を導いて。私、勇気を出すから」
「ひなた?」
「怖くても、誰かを傷つけても。例え、誰かを殺す事になっても爽君とゆかりちゃんの事は守る。そこは譲らない。絶対に譲らないから」
ぎゅっと、ひなたは爽の背中を掴む。爽の想像力が足りなかったというべきか。彼女は常に大きすぎる能力に翻弄されてきた。結局、安定したのも爽がブースターとブレーキで仲介している事を実感した今日の話なのだ。それまでのひなたは、能力に怯えてきた。今回の作戦ミスは、爽の分析ミス――敵ではなく、ひなたに対しての。ひなたが今まで抱えてきた、不安に対してのケアに着眼していなかった。
だから爽は、自転車から降りて、ひなたの顔を直視する、
「爽君?」
「ひなたはあの 廃材を救いたいと思った。そうだよね?」
「え、うん」
コクリとひなたは頷く。
「ひなたは保育園の子ども達や先生が怖い思いをしていたから、助けたいと思った。そうだよね?」
「う、うん」
「だったら1つは達成した訳じゃない? 今度は廃材とあの子を助けよう。ひなたは桑島を助ける事ができたんだ。あの親子も助けよう」
「うん!」
満面の笑顔で頷く。爽も笑顔で返した。
変なプライドは捨てろ。爽は言い聞かせる。そもそも爽が支援型である以上、ひなたやゆかりと、双肩を並べる事の方が無理なのだ。
爽の戦い方は、彼女たちと同列であってはならない。――のだが、やっぱり自転車二人乗りで女の子に漕いでもらうのは、誰もいなくても周囲を意識してしまう。
「イメージ」
ひなたは呟いた。
「え?」
「イメージでコンディションを整えるんだよね?」
保育園での爽のアドバイスをなぞるように呟く。違和感を感じた。否――ひなたの中の何かが変わったような感覚が爽に伝播する。
ペダルを漕ぐ。その瞬間、自転車は加速した。
「え? え? え?」
思わず爽はひなたにしがみつく。
風を切る。その表現でしか言い表せない。法定速度60キロで走る車を、自転車がいとも簡単に追い越していく。その加速があまりに急すぎて、爽の感覚がついていけない。
「ちょっと、ひなた?」
「えっと、爽君。もう少しスピード出すよ?」
「え?――って、オイ、ちょっと!」
「それっ!!!」
思わず、さらに強くひなたの腰にしがみつく。もうプライドも何も余裕が無い。
「あ、爽君。あんまり近いのはさすがに恥ずかしいんだけど?」
「む、無茶言うなぁぁ!」
絶叫しながらも、笑い出す爽がいて。なんて子だ、分析していないが、間違いなくこの加速は、筋力局所強化を下肢に施したのだ。無茶苦茶にも程がある。【限りなく水色に近い緋色】の底なしさに驚愕せざる得ない。実験室がデータを収集したら、兵器としても欲しい素材であるのは間違いない。その情報戦からもひなたを守りたい。それは偽らざる、爽の本心だった。
速度は自転車の規定外だが、運転そのものは安定している。
爽はスマートフォンに目を向ける。
廃材羽島の動きが止まった。自分たちとゆかりとの距離も近い。近すぎた。慌てて、通信を接続する。
「桑島、聞こえるか?!」
「はぁい。何?」
「そこで待機。あと少しで追いつける」
「……水原先輩無理しすぎじゃない? さすがに距離的に無理――」
「ひなた止まれ!」
爽の声は絶叫にも近い。ゆかりを追い越してから、ようやくブレーキをかけて、爽を放り投げての停車。ゆかりは、眼前の事態に唖然とするしか無い。爽は畑の中にしたたかに叩きつけられた。
「爽君、ゴメン、ゴメンなさい!」
慌てて、爽に駆け寄るひなたより、ゆかりの方が早かった。無意識に爽を抱き締める。
「二人とも無理しすぎ!」
呆れながら、軽い脳震盪をおこして悶える爽を心配しながら。
「爽君、ゴメン」
半泣きにも近いひなたを励ましつつ、ゆかりは小さく息を吐く。ひなたはゆかりにとってのライバルで、ココで罵倒してあげてもいいはずなのに、ゆかりにはその言葉が何故か出てこない。
10分間のイレギュラーな作戦休止の間も、事態は動いていた事をひなた達は知る由もなかった。