第12話 富国強兵の萌芽
三人称などまざります。
陸奥国 盛岡
ようやっと舌が回るようになってきた。というか回るように練習した。こんな舌足らずはもう嫌だ。
「今後の方針をどうするかだな。私としては、来年は『いわてっこ』の反収を3石にしたい」
「ひとまず、藩主様がこの米をどう使うかです。借金の返済だけに使えば今年は何もできませんし、何がしかに投資すれば藩の力を高めます。兄上が頑張るのはそちらもですが、耐火煉瓦の試験が終わり次第、工業面でも頑張ってもらいたいですね」
「あぁ、可能ならば工具鋼を用意したいな。フランスかイギリスの旋盤を超える工作機械が欲しいよ」
工学は任せきりになる。手先の感覚が鈍っているかいないかもわからないし、子供の体がどう影響するかも不明だ。
今年の米は各大名にも売りこまれた。既に情報は他国の武士によって各地の大名に知られ、問い合わせが殺到していたようだ。
♢♢♢
南部利剛は八戸弥六郎と楢山佐渡を呼んで話し合いを行なっていた。というより、主は2人の家老の報告を聞く形だが。
「伊達・本多・佐竹・(会津)松平・(庄内)酒井・上杉・(山形)水野・相馬など、主要な藩からは是非にという御話が来ております」
「反収三石の米の事、やはり広まっておりましたな。育て方や種籾までは広まっておりませぬが」
「こちらの条件にかなり乗り気でした。育て方も共に教える代わりに、同じだけ米を受け取れまする」
南部氏から各藩へ提案された内容は①種籾の提供②育て方の指南③種籾と同量の米を盛岡藩に提供する、などが主な内容だった。全体として、盛岡藩が自領内の米を減らさずに『いわてっこ』以外の米で領内が自給でき、『いわてっこ』を大消費地である江戸で売りこめるようにすることを目的としていた。
「殿、これならば諸役を課さずに借財も返せますし、何か将軍様から新しい任が課されても十分対応出来るかと」
「借入金十五万両の内、村井吉兵衛らが新品種を江戸で扱う事を条件に利息を今年無しとさせております」
「ふむ、流石佐渡だ」
御用商人である村井吉兵衛は今回、江戸への『いわてっこ』販売を担うことを条件に今年分の利息2万両をなしとしていた。その絶大ともいえる味の違いを、商人は武士以上に敏感に感じて金になると判断していた。そして、それら商人に対し借金の利子払いをなくすことを提案し、使える資金を増やそうと考える財政感覚をもっているのが楢山佐渡という男だった。
「来年は稗田・粟田をある程度転作し、逆にあの米が育たぬ田は一部稗田や粟田に転作させることも考えております。これに応じた者は年貢を免ずる事も考えております」
「稗と粟は馬の飼料に必要だ。一定量が確保できるよう、意識して転作を進めよ」
南部の馬は全国に販売される名馬である。これを特産品として売りだす盛岡藩にとって、馬の飼料は何があっても確保しなければならないものだった。
「後、今年は上方(京都)警備の任は無い。昨年の上京しての任があったのと、対馬の魯西亜の事もあって北方に従事するよう命じられた」
「蝦夷地も油断はできませぬ故、当然の事かと。むしろこちらに援兵でも寄越してほしいものでございます」
八戸弥六郎は蝦夷地防衛で根室などに向かう機会が多い。彼から言わせれば、金ばかりかかり危険も伴う蝦夷地防衛という任務に不信感が強かった。
「落ち着け弥六郎。幕府も辛いのだ。仙台藩も苦労している」
「はっ。申し訳ございませぬ」
「佐渡、新渡戸に任せていた新田は如何なった?」
「三本木は新渡戸の弟、太田練八郎が現地に入って進めております」
「首尾は?」
「順調かと。今年は新品種の作付けをさせまする」
「多少支度金を支援せよ。日新館への支援金だけだと不満も出る」
「はっ」
彼らが今年、『いわてっこ』だけで得た資金は盛岡藩の年平均収入15万両のほぼ倍となる28万両だった。借財を減らしつつ、再投資する先に関する話し合いと税を減らしても収入が確保できる見込みをどう見るかが、今後の彼らの課題であった。
♢
父を経由して藩主様から相談が持ちこまれた、らしい。らしいというのは大島高任殿がいる日新館でのことだったからだ。大島殿に相談したようにも見えるし、俺や兄に相談したようにも見える。ある意味絶妙な相談だった。
「藩の金が二万両ほどあるわけで。しかし何に金をかければ良いかが悩ましい」
「日新館にもっと資金をいただければ、相応の成果をお見せしましょう」
まぁ、大島殿はそう言うに決まっている。やりたいことには全然足りないというのが口癖になっている人だし。
「せっかくここにいるのだ、二人の意見も聞こうか」
そう言われる。ついでとも言えるし、意図的に話題をふられたと見てもいいだろう。こういう話題は俺が答えるのが基本だ。兄とは共有しているが、細かい知識が足らずにボロがでる。兄はもう政治経済に関わる質問への答えは俺に押し付けてくるようになってしまった。
「幕府の造っている西洋船を買うとか、可能ならば西洋諸国の武器を買うとか。あと、生糸作りを奨励すれば、今は高値で売れまする。尾花沢にも西洋の技術を取り入れれば、銅がまだまだとれるでしょう」
「そ、そうか」
「特に生糸は採れるまでに時間がかかるもの。今のうちから支度する方が宜しいかと」
「確かに、英吉利は生糸をこれでもかと買っていくな」
イギリスはお茶と生糸を凄まじい量買っていく。その結果が品不足によるインフレなのだが、逆に言えば生糸は作れば作るほど売れるのだ。輸出ができなければ国内の金銀が流出する。それはいつか国内の経済の縮小を招く。生糸を今以上に売れば、その懸念が弱くなるのだ。
「殿にも伝えておこう」
大島殿は目を輝かせて俺を見ている。俺の意見を聞くたびに喜ぶ人だ。そして兄の知識を聞くとさらに輝く。根っこは研究者というか技術者だけれど、研究の継続のために政治や経済にも関わるのが苦ではないタイプの人間だろう。いい歳のおじさんのはずなのだが、麦わら帽子かぶって虫網をもってカブトムシを片手に自慢しに来られても違和感を感じないかもしれない人だ。
後日、幕府から箱館型と呼ばれる船を購入することが決まったと父から聞いた。新田地域への養蚕の奨励も進んでいくらしい。日新館もかなり多くの門人が通うようになってきた。俺と兄が客寄せパンダというか、学習塾の『名門校に続々合格』役をやらされているというかんじなのは目を瞑りたい。それで西洋学問に詳しい人間が増えるなら悪いことではないからな。
明日は正午12時すぎに投稿いたします。
幕府はこの頃からスクーナーの製造を始めています。箱館型と呼ばれています。大船建造の禁がなくなったためです。藩の依頼で幕府が建造することもありました。