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パフェット・スパイダー②

「よし、じゃあ今日も始めっかあ!!」


「おう、よろしく頼む!!」


 今日はグレアとの格闘訓練の日だ。いつものようにお互い向き合って拳を構え、気合いの声をあげて訓練は始まる。


 先手は必ずグレアからだ。これは俺が先手を譲っているわけではなく、単純にスピードで負けているせいである。下手に先手を打とうとするとグレアの先制パンチに吹き飛ばされてしまうことは経験済みだ。手足に付けた魔術具を起動、回避に専念する。


 グレアも俺が回避することは予測しているため、先生パンチを放った勢いそのまま高速の蹴りによる衝撃波を飛ばしてくる。俺はとっさに腰に装着した魔弾発射装置に魔力を流し込み、魔力を弾丸状に撃ち出すことで衝撃波を相殺する。


 これだけ魔力を使えば、以前なら魔力が切れて動けなくなっていたが、今は違う。背中に背負った鞄状の魔術具に溜め込んだ魔界ニンジンの成分を抽出したエキスを、鞄から伸びたホースで直接身体に流し込む。元々少ない魔力は、少しエキスを注入しただけで全回復した。そしてまた手足に付けた魔術具に魔力を流し、グレアの次の攻撃を回避しようとする。


 しかし、グレアは俺の動きをさらに上回る速さで詰め寄り、背中の魔術具を爪で掴み、一気に握り潰した。無残に飛び散る魔界ニンジンのエキス。これでもう魔力は回復できない。やはり、前回これを使って長期戦に持ち込んだので警戒されていたみたいだ。しょうがないので壊れた魔術具の破片を蹴りつけ、一旦グレアから距離をとろうとする。


「させるかよぉ!!」


 グレアは俺が蹴り飛ばした破片など全く気に留めず、俺に腕を伸ばしてくる。いや、比喩でもなんでもなくホントに腕が伸びた。初めて見るグレアの行動に対処出来ず、そのまま胸ぐらを掴まれて頭突きをきめられてしまった。勝負ありだ。


「痛てて⋯⋯。う、腕が伸びるなんて聞いてないんだけれど」


「言ってねぇからな!! これでアタイの99戦99勝だな!! 100勝まであと1つだ!!」


 ガッハッハ!! と豪快に笑うグレアは実に楽しそうだ。負けた俺としては悔しいが、つられて笑顔になる。2人で笑い合いながら先程の戦いの余韻に浸っているところに、突然パフェット様がやって来た。


「2人ともお疲れダナ!! このオレさまが2人のために差し入れを持ってきてやったゾ!! 泣いて喜ベ!!」


「うわ、パフェット様!? な、なんでここに⋯⋯?」


「だからさっき言ったダロ。差し入れダ!! フフフ、『蜘蛛でも分かる恋愛テクニック』に書かれていたこの秘策、『汗を流している彼に甘いモノを差し入れるマネージャー作戦』でお前はオレさまの虜になること間違いなしなのダ!!」


 口に出した時点でそれは秘策じゃない気がする。しかし、得意げに無い胸を張るパフェット様にそれを指摘するのは野暮というものだろう。それに、疲れた身体に甘いモノが良いことは確かだ。ありがたく受け取ることにする。


「わざわざありがとうございます、パフェット様。早速食べてもいいですか?」


「アア! 勿論いいゾ!! このバスケットの中に入ってル!!」


「どれどれ、何持ってきたんだ。アタイにも食わせろよ!! ん、なんだこれ? なんか蠢いて⋯⋯キャーッ!!?」


 パフェット様からバスケットを奪い取ったグレアが、その中身を見て悲鳴を上げた。男勝りなグレアとは思えない可愛らしい悲鳴だ。あのグレアに悲鳴を上げさせるとは、一体バスケットの中には何が入っているのか。その答えは、グレアがバスケットを放り投げ、中身が地面にぶちまけられたことで明らかになった。


「アー!? オレさまが頑張って作った『クロビカリムシの甘露煮』がァーーー!!!?」


 なるほど、グレアが悲鳴を上げるわけだ。クロビカリムシとは、魔界に生息するムシの一種で、名前の通り黒光りする外骨格が特徴的だ。そして、動きや見た目が気持ち悪いせいで、このムシは男女問わず嫌われているのだ。勿論普通は食べるものではない。


「ウウ、折角頑張って作り方から覚えたの二⋯⋯。グレアの馬鹿ァーー!! うわーん!!」


「わ、悪かったって。だから泣くなよ!!」


 ショックからか泣きだしてしまったパフェット様。グレアはそんなパフェット様にどう対応していいか分からず困っている様子だ。そんな2人の様子を横目で見ながら、俺は先程地面に落ちたクロビカリムシの甘露煮を拾い上げ、口の中に放り込んだ。


「うん、初めて食べたけれどなかなかいけますね、これ。パフェット様、差し入れありがとうございます」


「お、お前、それ食べたのか!? 気持ち悪くねぇのか?」


「まあ、俺ゴブリンなんで。基本雑食だからムシ食べることくらい平気なんだよ」


「ふ、フフーン!! まあ、オレさまがわざわざ作ったんだから美味しいのは当たり前ダナ!! だってオレさま可愛いカラな!!」


 これは嘘でもなんでもない。ゴブリン族という種族は、基本雑食で何でも食べるのだ。まあ、ムシを好んで食べることはないが、それでもムシを食べることに抵抗は感じない。


 むしゃむしゃと甘露煮を食べる俺を見てしばらく呆けた顔をしていたパフェット様だったが、俺がお礼を言うと途端に上機嫌になり胸を張った。心なしか嬉しげに頬が上気している気もする。


 パフェット様が泣き止んだことでほっとしたのか、胸をなで下ろすグレア。パフェット様ほどじゃないがグレアも胸はかなり平たいよなー、などとそれを見て思っていると、くぅ~という可愛らしい音が聞こえてきた。音の発生源に顔を向けると、パフェット様が顔を赤くしてお腹を押さえていた。どうやら、さっきの音はパフェット様のお腹が鳴った音らしい。


「よかったら、俺が料理をご馳走しましょうか? さっきの甘露煮のお礼ってことで」


「お、お礼なら仕方ないナ!! 別におなかは空いてないガ、お前の料理を食べてやってもいいゾ!!」


 素直にお腹が鳴ったことを認めないパフェット様の反応が可愛くてつい笑みを漏らしてしまう。何となく、ライブの時に見た熱狂的なファンの気持ちが分かった気がした。


 そして、当たり前のようについてくるグレアも合わせた3人で、俺はククルの家へと向かう。俺の家は小さすぎてお客さんを2人以上座らせるスペースがないからだ。この時間だとククルは研究に熱中していて話しかけても反応しないので、合い鍵を使って扉を開け、キッチンを借りることにする。後で一言断っておけば大丈夫だろう。


「ところでシルバ。お前、料理なんて作れるのか? こう言っちゃ悪いが、普通ゴブリンは料理なんてしねぇだろ」


 じゃあなんでついてきたんだ。まあ、グレアの不安も分からないことはない。ゴブリンは料理をしない。それはクロビカリムシが嫌われ者であることと同様に一般常識だからだ。しかし、今回に限って言えばその不安は杞憂だ。何故なら⋯⋯


「安心しろグレア。四天王になる前の俺の夢は⋯⋯料理人になることだったんだ」


 俺は二カッと不敵な笑みを浮かべ、愛用の包丁を手の上でくるくると回しキッチンへと向かった。


 

 そして、辺りが少し暗くなり始めた頃、パフェット様とグレアが座るテーブルには大量の料理が並んでいた。匂いを嗅ぎつけたククルもいつの間にかテーブルに座っている。皆がナイフとフォークを握りしめうずうずしながらこちらを見ているのを満足げに眺めつつ、俺は最後の一皿をテーブルの上に置いた。


「よし! これでシルバ特製フルコースの完成だ!! 皆、食べていいぞ!!」


 俺がそう言った瞬間、真っ先に皿に手を伸ばしたのはパフェット様だった。うん、涎垂らしながら待ってたもんな。つい夢中になって作りすぎた結果待たせてしまったのは少し反省している。


「な、なんだコレ!? こんな美味いモノは初めて食べたゾ!?」


「マジでクソ美味ぇなこれ。お前、2つ名『”食”のシルバ』に変えた方がいいんじゃねぇの?」


「うーん! いつ食べてもシルバ君の作る料理は美味しいね!!」


 皆が美味しそうに食べている姿を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。特に凄いのは、変身魔術を使って人型になり、6本の手を総動員して貪るように料理を食べているパフェット様だ。あの小さい身体のどこに入るのかという程凄まじいスピードでどんどんテーブルの上の料理が無くなっていく。


 そして、気付けばあんなに大量にあった料理は全て無くなっていた。たった3人(ほぼパフェット様1人)であれを食べきったことは驚きだが、作った側からすれば完食してくれることは素直に嬉しい。俺が満足げに頷いていると、パフェット様がキラキラと瞳を輝かせて俺に詰め寄ってきた。


「なあ、なア!! シルバ、お前、オレさまに毎日料理を作ってくれないカ!? オレさま、これを食べたらもうムシなんて不味いモノ食えナイ!!」


 まさかのプロポーズかと思い一瞬ドキッとしたが、慌てて頭を振って思考を落ち着ける。落ち着け、パフェット様はただ俺の料理が食べたいだけなんだ。この発言に他意など存在しない!!


 しかし、俺が首を振ったことが否定の意味だと思ったのか、途端にパフェット様は悲しげに瞳を潤ませてこちらを見つめてきた。


「だ、ダメなのカ⋯⋯? オレさまに料理を作るのは、迷惑カ⋯⋯?」


「そんなことないです!! 毎日作らせて貰います!!」


 そんな顔をされて断れるはずがない。半ば反射的にそう宣言すると、パフェット様はほっと顔を綻ばせる。


「よ、ヨカッタぁ⋯⋯!! はっ!? べ、別にオレさまは喜んでなんかないからナ!? 可愛いオレさまに毎日料理を作れるんダ!! 感謝しろよナ!!」


 最後の方は顔を真っ赤にしながらそう言うと、パフェット様は逃げるように去って行ってしまった。その後ろ姿をぼーっとしながら見送っていると、呆れたような表情をしたククルと目が合った。


「あーあ、シルバ君、大変なこと約束しちゃったね。あのパフェット様に毎日料理作るとか、ファンの嫉妬が怖いぞ~?」


「⋯⋯え!?」


 そのククルの言葉通り、それから俺は毎日パフェット様のファンに襲われるようになったのだが、パフェット様本人が取りなしてくれたことで何とか事なきを得たのであった。



 

パフェちゃん可愛い。ほら、皆も可愛いって言えよ。


次回、シルバ以外の四天王視点でお届けする閑話的サムシングの予定です。お楽しみに。

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