第20話 大槌改造計画
遅くなりました。最初は3人称視点です。
陸奥国 盛岡
体調が一時悪化していた楢山佐渡だったが、米の収穫量が絶大となり、江戸や外国向けに大規模に売れて藩財政が一気に改善すると復帰してきた。これについては、家老の1人である原直治の隠居で家老職が減ったことも影響していた。彼が不在になると仕事が回らなくなるという事情と、藩の財政悪化で負担過多になっていたという事情によって精神的に苦しい状況だった。しかし、藩の財政がこの2年間で大幅に改善したことで彼の懸念事項が減ることとなった。
「今は各士分も生活にゆとりが出てきました。蝦夷地務めには『いわてっこ』を食事に支給する事で不満も軽減できております」
「一揆の兆候は一切なく、民は新しい綿服を手に入れたり、近々の借用を返したりしている様で」
「商家も米を扱う者、布はかなり儲けているようで」
「町民が収入を増やしていないので、そちらをどうするか、ですな」
「そこは御国産方で進めてもらうより他あるまい」
「大島殿からは蚕の繭を集めて生糸を作る工場を造りたいと」
「今は蚕を各家で処理しているが、西洋では綿花も工場で糸や布にするそうで」
「綿は英吉利が江戸で売り出し、領内にも大量に入ってきた。凄まじく安い」
「デント商会も今後福島屋を通じて、八戸や野辺地から綿を売ると申しております」
「町民も豊かになるよう、街道の整備には町民も集めるとしましょう。多少給金を払う形で」
資金的に余裕がでてきたことで、盛岡藩は様々な方向に手を広げようとしていた。盛岡藩随一の湊である野辺地の整備などもその一部と言える。
「それと、野辺地は船着場の整備だけでなく、攘夷のために砲台の整備を更に進めねばなりますまい」
「そうですな。攘夷のために」
この会話は予定調和である。実際は攘夷以上に弘前藩への対抗を狙ってのものである。しかし、名目は常に攘夷のためとなる。野辺地は弘前藩との国境であり、最重要湊でもある。八戸湊(こちらは八戸藩管轄)ととも整備は重要だが、防衛も重要と言えた。
「大槌も鉄を運び、石炭を運ぶため整備が必要ですな」
「大島からは大槌の湊に波を防ぐ堤を造りたいとの申し出が」
「五千両なら出しても良い。橋野で造る鉄がなければ我等の狙いもうまくいかぬ」
「では、五千両を宛がうと伝えましょう」
「八戸領内で石灰が大量に採れるとの事で、大島が八戸藩に採ってもらいたいと」
「八戸は『いわてっこ』が余り育たぬ故、不平等にならぬよう八戸にも旨味は渡したいですな」
「では、そちらも奈須川殿へ伝えましょう」
「八戸は日新館に何人か派遣したいと申しておりますし、良く協力して津軽(弘前藩)に当たらねばな」
♢
陸奥国 大槌
御国産方の仕事として大島殿に従って大槌にやってきた。俺はあくまで日新館の学生として見学ということになっているが、兄は最初に手に入れた耐火煉瓦を利用して増やした耐火煉瓦を使ったトーマス転炉の試作のために来ていた。はっきり言うが、俺も転炉という名前しか知らない。ただ、この時代存在するベッセマー転炉?は日本ではあまり向いていないと言われた。とにかく酸素を投入してリンを入れてトーマス転炉で回すのが釜石の鉄には合うらしい。
「高炉から転炉、そして鋳造まで整備して自力で大砲・鉄砲が造れるようにならねばな」
「蒸気船まで何とかしたいよ、直記殿」
兄は元服して直記芳政と名乗るようになった。父政中からと祖父芳隆から一字ずつを受け取った形だ。
「健次郎は運ばれてくる石灰で防波堤を造っているので、そちらの様子を見てくれ」
「コンクリートのあれですか。わかりました」
海岸沿いに試作の防波堤が造られている。海に突きだしているあれだ。あまり大きなサイズはまだ造れないが、今回試作もかねて大槌の湾内に設置されることになっている。形は事前のデザイン通りだ。三陸は地震が多いのが理由だが、単純に湾内を安定させるのも目的だ。
「こちらが?」
「ええ。海中の土を掘りだし、そこにこの漆喰の固まりを入れていきます」
コンクリートの四角ブロックを沈めていく。海中に下段二段、二段の上部で造られた凹にブロックをはめこんで堤防にする。船の発着できる場所も増える。そこまで大型ではないが、ひとまずこんなものだ。本格的な地震対策は20年計画だ。もっと湾の出口付近でないと意味がない。
一日かけて下段ブロックが4つ。まぁこんなものか。最終的にこれが浅瀬にある程度広がることになる。うまく船の発着がスムーズになるといいけれど。
♢
それから20日間、ひたすら試作やら実験やらを進める大島殿や兄を尻目に、同伴してきた一部の日新館生徒に勉強を教える。自然科学の野外学習だ。生物学の発展は大事だ。小学校レベルの話だが、植物と動物の分類から体系だった学問はないので仕方ないだろう。
そして、話の隙間にひたすら聞かれるのは姫様の話だ。
「姫様のお体を今から案じておられるとか」
「誰だって主君の姫君は案じるであろう」
「いやいや、そのために洋学を学んだのですから、評判で御座いますよ」
「いや、そういうわけでは」
「またまた。謙遜が過ぎたるは良くないですぞ」
子ども同士といえる範囲の年齢だが、そろそろおべっかくらいは使ってくる。面倒だな、既成事実扱いされるのは困る。
外堀を埋められる感覚がある。何より、相手のことなんてほぼ何も知らないのだから。
「それに、姫様が最近朝餉も確り食べるようになられたとか」
「それは良うございました」
あの猫みたいな状態から朝も強くなっていればいいのだが。とは言え、朝強い夜強いは人それぞれだ。強制されていないと良いけれどね。
防波堤は試作レベルなのでこれからに期待です。主人公は三陸地震の頻度は理解しているので、日清戦争の時期までには色々やらないといけないと認識しています。
転炉については兄の方が詳しいので、完成時の描写で補完します。