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第二話・熊を狩ったら少女が現れた




 俺の名前はオーベルユング、悠久の時より転生神に遣える神の一柱だ。俺の役目は上から指名された特定の魂を、その魂が存在する世界の管理神とは別の管理神に渡すことだ。通称運送屋、輸送時にトラックをよく使うためそう呼ばれていた。


 俺は仲間内でもエースと呼ばれるほどに任務に忠実だった。転生させた数などそれこそ星の数以上だ。任務を失敗したことなど無い。湯本麻黄の件も彼をまだ転生させていないので任務継続中だ。


 だが現在、女神様の手違いにより俺自身が転生されてしまった。


 どうやら体の再構成が終わったらしい。軽い準備体操を行い感覚を確かめる。どうやら十七歳の日本人男性の体だ。たぶんこれはターゲットの湯本麻黄に用意されていた素体だろう。


 幸い全裸ではない、学ラン型の学生服を着ている。


 周りを見渡すとそこそこ視界の開けた森のようだ。


 スラックスの右ポケットに紙の感触があるので取り出す。




『ようこそアルズランガルドへ!


 初めまして湯本麻黄さん、私はこの世界の神の一柱、水の神マーブルと言います。


 あなたは一度死に、この八の神が治めるアルズランガルドに転生しました。


 この世界はあなたの世界にあるMMORPGダークローゼンストーリーのもとになった世界です。


 ゲームと同じように様々な種族や魔物がはびこる、地球とは違う危険な世界です。


 危険な世界ですがご存知の通り、この世界には魔法とスキルというものがあり、あなた方人類を助けてくれます。


 ですが気を付けてください、ゲームのもとになったからといってまるっきり一緒なわけではありません。


 ゲームと違いステータスポイントなどありませんし、死んでも復活はしません。


 それで、なぜ麻黄さんを転生させたのかといいますと、ゲームと同じように七つの魔王を倒して世界を救っていただきたいのです。


 魔王を倒す理由は、ゲームで説明されたものと同じです。


 この世界の危機なのです、どうか、どうか麻黄さんの手でこの世界を救っていただきたいのです。


 できますよね? だって麻黄さんはダークローゼンのトップランカーですもんね、できないはずがないです。


 私の方で用意できるのはダークローゼンの初期装備と同じものしかないのですが、麻黄さんは女神ルクスラ様からギフトを授かっていると思います。


 どんなギフトを授かったのかは私にはわかりませんが、ギフトを持っているというのはチートを持っているのと同義ですので最初から最強のはずです。


 麻黄さんがこの世界を救ってくれることを期待しています。


 では健闘を祈ります』




 ふむ、俺には関係ないな。


 読み終わったとたんに光の塵となっていく手紙。大した内容は書かれていなかった。


 どうやらこの世界はターゲットが遊んでいたゲームのもとになった世界で、魔法やスキルといった特殊能力があるらしい。


 しかしゲームと同じといわれたが、俺はそのゲームについて一切を知らない。


 だが神威でターゲットリストから情報を確認することはできる。


「リスト。……リスト。……リスト!」


 リストを開こうとするが、まったく開く気配がない。そういえば女神様が神威をすべて奪ったのだった。ほかにもコールやコーリングといった連絡手段用の神威を試してみるが発動する気配がない。


 これは、この身一つでなんとかするしかないのか。


 諦めて自分の装備を確認する。ターゲットのものと思われる学ラン上下に、腰に下げられた木の棒と麻袋。


 麻袋を開けて中身を確かめる。試験管のようなものに入った緑色の液体が五本、同じく色が青くなっただけのものが五本、固形の携帯食のようなものが三枚、水が入った皮水筒が一つ。


 なんとも心もとない。それに携帯食と水稲はわかるが、緑と青の液体はポーションか何かだろうが怪しすぎる。


 これでどうやって魔王を倒せというのだろうか。


 魔王とは勇者と並ぶ強大な存在だったはず。勇者と違い神へと干渉できる能力を持っており、各世界において特級危険存在とされていたはずだ。


 だが俺には関係が無い。俺の任務は湯本麻黄を転生させることだ。そのためにもまずは神界へ戻らなければならない。


 しかし、どうしたものか。


 今の俺は普通の人族のようで、人族以上の力は出せないだろう。


 しばらく考えてみるが応援も呼べない以上、できることからやっていくしかない。


 とにかく現状を確認するために俺は歩き始めた。


 しかし歩き出して三日、道らしき場所に出る気配がなかった。食料も水も尽き、今は木の皮を咥えて飢えをしのいでいる。


「……これは、獣の匂いか?」


 空腹の体に鞭を打って匂いのする方向へ走り出す。





 二十三度目のパーティー追放、もうこの町に私とパーティーを組んでくれる人はいない。


 今日も日銭を稼ぐために森へ入った。でも一人でできることなど植物の採取くらい、利率の悪い依頼しか受けられないせいで銀行の貯えは風前の灯火。


 飢えで死ぬか、魔物で死ぬか。いつもどちらなのか考えながら生きていたけど、どうやら私は魔物に食べられて死ぬようだ。


 上がった息に血の気が混じってる。切り裂かれた右足の感覚はもうない。


 木の幹に背中を預けて、最後の抵抗にナイフを正面に伸ばした。こんなもの何の意味もないというのに。


 マッドベアがゆっくりとよだれを垂らしながら近づいてくる。料理の匂いを味わうように私の匂いを嗅いでいる。


 とうとう目の前まで来た。臭いよだれが私の胸に垂れる。視界一杯に広がるマッドベアの顔が私の最後の記憶になるのだろう。


「こんな人生……嫌だよ」


 そうつぶやいた瞬間、目の前のマッドベアが消えて森の景色が広がった。


「熊肉! 我食糧確保せり!」


「へ?」


 若い男の声がして右を見ると、マッドベアの喉笛にかみつく奇妙な格好の男がいた。





 転生三日目の昼過ぎ、警戒を解いた熊のような生物を発見。この世界について初めての食料を見つけた。


 腰につけた木の棒を手に取り茂みに潜んで様子をうかがう。どうやら木の幹の間になにかがあり、それに気を取られて警戒を解いている様子。これは好機。


 転生殺人術八番『通り魔』を行う。


 気配と足音を消しながら最大速度で走る。木の棒を腰だめに構えて頭の下がった熊の眼に突き刺し、勢いのまま熊と一緒に転がる。


 暴れる熊を抑えるのに喉笛に噛みつき気管を閉塞させながら、目に突き刺した木の棒をぐりぐりと回し脳まで届かせる。そのまま脳をシェイク。


 熊は痙攣したのちに完全に沈黙した。


「熊肉! 我食料確保セリ!」


 飢えに泣いていた心が歓喜し、自然と雄たけびを上げていた。


 いかん、何事も冷静にだ。まずは加熱処理をしなければ。しまった、解体用のナイフを作らなければ。


「あ、あの!」


 背後から女性の声が聞こえたので振り返る。


「む? 誰だ貴様は、所属を言え」


「え、しょ所属? えっと、レイラの町の冒険者です」


「そうか、私はこれから熊を解体するためにナイフを……貴様、そのナイフをお貸しください」


「うえ? は、はいっ!」


 少女から小ぶりのナイフを受け取る、ダガーナイフだ。欲を言えばシースナイフのようなサバイバルナイフが欲しかったのだが、これでもなんとかなるだろう。


「礼を言う」


 喉元にダガーナイフを突き刺して血抜きを始める。逆さづりにする道具など無いので地面の傾斜を使う。その間に火の準備を始める。


「あの! 助けていただきありがとうございました! 私、ほんとに死ぬかと思って……」


 薪を拾っていると先ほどの女性が話しかけてきた。そういえばこの世界で初めての知的生命体との接触だ。


「ただの通りすがりだ、気にするな。俺の名前は……佐藤秀一郎だ。君の名前を聞かせてもらおう」


 神名を伝えるわけにはいかないので最後に使った偽名を自分の名前にする。


「さとぅーしゅーいろーさん、珍しい名前ですね。私はイルマです、レイラの町の冒険者イルマです。さとぅーしゅーいろーさんはどこかの町の冒険者様ですか?」


「言語体系の違いか、話は通じるが固有言語の変換がなされていない。転生体には変換機が付与されるはずだが、この体は不良品か?」


「どうかしましたか、さとぅーしゅーいろーさん?」


「いや、なんでもない。俺のことはそうだな……シュイロでいい。それと私は冒険者ではない。この世界に来たばかりの……宇宙人とでも言っておこうか」


「うちゅーじん、ですか? 初めて聞きます」


 どうやらこの世界にはまだ宇宙の概念が無いようだ。それにナイフの質から言って、魔法体系中世時点の世界だろうか。となると、あまり情報を渡すわけにはいかない。


「うちゅーじんとはつまり、記憶喪失だ。私は三日前より以前の記憶が無い。記憶喪失の迷子だ。なのでここがどこか、この世界はどんな世界なのかを教えてくれると助かるのだが」




 森の闇の中で焚火を囲みながら熊肉を食べる。


 ここはレイラの町という場所から徒歩半日ほど東にあるアラドの森という場所らしい。アラドの森には主に狼や猿といった獣系の魔物が存在しているそうだ。


「それで一人で森に入って採取を? 無謀なことだ、記憶のない俺でも無謀とわかる」


 イルマのここに来るまでのいきさつを聞いた感想だ。その感想で顔をうつむかせるイルマ。


「仕方ないじゃないですか……じゃなきゃ生活できないんですよ。それにここ何か月かは森の魔物が減って安全になったとお触れが出てたんです。それなのにマッドベアが……本当に私って運が悪い」


 流石熊肉、筋肉質だが噛むたびにうまみが染み出てくる。脂身が少なくすっきりとした味わいがお腹にやさしく食が進む。


「人から聞いた情報を鵜呑みにし、イレギュラーに会い仕方ないという。っふ、それは仕方ないわけではない。最善の手段を取らなかったゆえの過ちだ」


「……私はシュイロさんみたいに強くないし、最善なんてわかんないよ」


「強いか弱いかではない、行動するかしないかだ」


 口についた油を拭って立ち上がる。やはり血の匂いにつられて来たらしい。


「行動したってなにも変わらないよ……だって私は生まれついての疫病神だもん……」


「そうか、ではこれもその厄災のうちの一つか?」


 両手を広げてイルマに周りを見るように促す。


「ワーウルフ! こんなにたくさん!」


「食べ物を落とすな。貴重な食料だぞ」


「そんなこと言ってる場合じゃ……なんでこんなにワーウルフが……やっぱり私は……」


「疫病神、か? 違うな。これは血の匂いにつられてきただけだ。俺達が熊を解体した場所から離れなかった、行動しなかったゆえの襲来だ」


 借りたままのダガーナイフを握ってワーウルフを見る。


「シュイロさん、戦っても無駄よ! こんな数の魔物、もう無理よ……巻き込んでしまって、ごめんなさい」


「イルマ、この現世に理由なき出来事など存在しないのだ。そうである限り、無理という道理のないものなど、存在しない」


 威嚇をする狼を視認、数、十四。問題ないな。


「いいか、行動するか、しないか、現世にはそれ以外にない。よく見ておけ」


 木の棒とは違う鉄の信頼できる感触。これならば問題ないだろう。


「転生殺人術中規模転生二十二番『笑う無差別殺人犯』」




 夜が明ける。無事狼の群れを切り抜けたが、ぬかった。


 ありとあらゆる訓練を乗り越えた神にだけ使える転生殺人術は、人間の体で使用するには厳しいものがあったようだ。


 指一本たりとも動かない。


「おのれ……筋肉痛め」


 昇る朝日を睨んでみても、倒れた体を動かすことはできなかった。






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