第23話 フラグ一級建築士
朝投稿になってしまい申し訳ありません。
陸奥国 盛岡
父の容態は日に日に悪化している。女中の1人が世話を担当しているが、お互いにマスクをさせるようにしている。どこまで効果があるかは不明だ。やらないよりはいいだろう。
春に神戸の海軍操練所解散が発表されたらしいので、誰か学んだ人間がスカウトできればいいのだが、そうそううまくいくものでもない。ひとまず俺としてできることをやるだけである。
「で、ドラマのやり方そのままでペニシリン作りか」
「病気に罹った時の怖さが身に沁みましたからね。俺にできる事、これくらいしかないですし。同じ幕末舞台でしたから、道具は揃えられたので」
「酒蔵でうちの米を一部使って消毒用のアルコールを造っているのもそれか」
「金にあかせて生活水準を上げたいのでね」
「そういう金の使い方は大賛成だ。私はこちらで生活していた感覚が身についているからか、あまり頓着しないところがあるしな」
石鹸も常備しているし、歯磨きも工夫し始めた。くじらの毛と馬の毛を使って作ってもらった歯ブラシと、六甲山水系の水を仕入れて歯磨きに利用している。ここの水はフッ素入りなので将来的に歯磨き粉づくりで利用したいところだ。
「一々陶器の壺を保管する蔵も必要だし、相当の初期投資が必要だな」
「しかし必ず俺や兄上、家族を守ることになります」
「まぁ、そうでないと困る。専用の蔵を含め、今年だけで4つも蔵を建てているんだし」
「拘ろうと思えばどこまでも拘れますが、それは金ばかりかかりますので」
投資しなければならないものもあるので、資金は有限だ。それに、贅沢は推奨されていない。可能な部分だけしっかり手を加えていくことにしよう。
♢
フランスから注文した武器が届いたらしい。大島殿が鉄砲方の権限で全部回収して日新館の近くに用意した西洋式砲兵訓練所に運びこんだそうだ。職権乱用を罪に問う法はないので問題ない。
高炉から転炉への流れが完成し次第、鋳造砲の試作に移りたいと兄と騒いでいた。御国産方ではフランス製の工作機械や蒸気機関の輸入も目指しているそうだ。
フランス側はロッシュ公使がかなり乗り気らしく、色々と便宜を図ってくれるようだ。
「慶應への改元といい、時代の変化が目まぐるしいな。少し前は文久だったのに」
「元号が天皇の代替わりでないと変わらない時代に慣れきっていますからね、俺たち」
「私が小学生の時に平成になり、大人になって令和になり、というペースに慣れてしまったからな」
「まぁ、次が明治ですから。多分」
「多分って何だ?」
「いや、歴史変えてますから。どこに波及するかわかりませんし」
「成程。確かに『いわてっこ』は21世紀日本人の情熱の結晶だからな。岩手北部の稲作を変えたし、鳥羽・伏見の勝敗も変えるかもしれないな」
「うーん、流石にそこまで大きな歴史の変化はまだないと思いますが」
「お前はフラグをたてるのが上手いからな。姫様とも着々とフラグを積んでるし」
「いや違いますから」
「きっともう明治新政府のメンバーにも目をつけられているんだろうな」
「そういうことは口にしなければ大丈夫なんですよ!」
♢♢♢
薩摩国 鹿児島城
中岡慎太郎・坂本竜馬による西郷隆盛3回目の説得が進んでいた。
「西郷さん、もう少し考えてほしいぜよ」
「中岡はん、そうは申されても、難しいものは難しい」
「米はあって困るものでもないぜよ」
「奥羽で沢山米が作られる以上、うちの藩が大坂で安い米を買うのに困りもはん」
薩摩藩が代行して長州藩の武器を買う。ここまでの同意は得られていたが、肝心の契約に行き詰っていた。
当初長州藩はその財力で米を買い、米と武器の交換を企図していた。しかし、新種の米にこだわらなければ米の供給が増えたことで米価が安定しているので、薩摩藩は食料面での不安を抱えずにすんでいた。
「おいはグラバーから武器を買うなら、直接金をくれと申しているだけ。金銀の方がグラバーも喜びもす」
「それは俺も坂本もわかっているぜよ。じゃけん、長州が今金を動かすのは幕府に目をつけられる。米の売り買いは藩の運営には欠かせぬ故幕府も騙せる」
「そいは長州の事情で、おいが忖度する事柄ではござらん。安い米は今後も『いわてっこ』とやらが多く出回る限り、いつ値崩れするか怖いっちゅうことです」
一旦休憩に入ると、中岡慎太郎は頭を抱えた。
「どうすればええのじゃ、竜馬」
「落ち着け。薩摩は損したくないのじゃ」
「いや、それは重々承知よ。だが、ここは呑んでもらわねば長州も余裕はないぜよ」
「ここは仲立ちの我等も相応に動け、ということぜ」
「我等が?」
「米を多少なりと安く薩摩に渡せば良いのよ」
「それでは亀山社中に損が出る」
「ちゃっちゃっちゃ、仕方ないぜよ。今度上海から箱館に運ばれる船の護衛も受けて、暫く資金繰りぞ」
「はぁ、何とかそれで纏めよう」
この日の会談では結局まとまらなかったものの、提案者である坂本・中岡がリスクを負う提案をしたことで一歩前進することとなる。
その夜。薩摩側は主要家臣である小松帯刀・西郷隆盛・大久保利通・税所篤らが集まって今後の展望について話し合った。
「西郷、あまり中岡から絞るなよ」
「わかっちょります。然れども、薩摩が損をする必要はありもはん」
「しかし、盛岡の米は随分箱館を賑わせちょるようだの」
「少々見立て以上に盛岡が力をつけているようでごわす。八戸から色々探っておりますが、やはり大島・八角といった開成所の者等が違うようで」
八戸藩の藩主・南部信順は島津氏の8代藩主・重豪の子である。島津から養子入りする際島津家臣も移住しており、その繋がりで急成長する盛岡藩の情報を必死に集めていた。
「西郷、盛岡は仏蘭西の武器を買うとる。英吉利の船も欲しいと言うとるそうじゃ」
「既に元服前の仏蘭西通詞も育てていると八戸でも噂になっちょると聞きもした」
「厄介なのは盛岡と歩調を合わせとる仙台よ。仙台が佐幕で家老の但木土佐が主導である以上、根本的に味方にはならぬ」
盛岡藩は代々弘前藩を仮想敵としつつ仙台藩と協調する路線をとっている。これは周辺諸藩にも周知と言っていい。だからこそ、仙台藩が佐幕でまとまっていると盛岡藩は仙台藩に配慮せざるをえない。彼らがどれだけ今莫大な石高(昨年約148万石)となっていても、仙台藩(昨年約300万石)には及ばないのだ。かといって、『いわてっこ』を渡さないのは友好関係に悪影響があったことや、三閉伊一揆で仙台藩に迷惑をかけたと考えていた楢山佐渡にとって借りを返す好機だったことを考えれば、仙台藩の強化になる新品種の受け渡しをしないという選択肢はなかった。
「奥羽は豊作で落ち着いちょる。最近は攘夷派に加わる同志が奥羽にはおらぬ」
「浪人でも再び召し抱えられた者がいるとかで、奥羽なら仕官できるやもと向かう者がいるとか聞きもした」
「真に攘夷せんと願う者は多くないという事だ。皆薄々気づいてきちょる。我等のように、異国と戦っても勝てぬと」
薩英戦争を経験した薩摩藩首脳部は攘夷は不可能と考えるようになった。そこで、名目上『攘夷に向けて力をつける』ためにイギリスと手を組んだことにしている。あくまで最終目標は攘夷だが、そのために倒幕があるという理論だ。そして、彼らの目的と手段は実際のところ逆である。倒幕のため攘夷を訴える鉄砲玉を集めている。そのための方便だ。だが、奥羽情勢の安定化によってそういった安易な鉄砲玉は減りつつあった。
「幕府を倒すなら盛岡は何とか味方にせんといかん。八戸経由でも、そろそろ話せねばならぬ」
「正直、盛岡が西国なら長州よりずっと楽に手が組めるのですが」
「遺恨もなし、支藩の藩主様が縁続き。唯一の問題があまりに遠いという事。それが致命的、とはな」
「グラバーに船の話は届いているそうでごわす。大久保と我等で長崎に行って話してきもす」
彼らは盛岡藩の情報収集を本格化させるとともに、どうにか盛岡藩を敵に回さない方法を考えていた。
少しずつ主人公たちの動きが歴史の大きな流れに関わってくるようになっています。また、薩摩藩はこのあたりから国内に目を向けはじめるので、ここから色々と薩摩の動きには要注目です。
ペニシリンについてはあくまでアオカビを増やしたり抽出作業の練習をしているだけなので、まだ使える状態でもなければ発見したと言える状況でもありません。私の前作と違い、現代の医者がいるわけではないので、そこは作業の進みに違いが出ています。