第1話 原兄弟、自覚と天禄
新連載です。宜しくお願いいたします。
1861年、アメリカではエイブラハム・リンカーンが大統領となり、南北対立が激化する頃。
2人の子供が同時に前世を思い出し、世界が大きく変わり始めることになる。
2人は盛岡藩士原直治の子供。次男・健次郎と兄・平太郎。後に原敬と呼ばれる健次郎と平太郎(恭)は自らの前世を思いだす。
未来を知る2人は協力して日本を変えようとする。
これはそんな2人の物語。
♢♢♢
1861(万延2)年、1月。万延の貨幣改鋳で混乱する江戸に比べ、どこか長閑な盛岡城外の武家屋敷。陸奥国盛岡藩主・南部利剛から下賜され『いただき桜』と呼ばれる桜。その日突然満開に咲いた木の下。そこで、桜を下から仰ぎ見ていた1人の少年が自分の前世を思い出した。
「思い……出しちゃッ!」
「如何した健次郎」
原健次郎。後に平民宰相と呼ばれる男に、昭和平成令和を生きた男の記憶が蘇った。
「まじゅい。暗殺はまじゅい」
「未だ未だ言葉が拙いの、健次郎は」
現在、数えで6歳、満5歳である。
「父上、何とかせねば」
「何がだ?」
「このままでは、わたしは、ころされてしまう」
「面白い事を言う。誰にだ」
「中岡艮一でしゅ」
「そうか」
それきり、父は彼の言葉に耳を貸さなかった。だが、原健次郎となった男は今後のためにどうしようかと頭を巡らせるのだった。
♢
俺、原健次郎は慌てて兄・平太郎のところへ駆けこんだ。4つ年上の兄とは仲が良い。少しでも何かを理解してもらいたい、そんな一心だった。
「思い……出したッ!」
いや、あんたもかい。
♢
「弟よ、信じられんかもしれぬが」
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
「よし、私と2人だけか?他にもいたら嫌だぞ」
「ネットシュラングが通じるのにゃら良いですが、実際どうみわけましゅか?」
「わからん。俺はウイング世代だ」
「あぁ、わたしはシード世代でしゅ」
「で、今は何時代だ?」
「ばくまちゅです。ペリー来航から8年でしゅね」
「よく分かるな。歴史好きか?俺は理系だからさっぱりだ」
「ちにゃみに、ここは岩手県でしゅ。多分盛岡でしゅ」
とりあえず転生者としての共有ができた。ここからが大事だ。
「東北の幕末って何かあったよな?」
「奥羽越列藩同盟でしゅね。新政府と戦うことになりゅかと」
「うぇ。年齢的に俺も戦うのか?」
「大丈夫だと思いましゅが、できれば避けたいでしゅね」
「白虎隊、だっけ?ああいうのがあると困るなぁ」
「今が万延2年、貨幣改鋳の時なのであと7年でしゅかね。とすると兄上は数えで今9歳だから、16歳。普通に徴兵されそうでしゅね」
「お前は13歳か。あれ、白虎隊って何歳から?」
「白虎隊は会津藩でしゅが、盛岡藩で同じものがないとは言いきれませんね」
白虎隊は12歳とかで参加した武士の子どももいた気がする。とすると俺も危うい?何とか徴兵されない方向に向かわないといけないか。
何とか協力して生きていくしかない。とはいえ何ができるでもない。兄は家事の手伝いを命じられ、俺は琴子姉の下でその日を過ごし、夜を迎えた。
♢
夢。はっきりとわかる。自分の体が明確に大きい。感覚的に子どもに馴染んでいたのでかえって違和感を感じた。隣には見知らぬ成人男性。俺と同じように手を見て、顔を触っていた。
「戻っている、のか?」
彼の言葉に、兄に転生した人物の前世の姿かな、と推測した。夢なのに、多分そうだろうと思えた。
しばらくしても何があるわけでもない。2人で何か話すでもなく周囲を探し回る。何もない。本当に何もない。色の定まらない空間で、酔いそうで酔わないぐにゃぐにゃとした中で30分くらいの体感時間を過ごした。
「何かありましたか?」
「いや、何も」
わかりきった問いかけも3回目になる頃、空間が真っ白になった。一瞬だけ、桜の木が見えた。
それで、終わりだった。俺は夢から覚めた。
枕元に、脱穀されていない米が拳大3つ分ほど入った袋があった。慌てた様子で兄が部屋に入ってきた。部屋に呼ばれて行ってみると、15個ほどの積みあがったレンガがあった。
「それは何だ?」
「枕元にあったお米でしゅね」
兄は匂いを嗅ぎ、1粒1粒を見ながら言った。
「これ、『いわてっこ』じゃないか?」
「いわてっこ?お米の品種でしたっけ?」
「おい、これだけあれば、色々できるかもしれないぞ」
「米はわかりましゅが、レンガで何が?」
「多分、これは耐火煉瓦だ。だから、鉄が近代的に造れる」
兄の顔は、喜色に満ちていた。
「お前と俺で、歴史を変えられるぞ」
その言葉に、俺の心が躍ったのは、歴史好きの性としか言いようがないだろう。
第2話は0:30頃に投稿いたします。