第一話・転生させるはずが転生してしまった
「〇七四〇、地球日本国愛知県名古屋に到着、前方二百メートルにターゲットを視認した。これより作戦実行に入る」
『了解、ここのところ激務だそうじゃねえか、転生担当もつらい世の中になったねぇ』
地球内仮称・佐藤秀一郎は五徹明けの仕事に精を出していた。
「問題ない、これが終われば我等の主神殿から神域時間三日の休息時間が頂ける」
『そうかい、よかったな。じゃあ健闘を祈るぜ』
「承知した。通信を終わる」
神界に繋がったトラックの車載無線をもとの位置に戻してアクセルを踏む。
今回のターゲットは湯本麻黄、ネットゲームが趣味の十七歳の高校生だ。現在学校内の不良グループに恐喝およびいじめを受けており、自分の人生に絶望している。生存意識指数は三十と自殺寸前の数値だ。
佐藤の仕事は、彼が乗るトラックでターゲットを轢き殺し、魂を既定の神に渡すことだ。
ターゲットが交差点に足を踏み入れたのを確認、これより突撃する。
佐藤はアクセルを最大に踏んで加速した。同時に転生神実行部隊に渡されているギフトを発動する。トラックを中心に半径五メートルの神域が形成され、このトラックで死んだ者が神域へと転送されるようになる。
しかしその時――
「なにっ! 緊急っ事態!」
ターゲットから五メートル程手前で横から自動車が飛び出してきたのだ。
破砕音と共に運転席のドアがせり出してくる。ドアは佐藤の右足を潰してハンドルを捻じ曲げた。
「失念っしていた! これが名古屋ばし――」
佐藤が最後に目にしたものは目の前に迫った灰色の電柱だった。
かくして佐藤の運転するトラックは名古屋の地に爆発した。
お、俺は……そうか、任務を継続せねば……。
起き上がり周りを確認する。そこは見慣れた白い床と黒い闇が広がる神域だった。
暗闇の空から白い翼の生えた神であろう人物がゆっくりと降りてきた。佐藤はすぐに起立し敬礼のポーズで固まる。
翼人が降り立った。翼人は豊満な女性の肉体を持ちこの世のものとは思えない美しい顔、それに慈母のような微笑みを纏っている。
「お初にお目にかかります! こちらは転生神直属実行部隊第一班、地球仮称・佐藤秀一郎であります!」
「ようこそおいでくださいました湯本様、私はアラスガルドの女神のルクスラともうし……って転生神直属実行部隊ぃぃいい!?」
厚い化粧が崩れるように微笑みが砕け散る。
「はっ、転生神直属実行部隊第一班、神界名称オーベルユングであります」
「う、うそでしょ? だって書類には湯本麻黄っていう地球の高校生が来るはずじゃ……コールっ! 転生神さまー!」
ルクスラがコールを使い手を耳に当てて転生神に連絡を取り始める。
ふむ、どうやらルクスラ様も状況を理解しておられないようだ。
「えええぇぇええええ! うそでしょおおおお! そんなの許されるわけないじゃない! そっちのミスなんだからそっちで何とかしなさいよ! こっちだって初めての転生者だからって五百年前からセリフ練習してスタンバってたのよ! えっちょぇっあっこいつ切りやがった! あー! あー! くっそふざけんじゃないわよ!」
通信が切られたのか顔を鬼の形相にして地団太を踏む女神。それを目にした佐藤の額に汗が流れる。
まずい、このお方は情緒不安定の様子だ。状況を確認したいが正確な情報がもらえるとは思えない。
「あーもう、めんどくさい! あんた! こっちに来て座りなさい! 正座!」
ルクスラの剣幕に押され女神の前に正座する佐藤。
「いーい? あなたはこれから私の部下が管理する世界に転生します。異論は認めません、私が異論を唱えたいです。転生するにあたり好きな能力を付与できません。むしろ奪います、神を現世に送ることはできませんのであなたの神威を奪い普通の人にします」
「女神様、質問があるのですが」
「却下します、認めません。次の世界は魔王が支配しているので頑張って倒してくださいね。それではあなたの神威を奪います」
佐藤の体が地面から湧き出した光に包まれていく。包まれるにつれ佐藤の体が溶けていき、最後には光を放つ小さな玉となった。
玉は何かを訴えるように明滅するが、女神はそれを気にせず片手でつかみ取りサブマリン投法で闇の中へと投げ放った。
「二度と戻ってくんなごるあぁああああああ!」
女神はこぶしを握り叫び散らす。光の玉は光速で闇の中へと消えていった。