第25話 盛薩会談(下)
遅くなり申し訳ありません。
前話に続き、最初は3人称視点から始まります。
陸奥国 盛岡
八戸藩主・南部信順が連れてきた薩摩藩士・重野厚之丞と楢山佐渡の会談は、いきなり佳境を迎えていた。
「真に、幕府はいりもすか?」
重野が投じた爆弾発言に、一瞬場が凍る。しかし、構わないと示すように、彼は言葉を続ける。
「二百五十年にわたる天下泰平。これは間違いなく徳川のおかげ。ここに我等も異論はありもはん」
「然れど、異国は強大であり、今までと同じやり方では通じませぬ。そのための会議も、つい先日後見様(徳川慶喜)の手で終わりとなりもした」
徳川慶喜や有力大名と関白・二条斉敬が参加した参預会議は今年春に崩壊していた。公武合体の成果と見られたこの会議の崩壊が、薩長接近を決定づけたと言っても過言ではないだろう。
「皆様、良く覚えておりもそう。幕府は対馬を守れておらぬです。蝦夷を、奥羽を守れるとは限りもはん」
彼の言葉に楢山佐渡の後ろにいた南部家臣の1人がはっとした顔になった。対馬へのロシアの上陸。それを外交的に解決したのは、実質的にはイギリスだった。
「幕府に全てを任せるは既に限界。我等力のある藩が、帝と共にこの国を守るべきにごわす」
彼の言葉に、それまで黙っていた楢山佐渡が口を開いた。
「成程。重野殿の言葉は良く分かる」
「で、あるならば」
「然れど今幕府をどうこうするのも異国に付け入る隙を作るだけ」
「それは当然にございます。しかし、長州を征伐している状況ではありもはん」
「長州の処罰によって内部を引き締める、とも考えられますが。何せ帝に逆らったのです」
「あれは正しく帝の勅に従った攘夷。問題は、攘夷をなすに十分な力がなき事にごわす。となれば、異国に負けぬ国づくりを第一とすべきでごわす」
「それは帝の願いと同じと思う。その点は相違ござらぬ。故に、我等は新しき米で得た金で西洋諸国に負けぬ軍をつくり、鉄を造り工場を造っている」
結局、両者の考えに大きな相違はない。違いはただ一点。幕府を必要とするか否かである。
「今後も幕府はまとまらぬと考えておりもす。ぜひその時は、共にこの国の、そして帝のために御力添えをいただきたく」
「相分かった。帝のためにというのは同じ思い。島津とは縁続きになっておる故、共にこの国のために協力したいですな」
こうして、第一回となる盛薩会談は終わった。薩摩藩はイギリス・グラバー商会と盛岡・八戸藩の仲介を約束し、盛岡藩は必要な時に薩摩藩に優先的に東北の食料を融通することのみを決めた。
「可能ならば、もう少し互いの縁が深くなると良いですね」
「名案にごわす。ぜひお願いしたく殿にも伝えさせていただきもす」
♢
薩摩藩が使者を送ってきた結果、イギリスとの取引が可能になった。盛岡に英国通詞がいなかったので俺が対応したが、イギリス側からは箱館領事のフランシス=ハワード=ヴァイスと貿易商のアレキサンダー=ポーターやデント商会のハウルなど、箱館にいるイギリスの重要人物が軒並みやってくる形となった。八戸で藩主・南部利剛様や楢山佐渡様、大島高任殿も臨席する中、俺の通訳の中で交渉が進む。
『我々は最新式のミニエー銃の新品を1丁35両でお売りできます。昨年の相場より1丁あたりで5両も安いですよ』
「大島、そのミニエー銃は先日届いたスタルカービン銃とどう違うのだ?」
「はっ、見本で昨年手に入れたミニエー銃は扱い方が既存の火縄銃に近く扱いやすいのが特徴に御座います。一方、スタルカービン銃は複雑に御座いますが、寝転がったままでも弾を込める事ができるため、連続で発射することができるようになりまする」
「ふむ。今使っているものの改良型がミニエー、完全に新しい銃がスタルカービンか」
ミニエーはライフリングされた先込め式の銃だ。南北戦争でも大量に使われている。そういえば、今春に南北戦争が終わっているはず。その割には強気な値段設定だ。戦争終了で銃が流れてくるにはやや早いが、新品の買い手がつかなくなったかな。そんなことを考えていたら、佐渡様から声をかけられた。
「健次郎、何かあるのか?」
「はっ。実はアメリカで行われている戦が終わった時期でして。と考えるとこの銃、戦が終わって売れなくなった新品なのではないか、と」
「ほう。となると、もう少し安くなるか?」
「可能性はございます」
「よし、その事伝えてもう少し安くなるか聞いてみよ」
「はっ」
『戦争は終わりましたよね?』
『さて、我々はアメリカのことは細かいところまで知りませんな』
『南北戦争とは言っていませんが。そうですか、南軍は負けたのですね』
『何がお望みで?』
『売り先が長州になる頃には、大分値が下がった戦争の流用品が輸入できそうですね』
『30両でいかがかな?』
『15両』
『それではこちらも利益が出ませんぞ!』
『では18両』
『25両。それ以上は厳しくなります』
『20両の代わりに、1000丁買いましょう』
正直な話、兄がスタルカービンのコピーを試作している。既存の銃に慣れている半数くらいの武士にミニエーを支給し、若い武士はスタルカービン銃を使うのが現状の藩の方針だった。だから1000丁。これがうちの藩の限界だ。八戸藩の分もこの中には含んでいる。
『わかりました。ではそれで』
「佐渡様、20両で良いと」
「おお、半額か」
「はっ」
「良し。では予定通り千丁買え」
『大丈夫です』
藩は予算を最初4万両で見積もっていた。それが2万両ですんで大喜びだ。利剛様は商談を終えると俺に一声かけてきた。
「健次郎」
「はっ」
「そなた、今後は盛岡で英国通詞が必要な時も務めよ」
「はっ」
まぁ、盛岡にいて通訳が必要なタイミングなんてそうそうないんだけれど。
♢
イギリスからは友好の証として船が届いた。これで石炭運搬などの作業が藩内でも行えるようになった。幕府に依頼した船も届いており、盛岡藩としては大分機動力が上がった形だ。佐渡様は浮いた2万両で追加の船をイギリスに注文したので、フランスに追加発注した船も含めて1000人程度の人間が船で移動できる体制は整いそうだ。
兄はこの船で早速蝦夷地に向かうことになった。
「蝦夷地に向かうのですか?」
「あぁ。御国産方で、今育てている甜菜を育てる地を選定しよう、ということになってな」
「成程」
「ジャガイモも植えたいし、イギリスから羊を買えることが決まったからな。飼育地も作ろうということになったのだ」
「となると、結構大掛かりですね」
「冬前まではいる予定だ。私でないと甜菜のことはわからんしな」
「頑張ってください。特に羊毛は大量にほしいので」
「ただ、メリノ種らしいんだよな。私はサフォーク種を育ててる友人しか知らないし、そもそも羊を育てた経験はないから少し困っている」
「羊の種類なんて知りませんよ」
「一般的にイメージされるモコモコのがメリノ種だ。ただ、これは湿気に弱いから日本ではあまり育てていないらしい」
「そうなんですか」
「日本ではサフォーク種が多い。これは肉も食べられて毛もとれる中間種だ。簡単に言えば、だがな」
「となると、メリノ種はやませの厳しい盛岡では無理でしょうね」
「そういうことだ。だから梅雨のない蝦夷地に計画を立てている」
「頑張ってください。目指せ羊毛国産。シナガチョウもせっかく大規模に育て始めたんですし」
「羽毛布団いっぱい欲しいな。私はもう寒い冬は勘弁だよ」
羽毛で品質のいいものが輸入できないため、一から育てようということで今年の春からガチョウをロシアから取り寄せている。汚れのない羽根を手に入れ、洗浄と消毒処理をし、布団に入れる。単純なようで面倒な作業だ。当然だが超高級品になるが、国内に存在しないなら作るしかない。
「自分たち用の布団ができたら、殿に献上して、帝に献上しましょう」
「維新後の主力商品の1つだな」
「まぁ、維新がどういう方向性になるかわかりませんがね」
「やっぱり変わったな」
「俺の歴史知識が使えるかもうわかりません」
「じゃあ必死に予想して頑張ってくれ。私は私にしかできないことをやるから」
ですよね。そう言われると思った。もうフラグになりそうなことは絶対に口にはしないようにしよう。
イギリスはグラバー商会=主要二商会なので、箱館の商会もグラバーの管理下です。
アメリカ南北戦争の終了が1865年4月。作中は秋前なので、ダブついた在庫処分もかねた商売ということになります。ちなみに、長州藩が購入したミニエー銃は南北戦争で使われた中古品が主だったようです。
羽毛布団はこの時代まだないので、主人公たちは羊毛製品と合わせてこれが欲しくて動きはじめています。寒いですしね、今より。




