16「覚悟ある?」
ゆかりとの通信を切った後も、爽の心配は尽きない。さすがは実験室の戦闘特化型素材、ゆかりにも位置情報はマーカーしているのだが、自転車移動のスピードが早い。赤信号で自転車を止めた際にスマートフォンで追跡マーカーの位置情報を再度検索するが、廃材・羽島と距離を少しずつ縮めつつあった。問題は自分たちがどの段階で追いつけるか。場合によっては公共交通機関に乗り換えてもいい。スピード決戦のカーチェイスではなく、【彼】をどの状態で屈服させるか、そこにかかっている。だが然程の問題ではないと思っている。ただ爽の中で別の迷いがあった。
このまま実験室に関わることに、だ。
ひなたは【実験室】という組織について理解が無いに等しい。勿論、爽自身も全貌を把握している訳じゃない。ただ【あの人】を通しての予備知識があるだけだ。そして、あの人による『庇護』があるから干渉を受けなかったに過ぎない。遺伝子研究特化型サンプルでありながら――支援型という条件も監視を緩和されていた理由だと思うが――何より【あの人】の存在感と影響力に大きく助けられている事を実感する。 だからこそ――ひなたがどう選択するか、ではなく爽自身がどう選択するか。
失いたくないモノ、手放したくないモノ、後悔、現状認識、精査分析を繰り返そうと努力するが、現状の情報が少なすぎる。
『覚悟ある?』
あの人は悪戯めかした笑顔で囁くが、こういう時の目はいつも笑ってない。
――ある。爽はそう答える。
『爽君が彼女を探す事は、言ってみたら実験室に向けて存在を示す事と何ら変わらない。つまり、 ココにいると挙手するようなモノ。覚悟とはそういう事。重ねて聞くけど、その覚悟はあるの?』
無策では、無計画では、ただの感情では事態を打開できない。それだけ爽が求めた少女の存在は大きく、影響力は計り知れない。
『まぁ、爽君の決意は前から聞いていたし、今更ではあるんだけどね』
あの人はそう笑う。
『がんばれ、男の子』
あの人から剣呑な表情は消えて、そう笑う。
覚悟――。爽は反芻する。情報が足りない。できるなら実験室とは距離を置きたい。ひなたを普通の女の子として幸せにしてあげたい。それが押し付けのエゴであったとしても。