第97話 ウィーン 万博でわずかに交差する縁
遅くなり申し訳ございません。おそらく来週まで投稿時間は安定しない予定です。
オーストリア ウィーン
アメリカの貨幣法改正が施行され、銀貨の廃止という話が舞い込んできた。銀貨の廃止なんて知らなかったが、段階的に金貨のみが国際決済に使われるようになっていたのは知っている。この時代は色々なことが変化する過渡期なのだということを改めて感じる。
ハレ大学の視察ではマッケンゼンに会うのは無理だった。まぁ学生も多いし、学年までは知らないから仕方ない。そこまで詳細を覚えていることはほぼないから、あくまで会えたらいいな程度だった。ここは良しとしよう。
そのまま4月末にウィーンに到着した。準備に関しては手伝うことがなかったので、当日の通訳だけが仕事だ。せっかくなので数人の音楽家にアポをとり、そのうち会えることになった人と少し話をすることになった。
最初に会えたのはアントン・ブルックナーだった。調べてもらったところウィーン国立音楽院の教授をしており、作曲活動をしているのは公になっていないようだが、著名な音楽家と定期的に作品について話をしているそうだ。同じくドイツ語通訳の仕事が必要ない桂太郎とともに、楽曲について交渉をしていた。
『楽曲使用についての契約、ですか』
『日本国内のみですが』
『申し訳ないが、現金で今払われないなら信用できませんな』
理由を聞いたら、これまでにもロンドンで詐欺にあったことがあるそうだ。日本人だからとかではなく、誰であろうと金銭が関わる交渉は前金以外信じないということらしい。目の前に用意したフラン金貨を見せて、ようやく交渉という形になった。
『日本で上演したい、と』
『ええ。音楽の都ウィーンで音楽を教える教授の曲ならば、日本に欧米の音楽を伝えるに最適かと』
『しかし、楽譜だけでどうにかできるのか?』
『妻や留学生が今ピアノや各種楽器をアメリカ留学中に学んでおりまして』
麻子様はピアノを音楽の家庭教師から習っている。水木も一緒の時間にフルートを学んでいる。山川捨松や津田梅も楽器を習い、最初に日本に帰る麻子様と水木の帰国前に全員で演奏したいという話をしているそうだ。
『ホルンは誰か学んでいるか?』
『確か1人いましたね』
西郷頼母の娘が担当しているとか麻子様が言っていた気がする。話を聞く限り、ホルンは構造がここ数十年で劇的に変化しているようだ。音楽的素養はほぼ持ち合わせていないので、とりあえず紹介された楽器を買って麻子様の滞在しているフォスター邸に送っておいた。
『もし可能なら誰か音楽の指導をしてくれる人を紹介していただけると』
『日本に行く者ですか?いるかわかりませんがね』
相手からすれば日本のプロ棋士に『将棋の普及のためにコンゴに行く気はありませんか?』って聞くようなものか。難しいかも。
『一応探しておきましょう』
『ありがとうございます。よろしくお願いいたします』
現金の手持ちがなかったら商談にすらならなかっただろう。まぁこういう人もいると思えば。
♢
5月1日。ウィーン万博が始まった。日本は独自のパビリオンを展開し、日本文化を全力でアピールしている。アントン・ブルックナーも教え子を連れて訪問してくれた。
『日本の楽器もなかなか興味深い』
彼は日本から持ちこまれた琴や太鼓、琵琶を興味深そうに見て、演奏を聞いていた。後日連絡があり、日本の楽器に興味を持った生徒1人と、このままだと就職できなさそうな生徒3人が日本に来てもいいと言ってくれているとのことだった。
『他にも楽器はあるのですか?』
生徒の中で日本の楽器に興味を持ったという青年・ジギスムントは色々と聞いてきた。岩倉卿や木戸孝允様が先日公布された学制のためにもぜひということで前金を渡して渡航費を用意した。使節団と日本に一緒に向かう形になる予定だ。
『三味線とか、尺八とかですかね』
『ほうほう。笛の一種ですか。こちらはギターに近いですが』
胡弓は和楽器なのだろうか。そこまで詳しくない。絵を描きながら説明したが、細かいところまで見たことがないのでふわっとした説明になってしまった。
山口尚芳殿にはいい人材を得られそうだと褒められた。ウィーン国立音楽院で勉強したといえば音楽業界ではエリートだ。需要と供給がかみ合っていないためにパトロンがいない人材はどうしても出てくるわけだが、そうした人材を確保できたのは大きい。
『日本の楽器が楽しみですね!』
優秀な人だろうに、いつの時代もチャレンジャーはいるということだろう。
♢
翌日。使節団がオーストリア皇帝に謁見するとの話だったが、自分は通訳の仕事で日本のパビリオンにいた。初日ほどの人は来なかったが、それなりに裕福な層が訪問していた。身なりのいい家族や他国の外交官らしき人物、商談を求める商人らがよく中にやってきて、受付で通訳が呼ばれ案内に向かっていく。イギリス人やアメリカ人はそこまで来ないからか、この日はほぼ仕事がない。
ドイツ人やフランス人が多く出入りしていく中、ごく少数のイギリス人に内部を紹介してお見送りする。
休憩をもらって縦長のパビリオンを出て外に行く。少し出歩いてみるとカタログにあったレストランのあるゾーンにたどり着いた。カタログに記載されている通りの場所だったので行ってみると、使節団の1人である新島襄殿がサンドイッチを食べていた。
「おお、敬殿か」
「新島様、木戸様はどちらに?」
「木戸様は今オーストリア皇帝陛下と食事会だ。木戸様付の私は全体通詞がいるので不要でな」
「そうでしたか。ご一緒しても?」
「あぁ、ここ以外で食べるのはオススメしないよ。どうしたって日本人は目立つ」
サンドイッチを手に入れた後、そのまま同じテーブルで食べていると、学生の集団らしき4人ほどのグループが近くを通りがかり、そのまま近くの席に座った。言葉がわからないのでドイツ語だろう。こちらを見ながら何か話していた。様子を見れば、少しこちらを茶かしているのはわかる。
「ま、こういうことだ。欧米諸国との条約が今のままである限り、平民はこんなものさ」
「何を言っているかはわからずとも、何を考えているかはわかるものです」
「まずは教育だ。福澤先生と仲のいい敬殿ならわかるだろうが、まずは欧米と対抗できる君のような人材を多数揃えねばならない」
その考えに至っている時点で、この人も偉人なのだけれど。
「だが、こういう場で差別的なことを言わない人間は、将来大物になれる。あの4人の中で一番近くにいる男のように、な」
「一番近く、ですか」
「あぁ、彼だけは我々を人間として見ている」
ちらりと彼らのほうを見ると、新島殿が口にした人物を他の3人が呆れた表情で見ていた。彼らから聞こえるのは『ジギスムント』という名前だ。先ほどの学生と同じ名前だ。
「ウィーン大学がどうこうと言っている。エリートだね。エリートでも若いうちはこんなものか」
「彼らが出世して、将来私たちと話し合う相手にならないことを願うばかりですね」
「どうやらジギスムント君はユダヤ人のようだ。差別されている人間は差別を許さないのかね」
「我らは寛容でありたいですね。今差別されている者として、未来の差別に対しては」
こちらが食事を終えるまで待ってくれた新島殿に感謝の言葉を伝えると、「休憩の暇つぶしだと思ってくれ」と言われた。そのまま席を立つと、あちらの席でも食事が終わったらしい。彼らは軽食だったようだ。
パビリオンへ向けて歩き出すと、彼らは別の学生の集団と出会ったらしく、会話の音が少しだけ聞こえた。言葉はわからずとも、彼らが楽しそうな様子なのはわかる。
「ーーーーーー、フロイト!」
後で思いだす限り、別の集団は確かにそう叫んでいた。そのまま場を離れたので、振り返ったり様子を見たりはしなかった。いたのだろうか、あの4人の中に。それとも、あのフロイトではない別のフロイトだろうか。
作品を創るために調べ始めてからフロイトが改名したことがあるのを知ったので、今作の原敬も「ジギスムントがフロイト」であることは気づきません。
アントン・ブルックナーはこの時代作曲家としてはあまり知名度が高くありませんので、単純にウィーンの音楽に関する著名な教授として会談しています。肩書部分だけなら外交官としてアポがとりやすい感じです。
この世界では欧州音楽界より先に日本でブルックナーは有名になることでしょう。彼の教え子は完全にオリジナルですので、教師として名前が出ることはありますがそれ以上の活躍予定はありません。ただ、和楽器に対しても一定のリスペクトをもってくれるので、日本の音楽教育において和楽器が排除されるような方向にいくことはないでしょう。




