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L’autre Monde〈オートルモンド 〉  作者: 天時(あまつしぐ)
Ⅰ 世界を騙る世界
2/3

1, 唐突と凶事

少し間が空きました。

弊シリーズは不定期更新です。


碧瞳の少年は、ハッ……っと、弾かれるように目を覚ました。

闇……否、光。

埋め尽くすような光。

一面の薄明かり。

自身の黒い髪も、その目で捉えることができないほどに淡い視界。


「何処だ……此処…………?」


何故こんな所にいるのだろう。

深い藍色の瞳の少年……イクスは戸惑っていた。


(何が起こってるの……?

……って言うかなんなんださっきの!)


覚める前に脳裏を支配していたのは、意味の分からない、気味の悪い白昼夢。

それだけでも、目覚めたばかりの人を軽く混乱させるには十分だ。

だと言うのに、さらにそれから覚めてみれば、辺りは全く見知らぬ景色ときた。

つまり、イクスはかなり混乱していたのだ。

そして、そんな彼にさらに追い討ちをかけるかのような出来事がそこにあった。


(人、人、人!人ばっか!)


少年の目の前には、彼の他にもたくさんの人がいた。

それこそ蟲の如くに(ひしめ)き、(うごめ)く大衆。

そして彼自身も、その有象無象のなかの一欠片にすぎなく……。


「……っとに、なんなんだよ此処!」


碧瞳の少年は思わず叫んでいた。

他に人がいるにもかかわらず、それこそ、人目も憚らず。

その声に反応して、複数人が彼の方を向く。

……が、それはほんの僅かだった。

周りに居る人々も、()()()()()に気をかけていられる状況ではなかった。

誰も彼も、そんな心の余裕はなかったのだ。

誰かが大声で叫んでいても、それを“()()()()()”と認識できてしまうほどに。






「……っ、え?」


唐突に、イクスは声を出した。

一度叫んだ故か一瞬冷静さを取り戻し、周りの音が頭に入ってきたからだ。

唐突に耳を刺す強烈な怪音。


「うっ……うぅ……!」


(何だっ……!?煩いっ……!!)


彼は小さく呻いて、慌てて両手で耳を塞いだ。


(何この叫び声っ……!)


様々な方向から、いくつか聞こえてくる。

自分が先程あげたようなちゃんとした言葉ですらなくて、ただただ叫び声。

悲鳴。奇声。

それがそこらじゅうに満ち溢れているものだから、たまったもんじゃないのだ。

しかし()()は、逆に少年を幾分か冷静にさせた。


(こんな状況()()()()()、落ち着かないと……!)


周りを完全に遮断するかのように手を耳に押し当て、目をぎゅっと深く瞑る。


(落ち着け落ち着け、さぁ落ち着こう。)


碧瞳の少年はそう自分に言い聞かせながら、数回深呼吸をした。

心拍数が下がり、早鐘を打っていた心臓が落ち着いてくる。

そしてゆっくりと耳から手を離すと、煩さに顔を歪めながらも辺りを見回した。


「……!へぇ……。」


(これは驚いた。)


勿論、さっき目覚めた時ほどではないのだけれど。

イクスが確認できる位置にいる人たちは、錯乱している人はいないように見えることに、彼は驚いた。

少なくとも、叫んでいる人は一人もいなかった。


(こんなに煩いのに……。)


周りが“煩い”という事を改めて意識してしまった彼は、もう一度耳に手を当てた。

叫んでいるものなど見渡す限りいないのに、叫び声は聞こえる。

複数の叫び声、しかも全方向から。

それほどまでに沢山の人間が此処にいるのかもしれない。

それこそ、何百、何千と。


そこまで少年の思考が回った時、彼は煩さの正体に気がついた。

一番煩いのは、叫び声ではない。

いつでもそこにあって、無ければ無いでむしろ不安になるもの────。



例えば()()は、学校の朝礼の、教師が教壇に上がる少し前。

はたまた()()は、オフィスビルの食堂の中で。

昼間の保育園、放課後の公園、駅のホーム。

映画のエキストラ、つまらないマジック、バラエティ番組の中。

何時(いつ)にだって其処に居て、何処にだって何時(いつ)も居て。


()()は、“ざわめき”。


(ざわめきが、大きすぎるんだな……。)


普段なら小さくて気にもならないざわめきも、この事態と、この人数と。

色々相まってしまって、とてつもなく煩い。

この騒々しさはそう簡単に消えることはないと判断した少年は、耳に被せた手を一層強く押し当てながら考えた。


(なぜ僕は此処にいる?この人混みの中に、僕の知り合いはいないか?)


視線だけを動かして、探す。

だが、知っている人などそこには誰もいなかった。

そもそも人種も、日本人が見当たらない。

少年が育ち、故郷としている日本の人間。

それが、一人たりとも見当たらなかったのだ。

目に写るのは、ヨーロッパ系、アジア系、アラブ系など様々。

でもアジア系だって、確信を持って日本人ではないと言える風貌の人たちばかり。


(ってか、まじか。)


その場所には、大人も、一人もいなかった。

見渡す限り、皆、十代前半。

少年も含め、そう。皆子供。


(え、なに、集団拉致とか?)


イクスはもう一度混乱せざるを得なかった。

同郷の者がいない心細さ。

大人がいない不安。

しかもそれを感じているのは、どう考えても碧瞳の少年だけではない。

此処にいる誰も“子供”なのだから、頼る者がいない状況で、全くの知らない場所、しかも此処へ来た経路も分からないとくれば、()()なるのが当然だ。


イクスは、もう一度心を落ち着かせるために深呼吸をした。

“深呼吸をしなければならない”というところまで考えられたことが、今となれば幸運だったのだが。

元来少年はあまり動揺しない性格で、それが功を奏して素早く冷静になれたとも言える。

“冷静さを失うのは危険”というのも、理解してる。


(だって誘拐事件とか、煩くしたやつから見せしめに殺されるじゃん!)


なんとも“映画の見過ぎ”と笑われるような感想。

でもこんなイレギュラーなのだ。

そんな考えが頭をよぎるのも無理はなく、それを馬鹿馬鹿しいと笑う奴もいない。

そしてイクス以外にも、そんな不安を持つ者がいたのだろう。

言葉は伝わらずともだんだんと恐怖は伝染し、空気は揺れに揺れた。


「うっ……。」


(気持ち悪いっ……。)


少年はうめいた。

ざわめきのせいではない。

いや無論、そのせいもあったのかもしれないが、それだけのせいではなかった。


(人が多いのは、苦手だ……。)


何人いるのか把握もできないが、齢を同じくする少年少女たちが──別に同じ歳じゃなくたって関係ないけれども──こんなにもたくさんひとところに集まっているのは、控えめに言ってもかなり気分が悪かった。

それに加え、此処がどこだか分からずそこにいる理由さえも分からない。

そう、気が付いたら此処にいた。

普通に誘拐されたのなら、薬を嗅がされたりスタンガンを押し当てられたりなどの記憶があってもいいものだ。

しかし、そんな記憶はなかった。


(夢って線もありえるのかな……。)


つまり、明晰夢のことである。

きちんと、思考ができる状態の夢。

しかし明晰夢は自分で操作することが可能だと聞く。

“此処から出たい”と望みつつも何も変わらないのだから、その可能性も低いのだろう。


(でもな、僕の最後の記憶、中等部の屋上だぞ?)


春休みだからとこっそり忍び込んだ、屋上。

ただそこから先はどうも思い出せない。

つまり、意識を失ったのはその直後だと考えるべきだろう。

()()気味の悪い夢を見たのも……。


「あ、そうじゃん。”気味の悪い夢”から覚めてるんだからこれ夢じゃなくない?」


彼は唐突に思い至った。

“夢から覚める夢”を見るなんて聞いたこともない。

だからこれは夢ではないと、そう判断した。

自分は現実に、このような辺鄙な場所にいるのだと。


そして漸く、彼は人ではなく周りの景色を見渡した。

つまり、壁、床、天井。

かろうじて、壁はすべての方向に見て取れる。

円形で、とてつもなく大きい。

ただ背後にあった壁だけは割と近くにあることから、少年は円の縁の近くにいるのだ。


(どんだけ広いのさ此処……。)


そして壁にかかる燭台と獣の骨、パリのノートルダム大聖堂にあるようなガーゴイル像やキマイラ像のようなものと、不気味なことこの上ない。

そして悪魔やドラゴン、怪物の像のようなものもあるのだから、もはや不気味を通り越して悪趣味だ。

時代も国もバラバラだし、ただ詰め合わせているようにしか見えない。


床は赤と黒の入り混じった模様。

所々見える線は、中心から壁に向かい、放射状に伸びている。

赤と黒の模様は、よく見ると花のように見えなくもない。

血のようにも見えるそれは美しくありながらもおどろおどろしく、こちらもまた、恐ろしい雰囲気を放つ。

光源が壁一面の蝋燭しかないのだから、尚更そうである。

息苦しく踊る炎の影。

風もないのに、冷たく生暖かい空気が走る。

正直、凝視しているだけで気をおかしくしてしまいそうだ。


そして天井。

壁と床の禍々しさとは打って変わり、まるで教会のよう。

蝋燭の炎に照らされてらてらと光るステンドグラスに、高く伸び上がる尖塔。

床のような血の花ではなく、白く美しい花々の絵画。

包み込むように翼を広げる、慈愛の大天使のレリーフ。

そしてその上から、まるで何かを封じ込めるかのように金属の鎖が鋲で打ち込まれている。


────アンバランス。


天井と下のギャップもそうだが、天井だけでもそうだ。

天使に鎖など合うはずもない。

これではまるで…………。


(……まるで、天使を封じ込めているみたいだ。)


床と、壁、つまり地底と地上から迫る悪魔が、天井…………天界の天使を封じ、空へと侵食していっているかのような……。

そんな情景を浮かばせる。

さながらこの建物すべてが、一つの物語となっているかのように。


(こりゃ、誘拐犯はカルト集団?)


この内装が、イクスをそんな考えへと導いた。

すでに“誘拐”は彼の中では決定事項で、そうなるのは致し方ないと言える。



ふいに何か気配を感じて、碧瞳の少年は右を向いた。

彼の目に映ったのは、鳥の羽をあしらった被り物に、獣の骨や石でできた装飾品(アクセサリ)

そして、まるで常に太陽と共にあったかのような褐色の肌。


「え……?インディアン……?」


感じた気配は、「威嚇」。

勿論それはイクスに向けて放たれたものではないが、彼はそれを敏感に感じ取っていたのだった。

それで気付いた。

明らかに“日本語”でも“英語”でもない言語が聞こえてくること。

人種だけ見ても多種多様存在し、言語ともなればそれ以上。

すなわち恐らくだが、全世界、世界中の人間が此処に集められているのだろう。

無論、何が目的でどう選ばれているのかなどは皆目見当もつくはずがないが、何かしらの意思で選択されている事を少年は直感で感じた。

無作為ならば、わざわざ学校の屋上に侵入してる生徒を捕まえることなんかより、街を出歩く市民を一人連れてきた方がよほど簡単だからだ。


(……ま、“選考基準”とか知りたくもないけど。)


大規模な集団拉致をする者の考えなど、知ったところで理解が及ぶはずもない。

ならば、知らないでいた方がまだ気が楽である。

そしてそもそも、誘拐なんかする奴の気がしれない。

そう考えたからだ。



……その時、視界の端に映り込んだものに碧瞳の少年は息を呑んだ。


「っ、あれは……!」

今月中に10万字を目指します。


4888/100000



原文↓↓↓



ハッ……っと、弾かれるように目を覚ました。


「どこだ……ここ…………?」


何故僕はこんな所にいるのだろう。

イクスは戸惑っていた。

なんだか気味の悪い白昼夢から覚めてみれば、周りは全く持って見知らぬ景色だ。

目の前には人が蟲の如くにひしめいていて、僕もその有象無象の中の一人で。

みんな僕と同じ十代前半に見えるけど、大体五百人位だろうか。

少ない人数だと思う奴も居るかもしれないけれども、齢を同じくするであろう少年少女達がこんなにも沢山居るのを見ると、控えめに言ってもかなり気分が悪かった。

僕は人が多いのは苦手なんだ。


そう、齢を同じくする少年少女達、だ。

まあ別にそれが五百人ばかり居たところで、『自分が此処に来る直前の記憶が無い』という事以外はなんの問題も無い。

だが、違和感があるのはこの先だ。


まず、僕がこの場所で目覚める前の最後の記憶は、小学校の卒業式で途切れている。

自慢じゃないけれど受験制の小学校を首席で入学し、そして首席で卒業。

かなりの賛美と注目を浴びたはずだ。

全くもって楽しくはなかったからよく覚えてないけど。

……まあそれはともかく、そこは日本だったはずだった。

なのに此処に居る子供たちの人種は、ざっくり言ってもヨーロッパ系、アジア系、アラブ系。

右斜め前の方で周りに威嚇してる奴なんか、インディアンじゃないかな?

周りから聞こえる会話を聞くに、言語は少なくとも五ヶ国以上。

恐らくは全世界の人間が此処に集められてる。

何が目的でどう選ばれてるかなんて露ほども知らないけど。

って言うか、知る気もない。


その時、視界の端に映りこんだものに息を呑む。


「っ、あれは……!」

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