第14話 願うと願わずとに関わらず
最初は3人称です。ご指摘もいただいたので、もう少し視点変更をわかりやすくしたいと思います。
山城国 京
元号変わって元治元年夏。京は攘夷派の潜伏浪士による治安の悪化が顕著となっていた。天皇は開国に反発するも幕府を信頼しないわけでもないからか、会津藩と薩摩藩、桑名藩による御所周辺の警固を任せていた。薩摩藩は薩英戦争をへてイギリスと接近し、その技術的支援を受け始めていた。そんな情勢をうけて攘夷を掲げて動く浪士は京周辺を蠢き、京の治安は悪化していた。しかし、これを良しとしない幕府は、浪人出身の治安維持組織として『新選組』を結成し、市中での活動を支援していた。
そして、6月5日。
「近藤さん、間違いない。池田屋だ。土佐の北添が出入りしていた」
「新八、土方の隊を誰かに呼びに行かせてくれ」
「如何しますか?」
「時間を置いて気づかれたら面倒だ。相手が気づかぬ内に、夜陰に紛れて全て討つぞ」
「「応」」
新選組組長・近藤勇率いる10名が池田屋に集まる浪士らを襲撃した。内部に討ち入ったのは4名のみだったが、狭い建物内で常に広いスペースを確保する新選組側によって人数差を生かせない浪士側は次々と討ち取られていった。
出入口まで脱出した浪士は集団戦法で同時に襲撃することでこの浪士たちの大半を討ち取ることに成功した。
そして、一報を聞いた長州藩は強硬派が兵を率いて上洛し、状況の打開を狙ってくることになった。
この長州の動きは、広島に滞在して長州藩を監視していた新選組の一員で元盛岡藩士の吉村貫一郎を通じて会津藩・薩摩藩などに連絡が行われ、禁門の変と呼ばれる京での戦闘で幕府軍を優勢に導く一因となっていく。
♢♢
ある日、私1人だけが父直治に呼びだされた。
「実は、そなたの嫁についてなのだが」
「いや、あの、私はまだ」
「まだ決まっておらぬ。おらぬが、場合によっては健次郎より発表は後になるやもしれぬ」
「あぁ、いいですよ」
「いや、本来は許されぬ事である故、もう少し怒っても良いのだぞ」
「むしろ、家老家とかから嫁を貰えと言われずに済んでほっとしております」
気を遣う嫁とか無理。本当無理。結婚はしたいけれど、前世は婿養子で義父母に気を遣う毎日だったから。可能なら武家以外にしたいくらいだ。
「実は殿の御息女を、という話なのだが、お歳がな。7つなのだ」
「あぁ、それでは私はロリコンですね」
「ろりこ?」
「いえ、お気になさらず」
私の肉体年齢が数えでは12歳。5つ差くらいならこの時代はあると言えばあるのだが、弟の年齢(9歳)を考えるとバランスが悪くなるという視点だろう。
「とにかく、相応しい相手がすぐ見つかるだろうから、少し待て」
「可能ならば、あまり名家でない方をお願いしたく」
「諦めよ。そなたらの才覚は誰も放っておかぬ。婚約の発表は当分後になるだろうがな」
高知衆のノブレス・オブリージュか。せめて柵のない相手を願うばかりだ。
♢
朝一で上席家老の楢山佐渡様に呼ばれ、兄とともに城に向かった。
現在の京の情勢は緊迫しているだろう。池田屋事件、佐久間象山暗殺、禁門の変。長州征伐の幕令も発された。城内も情報を集めるので必死な様子だった。
父と兄はそのまま楢山佐渡様に呼ばれ、俺は城の一室で待つように言われて部屋で待つことになった。
お茶を一杯頂き、そのまま少し待っていると、隣の奥座敷(藩主様用と家族用の屋敷)が慌ただしくなっているのに気づいた。通りがかった女中さんに声をかけると、殿の御息女が1人部屋にいないらしい。
「いつもの様に、どこかで寝てらっしゃるとは思うのですが」
「寝ている?」
「ええ。朝がお得意ではなくて」
低血圧か、貧血か。夜型人間という可能性もある。実際、人間全てが朝から働ける体質とは限らない。体温の低い人も、体が温まらないと動けないなんてよくある話だ。
「とにかく、原様はお客様ですので、こちらに居て下さいまし」
「はい」
ここで女性を探し始めるほど愚か者ではない。さわらぬ神にたたりなし。美味しいお茶をいただきながら、座布団に座って大人しくお茶を飲む。
すると、兄だけの話が終わったらしく、役人らしき武士が1人迎えに来た。そして、その後ろになぜか片目をこすりながら眠たげな少女が1人。
「えっと、そちらの、女子は」
「な、何故か某の後ろに」
「もしや、姫様?」
俺の声にも反応はない。目は閉じているようにしか見えない。俺より年下。片手に握りしめた竹の笛を持ったまま、時折首がこくりこくりと頷くように揺れる。
「そ、某も詳しくはございませぬが」
「基本奥座敷から出る事はありませんからねぇ」
「だ、誰か女中はおらぬか!」
女性を呼ぼうとするが、同時にこのお姫様(仮)を驚かせたり脅えさせたりしないよう、声は抑え気味だ。結果として、誰にも声は届かない。
「そ、某誰か人を呼んで参ります故!動かれますな!」
「あっ、ちょ、逃げるな!」
足早に、逃げるようにどこかに向かう武士。後で職務怠慢で訴えるぞ!
そんな俺たち2人なんて歯牙にもかけぬ様子で俺のいた部屋に入るお姫様(多分)。そして、俺が座っていた座布団の上に立つと、やや低めの声で、
「暖かい」
そう呟いて、そのまま座布団の上で猫のように丸まって寝てしまった。
「いや、どうしろと?」
唖然として動けないまま、俺は今度こそ声を出せない状況で誰かが来るまでお姫様(猫)を見守るのだった。
健次郎がいたのは天守(新築改装したばかり)の下ですが、盛岡城はそのすぐそばに本丸がありました。
新選組の活躍は、どちらかというと京の情勢はどんどん変わっていっているのを示したくて書いています。
京の空気感と違い、盛岡藩は平和です。