110話 大久保・大隈財政
長く空きすぎたので、書いてあった話を投稿します。お待たせして申し訳ございません。
次・次々話までの詳細は完成しているので、時間を作ってコツコツ書いております。
東京府 霞ヶ関・内務省
内務省に出向くと、大久保利通卿のいる部屋まですぐに通された。新年を迎え、1874(明治7)年になってまだ3日。三が日最終日ですら新政府に休むことは許されていないようだ。
「明けましておめでとうございます、大久保卿」
「おめでとう、敬殿。いや、久しく口にしていなかった言葉だ」
「そう言えば、使節団では英語でしたしね」
「それに、私は主家の屋敷で挨拶をもう出来ないからな。国父たる左大臣様に嫌われてしまったから、な」
廃藩置県に強硬に反対していた元左大臣・島津久光公の意向を、大久保卿は維新完遂のため無視した。その結果、西郷隆盛殿と大久保卿は島津の屋敷の出入りを事実上禁じられた。そのため、うちの藩でも形式だけ残っているような年始の挨拶に参加できていないのだ。
「さて、統計局だったか」
「ええ。アメリカでは政府が様々な情報を管理し、国家運営に利用しています。徴税・予算編成・教育・徴兵可能人数の確認……こうした情報を収集し、一元的に管理して各省庁に情報を必要な時に提供・共有できないと欧米列強に並ぶことは出来ないかと」
「必要性は大いに理解している。ワシントンの議会図書館には、20年前に火災で被害を受けたにも関わらず膨大な情報が集まっていた」
「ただ、我が国の図書館は現状図書の収集が主目的であり、国家運営に関わる統計情報の管理・収集はそれに特化すべきかと」
現在、上野にある書籍館が後の帝国図書館であり、戦後は国会図書館と称されるものだ。その管轄は文部省にあり、博物館などと並ぶ国家の文化施設として設立された。福澤諭吉殿とともに目指す統計局とは、目的が違うのだ。
「大久保卿、国民の資産を把握しその管理を近代化していく上で、銀行の設立と統計をとることは必須と言って良いかと」
「となると、担当は大蔵省か。特許の件といい、君は大蔵省に行きたいのかね?」
「いや、そういう訳では」
「まぁ大隈も今後を考えれば敬殿との縁を欲しがるだろう」
大蔵卿である大隈重信殿は佐賀出身だ。彼は鍋島系の家臣では最も大久保卿に近い人材で、現在の大久保政権において次世代のホープとなっている。以前は福沢殿と仲が良くなかったそうだが、最近はお互い家に出向いて討論する関係らしい。大久保卿は私鉄整備の件でもこちらに賛同してくれたので、今までも友好的な姿勢でいてくれた人だ。
「書類はこちらで用意しよう。明後日の議題にしておくから、月末にまた来てくれたまえ。明日大隈に会えるよう手配しておく」
「お願いいたします」
根回しというか、閣僚会議のメンバーで言えば寺島宗則外務卿・黒田清隆北海道開拓使は既に話を通してある。司法卿の大木喬任氏は大隈卿と同じく佐賀藩出身なので、大隈卿との会談がうまくいけばほぼ問題なくいけるだろう。
♢
東京府 大手町・大蔵省
大蔵省は徴税機構の整備でてんやわんやだった。最初期に政府直轄領でのみ徴税していた状況から、版籍奉還・廃藩置県をへて全国から税を徴収する必要が出たことで、必要な官僚が爆発的に増えた。その管理・統率だけでなく、全国の戸籍管理も仕事の一部となっていた。地租の回収など、戸籍や地券に基づく業務が多数あったためだった。
「というわけで、我が輩からすれば戸籍管理含め、色々やっていただけると助かるんである」
大隈重信卿は机の上の書類を片付ける手を止める様子なくそう言った。目線は忙しなく書類とこちらを上下している。そんな一瞬でどうやって書類を読んでいるのか不思議だ。
「我が輩の手も二本、大蔵省に勤務する役人総数1843人、出納正の田中光顕君も忙しい。少し前に中村清行君に統計に関する欧米の状況調査を頼んだが、彼も手が足りていない。君ならば欧米の資料を翻訳するのも容易だろう。こちらに転籍してくれるなら歓迎するんである」
「わ、わかりました」
「先だって寺社に提出させた宗門改めと先年に行った戸籍の原本、そして昨年に田中君が徴収した税の資料がそちらの机に置いてある。使うといいんである」
「ありがとうございます」
「あと、近々商家に税を課すために集めていた株仲間名前帳もあちらの机に置かれているんである」
「商法会所に提出させたものですか。商家はほぼ全て登録したのでしょうか?」
明治新政府が幕府の為替方御用所を改称したのが商法会所だ。この商法会所は大阪に設置されている。現在で言えば経済産業省みたいな役割を担う部署だが、実はこの大臣格である知事には小野組手代である小野善右衛門ら商人出身者が任命されていた。三井や鴻池、米屋なども参加しており、武士と言えば元越前藩の磯野金次郎と元長州藩の岡本嘉右衛門の2名くらいだそうだ。
「大阪や京は問題ないんであるん。次はここ東京と横浜の商家よ。故に会所からも出向が来ているのであるん」
「となると、先ずはそちらの手伝いをした方が良さそうですね」
「手伝ってもらえるなら、我々もその統計局とやらの設立に協力するのであるん」
「承知しました。では商法会所に合流します」
「お頼み申す」
♢
商法会所の本部は商法司があった頃は京都だったが、今は大阪がメインとなっていた。東京にいるのは大蔵省との連携に必要な人員であり、横浜港の監督も行っているそうだ。
出迎えてくれたのは斎柏新助という元商人。彼は加島屋からの出向組である。去年までは大阪で仕事をしていたが、年末からこちらに来ているそうだ。
「お初にお目にかかります。加島屋の新助でございます」
「原敬です。よろしくお願いします」
「いやぁ、お武家様が、それも南部の御家老様が頭を下げんでください。自分なんざちょっと前までは苗字さえなかった田舎者でさぁ」
「しかし、金勘定は貴殿の方が得意だ。これから助けてもらうし、な」
「いやぁ、困ります。加島屋では『いわてっこ』の取引で儲からせて貰いましたから、旦那様から良く御礼をするようにと言われてるんで、そない丁寧にされては帰ったら叱られますさかい」
加島屋は大名貸しとともに堂島で米を商っており、江戸時代の長者番付で関脇とされるほどの豪商だ(ちなみに大関には三井・鴻池がいるし、関脇で同格は住友がいる。この時点でこの商家の格はわかるだろう)。長州藩もかなりの金額を借りており、その縁で新政府でも協力を求められているわけだ。
「今商いに加わろうとしている者からは冥加ではなく、営業税を課したいというのが大蔵省の方針ですよね?」
「はい。地租は農地からの税徴収には優秀ですが、工場や店に課すには難しいので」
同じ広さの工場があったとして。手工業をしている工場と蒸気機関による機械工業をしている工場は当然稼ぎが違う。そのため工場の大きさで税を課すのは現実的ではない。生産物の価格で決めるのもおかしい。地券にそれが反映できないのだ。だから、商工業者に課す税金のシステムは、現状江戸幕府と同じ運上・冥加を維持している。これをあと数年以内に営業税、つまり会社の利益に対して課税する方式に変えようとしている。
「しかし、商家の加島屋に属する斎柏殿がそれを申されるとは」
「……加島屋は銀目廃止令で大きな損害を受けました。今東京で事業を差配している浅子様の御姉上も、天王寺屋に嫁いでいるそうですので、思うところはおありでしょう。ですが、原様の新聞に助けられたのもまた事実ですし、国が滅びては商家も立ち行きませぬ」
銀目廃止令とは明治維新後に発表された、東日本と西日本の金銀の違いをなくして貨幣を統一する法令だ。両替商を実質廃業させたものとして有名だが、俺が新聞でこの銀目廃止令の前から両替商向けに『欧米の両替商』という新聞記事を出していたので彼らの業態は現在大きく変化している。彼らは為替取引に関わるようになり、イギリスの会社が日本の米を輸入する際に彼らと取引をするようになっている。加島屋も豊前・中津や福岡、長州など西日本の諸藩で最近収穫が始まった『いわてっこ』の販路をイギリスに提供しており、輸出拡大の一端を担っていた。
「もし新政府が崩壊すれば、フランスやイギリスの商家がこぞってこの地を植民地とやらにするでしょう。富国強兵、殖産興業という言葉はうちの番頭も真であろうと言うとります」
「そういう視点を共有していただけていると、こちらとしても助かりますよ」
政商と呼ばれた江戸時代の有力商家は、特にこういうマクロな視点を理解している人材が多い。全ての商家を残すのは新陳代謝を考えれば微妙だが、こういう商家はある程度残したほうが混乱も少ないのだ。
「というわけで、横浜の商家から課税のための調査に入ります。こちらに協力的な亀屋や吉村屋、野沢屋からまず調べましょう」
亀屋は生糸商としてここ10年で急成長している原善三郎という実業家の店だ。吉村屋や野沢屋、三越や小野組とともに横浜の生糸取扱の7割以上を占めたという大商家だ。
「既に話は通してあります。明日昼に鉄道で向かいましょう」
まずは大企業から。そして中小規模の商家に課税を通達する。面倒な作業だが、これが進む程統計資料としても優秀になる。頑張りどころだ。
大蔵省の役人数は一橋大学経済研究所の明治期のデータを参考にしています。
中村清行は史実で最初の統計正・統計頭を歴任した人物です。三河吉田藩出身ですが、本作では結構重要人物です。
大隈重信の口調はほぼ史実通りです。キャラ濃すぎて色つけるの失礼なレベルですね。
加島屋は後の大同生命です。江戸時代は堂島の米相場と大名貸しが生業でした。大名貸しでは史実に近い損失を出していますが、米相場では上手いこと稼いでいるので史実より資金が豊富です。朝ドラの廣岡浅子で知っている方もいるかもしれません。




