第46話 北越赦免嘆願
最近投稿遅れ気味で申し訳ありません。
兄視点から始まります。
陸奥国 盛岡
春前から鉄砲方の動きが激しくなった。自分は結局鉄砲作りとその補佐、補給面を準備するのが仕事とはいえ、これだけ活発になると邪推したくもなる。
東中務様が直々に大島高任様に命じたらしい。他にも、日新館の雷管作りで藩の買い取り価格が倍になっているのも怪しさ満点だ。
「大島様、この動きは何でしょうか?」
「北越諸藩でしょうね。会津藩への処罰は比較的軽くすんでいますので」
仙台藩・会津藩はそれぞれ20万石・15万石の没収となった。しかし、そもそも『いわてっこ』の力で仙台藩の表高は62万石から100万石になっていた。これが80万石に減っても実高も考えればほぼ痛くないわけだ。会津藩も表高を32万石から50万石に変更したのが減っただけで、長い目で見れば以前より増えた状況は変わっていない。問題は北越諸藩だった。
北越諸藩は国替えを命じられた。つまり『いわてっこ』の恩恵がなくなるのだ。これに村上・長岡などの藩が猛反発したそうだ。表高をそこまで増やさず実高だけ増やした藩もあり、国替えは収入の半減以上の意味をもっていたわけだ。薩摩藩や福岡藩などの西日本諸藩は実際の『いわてっこ』の効果を目にしたわけではなく、唯一その恩恵を受けた長州藩は長州征討で北越諸藩にかなり攻めこまれた恨みもあった。このあたりは健次郎の推測も混じるが、長州藩はわざとこの転封に意見を出さなかった可能性があるとのことだ。
「北越の藩は官軍に相当恨まれていますからね。それこそ会津と同じくらい」
「会津はこたびの戦で結構な兵器を失っております」
「そう。京の楢山様から文が届きましたが、一部の大砲も帰国に際して大坂に置いて逃げたそうですから」
「となると、会津はひとまず何とかなる、と?」
「でしょうね。直記殿は未だ知らされていないと思いますが、近々秋田藩支援に兵を出すことになるでしょう」
「北越攻め、ですか」
「恐らく。そして、北越に同情する藩は確実にいる」
「弘前ですか」
「弘前は理由をつけて我らに恨みをぶつけたいだけです。謂れのない恨みを、ね」
旧幕府軍の箱館脱出が相次いでいる。その支援を明確にしているのが弘前藩だ。幕府海軍関係者や元幕臣の一部、そして大坂から脱出した新選組などが弘前藩領と箱館に集まっているらしい。他にも尾張藩の強硬派などもこれに同行しているようだ。桑名藩主・松平定敬も飛び地の越後・柏崎に向かったそうだ。官軍は大坂を確保し江戸に向かっているが、江戸の治安を担っている彰義隊は健次郎曰く今後問題を起こす部隊だそうだ。徹底抗戦派の幕臣もかなり参加しているそうで、江戸にいる弘前藩士が支援しているとか。
「まぁ、薩摩も長州も身動き取れないため、江戸入りは秋田・盛岡・宇和島・土佐の四藩が主力となって進めるそうなので、尊皇第一の我らとしては名誉なことですね」
春になった時が怖い、とは健次郎の言葉だ。春までは大きな動きがないからそれまでは極力気を張りすぎず、春になったら全方位に警戒を続ける。もうすぐ北越と東北に春がくる。
♢♢♢
陸奥国 会津若松
春の雪解けが訪れ官軍による赤報隊の処罰が終わった頃、会津藩主・松平容保と桑名藩主(桑名周辺5万石没収済み)・松平定敬、そして仙台藩主・伊達慶邦が一堂に会していた。
「彰義隊は?」
「無理に戦わず、柏崎にと弘前藩から伝えてある。公方様(徳川慶喜)は江戸の慰撫はひとまず御自身で行うと」
「では、何とか北越で戦えると見せられる状況か」
「とは言え、一部しかそこまでの気概がないと見ていい。江戸に執着のある者が大半だ」
松平容保自身は徳川慶喜が降伏したならこれ以上戦う必要はないと考えていた。しかし一方で、桑名藩が実質桑名周辺をほぼ失って北越の藩領以外が残っていないことや、北越諸藩への転封命令は理不尽と捉えていた。一方、被害も少なく余力を残して官軍との戦争を終えた仙台藩には不満をもつ人間が多かった。佐幕派が藩内に多いこともあり、徳川一門である徳川定敬や松平一門への処罰が重くなることに反発していた。
「庄内藩も協力してくれる見込みでございます。輪王寺宮様も寛恕願いに賛同下さるとのこと」
「では輪王寺宮様を筆頭に、庄内藩と米沢藩に北越諸藩と桑名藩の寛恕願いを出して頂き、我らもこれに賛同するということで」
「官軍の狙いは明確に越後の土地。今や一国で二百万石を超える大国となった越後を新しい政府の領国とすることだろう」
100万石を超えた越後は『いわてっこ』の力で250万石の土地となった。だからこそ、この土地を手に入れるのは新政府の財政を考えた薩摩藩含む諸藩の一策だった。それは誰の目にも明らかだが、だからこそ彼らとしては譲歩には代案の必要な条件だった。実際、薩摩藩はこの代替案としていくつかのプランを事前に考えていた。
「恐らく譲歩を求めるこの願いに我らが参加することで我らに追加の何かがあるだろうが、極端な内容ならばまだ戦えるぞと見せるための支度は欠かさぬようせねばな」
「あと、公方様に迷惑をかけぬように。慎重に事を進めねばな」
「弘前が支援してくれている故、弘前には江戸での動きを任せねばならぬが」
「弘前は官軍に何一つ抵抗したり戦ったりはしておらぬ。薩摩も無下にはせぬだろう」
♢
陸奥国 盛岡
「は?」
「弘前藩の江戸にいる藩士が、北越諸藩の寛恕を願って暴れているそうだ」
「いや、意味がわかりませんよ兄上」
「安心しろ。誰もわからん」
北越諸藩の寛恕願い。これはわかる。だが、それで江戸を荒らす理由が不明だ。
「正確には彰義隊が暴れているらしい。で、それを支援しているのが弘前藩と」
「江戸の治安維持は幕臣の一部が行っていると聞きましたが」
「一応彰義隊から引き継いでいるはずらしいが、彰義隊が新政府軍との交渉を兼ねて寛永寺を拠点に江戸城北の門などの一帯から退いていないとか」
「えええ……」
彰義隊自体が俺の知る史実でも統率がとれた集団ではなかったのは知っていた。しかし、史実と違って江戸へ向かう新政府軍が中途半端で少ないために、少し侮られているのだろうか。幕臣もあまり仲間である彼らをどうこうしたくないようだ。徳川慶喜自身は江戸城明渡しの準備で手一杯らしい。本人が駿府に行く準備も同時並行で進めているとか。幕府の保有していたお金も新政府に渡すらしいので、色々と準備に追われているのだろう。
「しかし、上野戦争再来となると、その後も同じ流れになりそうで怖いですね」
「怖いのは東西の経済格差と、その割にインフラは西日本の方が整っていることですね」
「仮に奥羽越列藩同盟が結成されるとどうなる?」
「庄内藩含め、日本海側の軍艦は北越諸藩に集まっています。太平洋側はうちと仙台藩ですが、幕府海軍が仙台に合流するでしょうね」
「海が困るか。とすると食料はまだしも、大槌と盛岡の連絡に困りそうだな」
「大槌も湾内は砲台が設置してあるとはいえ、鉄を運べないと新しい鉄砲は造れませんしね」
「仙台藩がうちと戦おうとするのか、家老の皆様が秋田藩と話し合いを重ねていますので、大丈夫とは思いますが」
「お前にも城内警護の命が来たんだったな」
「日新館生徒は雷管作りの命が届いたのですが、何故か俺だけ城内警備です」
「まぁ、健のそばにいてくれればこちらとしても都合がいいしな」
「それもあるでしょうね。兄上は鉄砲方で各戦線への鉄砲・大砲・弾薬の供給管理で恐らく盛岡にいませんし」
兄は前線には向かわないが、必要に応じて各地の後方陣地を回る仕事だ。これまでに用意した村田銃もどきは京に派遣された部隊にはあまり行き届いていないが、盛岡防衛の部隊は訓練含め配備が進みつつある。
「どういう流れになるか、明日以降はあまり会えませんからね」
「ひとまずは秋田藩とともに派遣される部隊のために私は少しの間西に行くからな。次にいつ会えるかは他の藩次第だ」
「可能な限り連絡はとりたいですが、とにかく無理はしないで。危なくなったら逃げてもいいですからね」
「さすがに1人で逃げるのはリスクもありそうだが、まぁ『いのちだいじに』でいくさ」
噂によると庄内藩などが北越諸藩の寛恕願いを主導しているらしい。庄内藩はこの事態をどう思っているのだろうか。




