第85話 ワシントン② より良い日本式教育を求めて
投稿が遅れて申し訳ございません。
アメリカ ワシントン
内務大臣のコンバス・デラノ氏が森有礼殿に紹介してくれた人物と会うことになった。地質学者のクラレンス・キングとフェルディナンド・ヴァンデヴィア・ヘイデンの2人だ。
『確かに地震は揺れるから強い建物が望ましい。ニューマドリッドの地震も建物が多く倒壊した。しかし滅多に起こるものではないだろう?』
ニューマドリッド一帯のようにアメリカにも一部地震の発生地域はあるが、日本のような頻発する地域はほぼない。しかし、日本は地震の頻発地域なのだ。
『日本は地震が非常に多く発生します。日本中どこでもです。なので、地震に耐えられる建物が必要です』
『なんと。日本は地震が多い国なのか』
『はい。とても多いです』
クラレンス・キングは少し悩ましそうに腕を組んでいる。
『残念だが、我々も地震に耐えられる建造物の造り方は知らない。それと、地震についてならマレット氏の方が詳しいだろう』
『マレット氏?』
『ナポリで15年前に起きた大地震の調査を担当した、アイルランドの学者だ。彼は地震波の測定などもしている。建造物の強さにも詳しいのではないかな』
地震研究の第一人者がいるならぜひ会いたいところだ。
『ロンドンの王立協会にも所属しているから、ロンドンに行った際に会えるよう内務大臣に仲介を頼んでおこう』
『ありがとうございます』
『面白い発想が聞けたし、我々は実に有意義な時間になったよ。少し調査がしたくなった』
面白い発想というのは、大陸移動説の話だ。この時代にその発想が全くないわけではないそうだが、どちらかというと地球が一時的に収縮したはずとかそういう理論のないものが多かったらしい。俺が話したのは中央構造線とフォッサマグナの存在、そして世界地図を元にした大陸移動説だ。フェルディナンド・ヴァンデヴィア・ヘイデンが特にフォッサマグナに興味を示す。
『本当に地層が表出しているのなら、我々の研究にも役立つ。今度調査隊を率いて日本に行きたいところだね』
『今、日本は大学を創立しているところです。日本で学生を教えながらなら、国内の移動も自由にできるかと』
『ふむ。一考に値するな。あるいは、私の弟子を数名派遣してもいい。今は政府との契約があるからね』
本来の歴史より優秀な外国人教師が増えるのはありがたい。東京大学の教授陣だけでなく、京都大学の人材くらいまで最初期に揃えられると東西の最高学府ってかんじでいい具合になりそうな気がする。
『まずはロンドンで君の望むものが手に入ることを願おう。良い旅と良い出会いを』
『ありがとうございます』
学界にも日本に行きたい人が増えれば御の字だ。特にこうした分野の学問はどれだけ進んでも兵器産業には結びつかない。日本に興味を持たせるためにも、色々な日本の地層的な特色をどんどん明かしていってもいいかもしれない。
♢
12月20日。年末も近づいたその日、日本から電報が入った。長崎からアメリカが電信で結ばれた祝いの連絡はあったものの、その後は留守政府から連絡は入っていなかった。陸軍省と海軍省が完成したというものだった。これで、日本国は書類による戸籍管理を行える状況になった。俺はこの知らせをワシントン・オリンピックスの球団練習場訪問後に知った。アメリカ初のプロ野球リーグを見学し、選手のサイン入りバットをもらいつつ公式球の入手先を聞いたところだった。ちなみに公式球は解析用もかねて50球ほど購入してウイリアムに日本へ送ってもらうつもりだ。
電報の内容を教えてくれた森殿もこのチームのことは知っていた。お土産に渡したミニチュアバットが好評だった関係で何度か試合観戦に連れてきてもらったらしい。
「陸軍省は車椅子になりますが大村益次郎殿がまとめています。その分、欧米を視察したことのない山田殿が今使節団に来ているわけですな。一足先に欧州から戻った山県は、大村殿と徴兵制について談義しているとか」
「海軍はイギリスから海軍の教育団を招いてイギリス式の海軍を整備すると決まりましたね」
イギリス公使パークスの斡旋もあり、来年6月にはイギリス海軍から軍人が複数人派遣されることが決まった。その頃には平野殿が函館ドックで蒸気船を完成させる予定なので、明治新政府は早速これを買い上げる予定だそうだ。
「あと、ホイットニー氏とも会えました」
森殿は教育についてアメリカでかなり調べている。その一環で、言語学者のホイットニー氏と会ったようだ。
「何か言ってましたか?」
「敬殿の辞書は素晴らしいと褒めておられましたよ。これだけ英語を自国の言葉にできているなら、日本語による高等教育も可能だろうと」
「それは何よりです」
「私は半信半疑でしたが、敬殿や開成所の皆様が作りあげたこの辞書が、日本を強い国にできると、ホイットニー教授が」
「そうなるかは、今後の我々次第ですけれどね」
戦後の日本が何故技術大国になれたか。それは自国の言葉だけで高等教育が受けられたからだ。東南アジア諸国などが技術立国になれないのは、母国語だけで大学まで学べる機会が少ないためだ。英語を母国語レベルまで学ばないと大学教育を受けられない場合、まず英語という大きなハードルが生まれてしまう。英語を学べる環境がない人間が学問研究や技術開発の世界に加われない場合、学問の裾野が広がらずに人材が限定されてしまうのだ。
「まぁ、敬殿が日本語教育を充実すべしと新聞で書いていた理由がアメリカの言語学者も同意見ならばその形が最良でしょう。あとは女子教育の充実も必須です」
「あまり手を広げすぎないようにだけ気をつけてくださいね」
正直、森殿の教育に対する最近の情熱は異常だ。日本の発展速度から見れば急進的とすら言える。彼が合言葉に『第二の原敬を育てる』と言っているのが一番勘弁してほしい。
「無論、今は外交官として為すべきことを為す。それが肝要。日本で特許制度の運用が始まったことなど、アメリカの外交官には喜ばれましたからね」
「まぁ、彼らはまだ自分たちの技術を『守らせる』ための仕組みと思っているでしょうが」
兄がいるのだから欧米だけに利益のある状況なんてつくらせる気は全くない。現にトーマス転炉の開発とケミカルパルプ、ディーコン法はもうアメリカ・イギリスで特許申請に順次進んでいる。今回の訪問でも、既に兄からはいいアドバイスをいくつかもらっている。
「直記殿の知を知ったら、英国が腰を抜かすでしょうな」
「まぁ、あまり警戒されても困るのですがね」
あくまで英米人と共同特許にすることで彼らにも手が出せないようにしている。普通の英米人がこの特許を無視できなければ問題ない。俺は詳しくないが、絶対に押さえないといけない技術は時期を見てうまくキープしていくことにしよう。
次の話から1872年に入ります。
どうでもいい話なのですが、アメリカの偉人はファミリーデータがかなり公開されているので、日本より親族関係が調べれば明確にわかりやすい状況です。
地震学者ロバート・マレットはこの時代数少ない地震学者です。地質学者が日本に多く来ると地学分野の日本での発展が加速します。




