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限りなく水色に近い緋色【Revise Edition】  作者: 尾岡れき
第2章「使い捨てられる廃材たち」
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14「お節介でごめんなさい」


「目指すのはホール。他は無視」


 爽はきっぱり断言する。


「先輩、大丈夫なの?」


 と言うゆかりは、言葉とは裏腹にワクワクした感じを隠しはしない。当てが外れたら、しらみつぶしに全滅させる、ゆかりの表情はそう物語る。


「爽君が言うなら大丈夫」


 一方のひなたは、満面の笑顔で信頼を向ける。不思議、とひなたは思う。転校してから自分の環境がガラリと変わった。それは水原爽という男の子が、ひなたにに対してひた向きに関わってくれたからで。


 実験室で彼と関わりがあった――らしい。記憶は混濁している。あの時代がなかなか思い出せないでいる。


 でも、爽と一緒にいる時間はまだ短いが、嬉しい。そんな感情が湧き上がるのだ。


 爽がこのバケモノの力を守ってくれている。


 人を無差別に傷つける力ではなくて。

 人を等しく、守る事ができる力に。


 それを水原爽は実現してくれる気がして。

 だから――。


 爽を信頼して、駆ける。拳を握る。


「ブレーキを解除するぞ」


 爽は言う。


「ブースターはかけている。できれば【擬似重力操作】で、 廃材(スクラップ・チップス)だけをターゲットにしてくれ」


「了解」


 ひなたは、にこっと笑って敬礼してみせる。こんな状況下なのに、だ。やれる。きっとやれる。


「じゃんけんのぐー」


 爽が言葉を続けた。


「え?」


「イメージをして。じゃんけんのぐー」


「イメージ?」


「俺達サンプルは、結局の所、眠っている【力】をいかに使えるか。それにかかってくる。でも俺達機械じゃないから、その時のコンディションで【力】のパワーバランスが違う。だから、イメージが大事なんだ」


 駆けながら、爽はそう説明する。ひなたは爽の言葉を反復し、自分の中に落とす事に務めた。


「桑島」


 今度はゆかりに声をかける。


「ひなたの支援を頼む。今度は一点集中で。桑島は光をイメージして」


「光?」


「そう。光が1秒間の間に地球を7周半するのは、物理で習うでしょ? 音より光は早い。轟音のイメージを消して、光に焦点を当てて」


「分かった」


 素直にコクンと頷く。


「素直でよろしい」


 爽はニッと笑った。


「ひな先輩」


「うん?」


「これが片付いたら、パフェ食べに行こう。水原先輩のおごりで」


「それ意味わかんないし。なんで俺のおごり?」


「うん」


「なんでひなた、全肯定? 本当に意味不明だし――」


 爽のため息が妙に可笑しくて、ひなたは笑う。


 やれる、できる。

 その手を伸ばせる。だからひなたは、拳を固めて、そこに全神経を集中する事に務めた。


「突入、先手必勝!」


 爽が叫んだ。


 風。風のようで。

 時間が止まったようで。


 ホールには、保育園にいた全ての子ども達が集められていた。一人の子を抱き締め、血走った目の大人に、妙な違和感を感じて。


 その子は震えていた。

 違う、と言っている。


 こんなのは違う――。


 実験室に閉じ込められていた時を思い出す。


 父も母も、ひなたに会ってくれる時は、研究対象の評価の時で。成果が良ければ、父と母は優しく抱きしめてくれた。逆に、成果が得られない時は無言で去った。


 いっそ罵倒してくれたら良かったのに、と幼い時のひなたは思っていた。


 ――お前は役立たずだ。

 ――お前に価値は無い。


 ――お前は廃材だ。

 ――お前は必要ない。


 ――お前はサンプルで、人生なんて言葉は産まれた時しかない。

 ――お前はバケモノだ。


 ――お前は、お前は、お前は、お前は、――ひな、ひな、ひな――。


「ひなたっ!!!!!!!」


 爽が目一杯の声で叫んだ。自分の中の仄暗い感情と、爽の自分の名を呼ぶ声が入り混じった。


 もう、怖くない。


『ひなたがバケモノなら、俺もバケモノだよ』


 そう言い切った爽だから。爽が託してくれたイメージだけに集中する。

 拳を固めて。


 ぐー、で。


 息を吸い込む。お腹のソコから、声を爆発させるように。声にイメージを点火させて。


「じゃ……じゃんけん、の!」


 大きな力が渦巻く。それが、声を発した途端さらに巨大化する。


 感じる。


 爽のブースターだ。ひなたに力をくれるのだ。だから、安心してイメージを深める事ができた。行ける。だから素直にイメージを爆発させる。


「じゃんけんの、ぐー!!!!!!!!!」


 拳を前に突き出す。

 無音だが、何かが動くようなそんなザワザワした感覚。そして、それは確かに動いたのだ。


 刹那――大きな力が、男を強く弾き飛ばす。

 ステージに叩きつけられる形で、男は宙を舞った。


「な?」


 したたかに体を打ち、一瞬の呼吸困難。そこを間髪入れず、ゆかりが雷撃を放つ。一点集中、子ども達への被害も最小限。だが爽はさらにブレーキと、ファイアーウォールを張り、二次被害に備えた。


「なんだ、お前らは!?」


 月並みのセリフ、混乱し焦燥の表情。絶対的優位から転落した廃材の末路。


 ひなたはただ彼を見据える。その目に恐怖は無い。ただ真っ直ぐに、彼が失ったものについて考える。爽の事前情報を加味しても、力で子どもを取り戻そうという考えは、間違っている。


 ひなたには夫婦の事はよく分からない。未だ、男女間の感情も、同学年との友情も経験した事がないひなただ。爽に対しても、ゆかりに対しても、初めての感情が溢れすぎて、自分が冷静でないと感じる。


 でも、だから――だから、なのだ。


 力を抑えられない自分が言うのはおかしいと思う。間違っていると思う。それでも、それでも、それでもなのだ。力で――無理矢理に――奪ってしまう事は間違っている。


 離婚は夫婦の問題だが、それで何でも干渉できる訳じゃない。子どもにも選択する権利はある。自分は何も選択できなかった。ただ父と母の研究方針に従うだけだたったから。


 でもそれは違う、間違っている。今はそう自分の想いを少しだけ言える気がして。


「通りすがりの高校生です。お節介でごめんなさい。でも、これだけは言わせてください。エゴじゃその子はあなたを愛せない。力は何もかもを奪っていくだけ。奪うだけの力じゃ、何も産まない。あなたは、その子のお父さんなんでしょ? それ以外の何が必要なんですか? これは愛情じゃない。恐怖しかないのに気付いてますか?」


 ひなたは、一気に言葉を吐く。爽が目を丸くしているのが分かる。実験室に関わるという事は、強欲の引き換えに大切な何かを生贄にすると言う事。そして彼は確かにそれを選んでしまったのだ。


 だから、強欲なその目が狂気を孕むのもまた自然で。


 男はウェストポーチから球状の物体を取り出す。それは鉄球だった。それを無造作に、ひなたに向けて投げた。


「筋力局所強化体!? ひなた避けろ!」


 爽が叫ぶ。筋力局所強化は廃材によく見られる技術だ。筋力の一部を強化、靭やかに、鋭利にする事で、運動能力を爆発的に向上させる。


 例えばプロの野球選手は、120キロに及ぶ投球スピードはざらである。それがさらに加速したら。それが野球ボールではなく、鉄球であったら? これほどのテロは無い。だが現実は――過剰筋肉疲労と熱暴走によるオーバードライブで、実用化に程遠い――とあの人は言う。


 そして、この男のデータを収集した段階で、それは予想がついていた。誤算だったのは、ひなたの一撃は生体停止には遠く及ばない、手加減……があった事だ。


 現役野球選手―― 羽島公平(ハジマコウヘイ)


 現在、J軍二軍落ち。引退も間近とスポーツ紙が報道する情報も同時に収集した。彼は夢を守りたかったのか。でも、ひなたの言う通り、その夢の守り方は間違っている。


 現実を直視し、不可視物理防御壁・ファイアーウォールの展開を考えるが、あまりにも時間が無さすぎる。支援型が戦闘特化型と渡り合うには、時間と綿密な計画立案が必須なのだ。そして爽は、ゆかりと、保育園児、保育士に保険をかけた。物理的干渉からの不可視防御壁300枚。短い時間ではこれが限界だった。


 と、ひなたが手を伸ばしていた。


「イメージはパー。じゃんけんのパー。大丈夫、爽君が私を守ってくれる」


 片手は爽と触媒のネックレスに触れて。爽はそれで理解した。爽がぐっと拳を固める。今日は過剰に働いてるぞ? ひなたにデート権利ぐらい請求してもいいはずだ。そうでないと、報われない! そう自分を叱咤しながら、ゆかりのブーストを維持したまま、さらにひなたにもブーストを加重する。


 触媒と合わせて、4倍ブーストで。


「パー。イメージはパー。じゃんけんのパー」


 ひなたが掌底を前に突き出す。それはとてもゆっくりでスローモーションのように爽には見えた。


「じゃんけんの、パー!」


 力が動く。爽のスマートフォンが擬似重力発生を捉えた。それはひなたを守る盾の波形のように、横に縦に磁場周波を鳴動させていた。


 ころん。鉄球が落ちた。今まで沈黙していた子ども達が歓声を上げた。きっと廃材・羽島は、この能力で子どもたちを、保育士を威圧していたのは想像に難くない。


 そこをさらに圧縮した雷撃で、ゆかりが心臓めがけて放り投げる。


「あ――が――あ――」


 苦悶の声。ひなたと違い、ゆかりは容赦が無いが、これが正しい。


「お父さん!」


 女の子が叫んだ。彼の娘だろうか。実験室はどれだけの業を作れば満足できる? 苦いものを口の中に感じながらも、爽はひなたに次に行動を指示しようとする。


 擬似重力操作で、彼を拘束するのだ。オーバードライブする前に。

 と、ペンダントでコンタクトをとろろうとした刹那だった。


 


 


 


 



 きぃぃぃぃぃぃぃぃん。











 不快な音をひなたも爽もゆかりも聞く。


   廃材(スクラップ・チップス)能力者(サンプル)にしか聞こえない、高周波による干渉信号。特に不安定なスクラップ・チップスに多用する研究者が多い――とこれまた、あの人の話だが。


 オーバードライブで我を失う直前に「目的」を脳に与える事により、オーバードライブをした後も、その目的を達成しようとする習性行動に着眼、あえてオーバードライブを手段として活用する研究者もいる、という話だが――もし、そうなら危険だ。


 実験室は、廃材・羽島をオーバードライブさせようとしているのだ。


(ひなた!)


 ペンダントを媒介に呼びかけるが、それより廃材・羽島の行動が早かった。爽に目掛けて疾駆、タックルをし、爽を吹き飛ばす。


 そして娘の手を強引に取り、そのまま割れた窓から外に飛び出した。


(マズイ)


 意識が混濁しそうだ。かろうじて落とさなかったスマートフォンで廃材・羽島の座標を、爽独自の監視システムでマーカーする。


「爽君!」


 ひなたが爽に駆け寄る。


「大丈夫、追って!」


 でもひなたは動けない。ゆかりは爽の意志を理解し、彼を追う。ひなたの純粋さ、不器用さがアダになった形ではあるが――それをひなたのせいにするのは違う。


 ひなたは悪くない。爽の作戦の詰めが甘かった。それに尽きるのだ。


 時計を見る。

 目標の5分まで、あと1分。奴らの監視システム復旧まで間近かもしれない。こうしてはいられないのだ。


「ひなた、力を貸して」


 ひなたの手と爽の手が握られて――その目が諦めていない事をお互いに知る。


「爽君、力を貸して」


 二人がぐっとその手を握りしめて。爽は――立ち上がった。

 爽は冷静に現状分析に務める。その中でふと思った。


(桑島に干渉信号の影響がなかったのはどうしてだ?)


 だが不要な分析は今は排除して、爽は廃材・羽島の追跡に全集中力を注ぐことに思考を切り替えた。


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