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平民宰相の世界大戦 ~原敬兄弟転生~  作者: 巽未頼
文久元(1861)年
3/109

第3話 大攘夷論

視点変更については♢の数で決まっております。最初は兄視点で始まります。

 陸奥国 盛岡


 平太郎と呼ばれて、違和感を感じながらもおくびにも出さずに答える。北上川沿いにある私塾に向かう途中、私と同じく寺田直助先生の私塾に向かう同窓の子だ。名は藤村荘次郎。1つ年上だが、それ以上に知恵の回り方が尋常ではない男だ。


「聞いたぞ、屋敷の桜。まるで高知たかち衆に任ぜられた先代様(祖父)を惜しまれた様だ、と」

「あぁ、そうだな」


 あの桜が咲いた瞬間、弟と私の前世の記憶がよみがえった。何か関係があるのかもしれない。


「しかし、最近はきな臭い話が増えたな。北の魯斯ロシアが、対馬に攻め込んだとか」

「え?ロシアが?」


 もう歴史が変わっているのか。健次郎に確認しないとわからん。


「魯斯の要求までは父上も教えてはくれなかったが、我等南部家は蝦夷えぞの務めで魯斯と戦うやもしれぬ立場。気になるな」

「そうか。そうだったな」

「他人事ではないぞ。国後くなしりで我が藩が魯斯と戦ったのは五十年前とは言え、今でも連中は蝦夷地えぞちを狙っている」


 ロシアから北海道(蝦夷)を防衛するため、東北諸藩は蝦夷防衛の任務を与えられていると記憶が戻る前に習った。50年前の文化8(1811)年、南部藩の国後島防衛部隊はロシアとの間で発砲騒ぎとなったらしい。今回のロシアは対馬に現れたらしい。どういう意図があるのか、私にはわからないが、健次郎ならわかるか。これも家に帰ったら聞いてみよう。


英吉利エゲレスもそうだが、魯斯も信用ならん。和蘭オランダを幕府は頼っているが、南蛮で和蘭は強い国ではないらしい。どうなることやら」

「そうだな」

「お主、事の重大さがわかっているか?」

「わからん。健次郎の方がわかるだろう」

「健次郎はまだ言葉もつたないのだ。もう少し威厳と矜持きょうじを持て」

「そうは言うがな」


 あいつは本当に頭がいい。聞いた限り岩手出身で東京の一流大学に進み、政治も経済も学んできた男だ。俺はどちらかといえば理系の技術屋だから、そういうもろもろは任せたい。とはいえ、当主を継ぐのは私なんだよなぁ。生まれ変わったのがどういう理由かはわからないけれど、戊辰戦争とかに参加させられるのは勘弁したい。白虎隊くらいは知っているし、うちの藩でそういうのがないと言えるほど歴史に詳しくないし。そういう意味では、俺も弟も歴史を変えるのに積極的だ。


「魯斯はみな背が高いと聞く。七尺はあるのだ。戦では鉄砲で狙い易いと聞くが、手足の長さは戦で脅威だ」

「あぁ、ゴローウニンね」

「そうだ。蝦夷地に来る魯斯はみな日ノ本を襲おうとしている。気をつけねばならぬ」


 ゴローウニン。江戸後期に日本に来た……はずだ。なんかすごい巨体の絵を見た記憶がある。盛岡でも話題になったそうで、屋敷にもゴローウニンの似顔絵が残っていた。


「ただでさえ凶作続きで苦労が多いのだ。一部の平士には武具を質に出している者もいると聞くが、それでは魯斯から身を守れぬ」

「仕方ないと思うがな。金がなければ何もできぬ」


 前世は大学で学んだことを生かす間もなく工場の資金繰りが悪化して銀行に手を切られた。義父は経営がうまくなかったのもあるだろうが、銀行にそっぽを向かれては終わりだ。


「だが、武士の魂も肝要ぞ」

「それで死んだら御家も終わりだ。だからこそ、そこを何とかせねばなるまいよ」


 私の生まれる前に大規模な一揆があったと父から聞いた。御爺様も解決に奔走したそうだが、根本的な問題は稲作が安定しないことだ。そこを今年『いわてっこ』を増やして何とかできれば、と思う。うちがある本宮もとみやは下級武士の家もあるから、彼らの疲れた顔を見かける日も多い。前世の義父が死ぬ間際にそんな顔だった。なんとかしなければ。今は彼らに希望がないのだから。


 ♢


「先生、出来ましちゃ」

「ほうほう。これはこれは。字は汚いですが、もう全て覚えましたか」

「伸びしろと好意的に捉えてくだしゃい」

「口が達者になりましたね。良いでしょう。ではこちらの手習てならい雙六すごろくでも」

「『海国兵談』が読みたいでしゅ」

「か……えっ?」


 俺は立ち止まらないと決めた。兄の命がかかっているのだ。自重している場合ではない。


「『海国兵談』でしゅ。はやし子平しへい先生の」

「君は、一体、どこで。いや、そんな物は手に入らぬよ」


 無理か。もう禁書にはなっていないと思ったけれど。仕方ない。大人しく漢字の練習をするか。


 ♢


 3日後、兄共々父に呼ばれた。


「健次郎、何処どこでその知識を身につけた?」

「その知識、とは?」

「『海国兵談』だ。あれは一度発禁命ぜられ、最近やっと出版が許されたもの。まさかこの家に開国派の不敬なる者が出入りしているのか?」


 俺に誰かが吹きこんだと思っているらしい。


「父上、何故なにゆえ尊皇攘夷そんのうじょういの反対が開国なのでしょう?」

「何?」

「攘夷とは異国を打ち払う、異国に勝つ事にございましゅ。異国を追い出しゅか異国と商いをしゅるか、これは分かりましゅ。しかしながら、どちらでも尊皇の心は変わらにゅ筈でしゅ」

「ふむ。確かに。続けなさい」

「然れども今、皆異国の力を見誤っておりましゅ。幕府は何故不平等な条約を結ばされたか、父上はご存知のはじゅ

「メリケンの黒船は途轍とてつもない脅威だ。魯斯も何時攻めてくるやもしれぬ。清でさえエゲレスに敗れた。それはわかる」


 まぁ、ロシアは今年農奴解放令を出すから国内問題でこちらに関与はしてこないだろうけれど。


「ならば、そのロシア・アメリカと同時に戦って勝てねば攘夷は出来ませにゅよ」

「ん、む」

「清でも『中体西用』なる思想が流行っておりましゅる。欧米諸国の技術ぎじゅちゅを取り入れ、国を強きゅしてから改めて攘夷を目指しゅべきかと」


 まぁ、実際はそこまでの実力をえる頃には政府・国民の考え方も変わっていくと思うけれど。


「そなたの言いたいことは分かった。だが、学問は積み重ねが肝要。先生の教えに従うように」

「畏まりましちゃ」

「あと、平太郎、苗はまだあるか?」

「はい。半反分はあったので」

「ではそれを全て使え。殆どの田はまだ苗を植えていない。3日くらいならずれても問題なかろう。ただ、世話の仕方はそなたが責任を持て」

「畏まりました」


 『いわてっこ』の種籾は袋に3合分くらいあった。兄曰く、大体6合あれば1反(この時代で1石分のお米が収穫できる土地)に作付けできるそうだ。で、この米は反収3石3斗(約500kg)ほどになるそうだ。つまり、この量から250kgくらいの米になるということだ。それだけの収穫があれば来年我が家の保有する土地(200石ちょっと)全体に作付けできるらしい。このへんは俺には分からない。うちはサラリーマン家庭だし。

次話は12時すぎになります。


前作の主人公はなんだかんだで命の危険がありませんでしたが、今作の2人は差し迫った命の危険がある分行動が前のめりです。史実通りだと敗者側ですので。


ロシアによる対馬占領事件は教科書レベルだと教えない部分ですが、この事件は日露戦争や三国干渉での日本とイギリスの外交判断にも影響を与えております。

また、東北諸藩の対ロシアに関する情報感度の高さを感じていただけるといいかな、と思っております。

逆に、姉の磯子のように、アメリカへの反応は結構鈍いです。差し迫った脅威に見えない部分も大きいのでしょう。いくらプチャーチンが紳士的な人物だったとしても、それはそれ、これはこれです。

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[気になる点] 「英吉利エゲレスもそうだが、魯斯も信用ならん。和蘭オランダを幕府は頼っているが、南蛮で阿蘭陀は強い国ではないらしい。どうなることやら」 和蘭か阿蘭陀のどちらかで統一した方が良いように…
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