ときにスミレは過去を語る
辺りは二人の会話を遮るかのように、一刻と暗くなっていった。
聞きたいことはまだ沢山残っている。話の続きを聞くために、俺は少女を抱き抱えると、急いで家に向かった。
「さっきの話の続きだけど、売られるっていうのは…?」
「実は…」
「身寄りの無かった私を、親身になって育ててくれたおばあさんが亡くなったとき、私は….」
「これからどう生きていけばいいかわからなくなっちゃって」
「毎日、途方にくれていたの…」
俺は、自分と似た境遇の少女に同情してしまいそうになったが、自分と同じような境遇だからこそ、同情されたくない気持ちもまた、痛烈に理解していた。
「そんな中、あのおじさんは、私に手を差し伸べてくれた……と思っていたけれど…」
「現実はそんなに優しくなかった」
「実は、あのおじさんは、身寄りのない子供に手を差し伸べては、その子供をお金持ちに売り捌く、奴隷商人だったの…」
「今日は私が売られる予定の日だったんだけれど」
「そんなとき、あなたは私に手を差し伸べて、助けてくれた」
「本当にあなたには感謝しているの」
そういった少女の笑顔はスミレの花のように可憐だったが、その瞳に宿る光はどこか儚げで、今にも消えてしまいそうだった。
商売道具、売られる、そんな言葉の疑問がようやく晴れた。
そのとき、この少女は俺に恐怖心を抱いているんじゃないか。そんなことがふと脳裏によぎった。
「俺のことは、怖くないのか?」そう聞こうと思ったが、今、それを聞くのはきっと無粋なのだろう。
勿論、恐怖心はあるだろうが、少しでも俺のことを信頼してくれている、今はそれで充分だ。
少女は突然、思い出したかの様に言った。
「あっ…まだ私の名前、言ってなかった…」
「私の名前はスミレ。本当の名前は分からないけど、おばあさんがつけてくれた…大切な…名前……」
スミレは少し照れたようにそう言うと、またスミレの花のように可憐な笑顔で微笑んでみせた。
重く沈んでいたような夜が少しずつ動き出した…