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『宣誓魔術』

 今日は、ヴィオレッタさんに宣誓魔術を教えて貰う約束をした日だ。事前に言われていた時間より少し早く図書塔を訪れると、ヴィオレッタさんはいつもの最上階の自室ではなく塔の入り口のすぐ側にフードを被った姿で立っていた。

 

 周りの視線を気にした様子でキョロキョロと首を動かしていたヴィオレッタさんだったが、俺の姿を見つけるとほっと息を吐いてからこちらに小さく手を振ってくる。俺も手を振りながら駆け足でヴィオレッタさんへと近づいた。


「ヴィオレッタさんこんにちは。ここに居るなんて珍しいですね」


「こ、こんにちはシルバさん。実は、宣誓魔術を教えるのには私の部屋では少々狭いことにさっき気が付きまして⋯⋯。そこで、今日一日は司書特権で図書塔を貸し切ることにしたんです」


「そ、そうですか⋯⋯」


 確か、この図書塔は一応魔王様管轄の施設じゃなかったっけ? そんな施設を軽い口調で貸し切ったと言うヴィオレッタさんはやはりただ者ではなさそうだ。


「そ、それじゃあ、早速教えて貰ってもよろしいでしょうか」


「はい、分かりました! ⋯⋯あ、でも、その前に1つだけお願い、いいでしょうか?」


「ええ、勿論です」


「今日一日だけで構いません。どうか、私のことを呼び捨てで呼んでくれませんか!?」


 ⋯⋯そういえば、昨日マリー様にそんなことをお願いされた気がする。正直、男っぽい性格のグレアと違ってヴィオレッタさんを呼び捨てにするのは少し照れくさい。しかし、顔だけでなく手の先まで赤く染めたヴィオレッタさんを見ては、断ろうなどと思えるはずもなかった。


「⋯⋯分かりました。ヴィ、ヴィオレッタ! 今日一日よろしく頼みます!!」


「は、はい!! こちらこそよろしくされます!!」


 なんとなく気恥ずかしい雰囲気のまま、誰も居ない図書塔の1階の広間へと2人で向かう。その広間の床には、巨大な魔方陣が書かれており、既に準備万端といった様子であった。


「さて⋯⋯これから宣誓魔術を教えるわけですが、宣誓魔術は通常の魔術と違い、ただ呪文を唱えればよいというものではありません。宣誓魔術を使用するにあたっては、精霊との契約が必要不可欠です。そのため、精霊の声を聞くことの出来るエルフ族だけが宣誓魔術を使えると言われています」


 淡々とした説明口調でそう告げるヴィオレッタさんの表情は、すっかり真剣なものへと変わっている。しかし、ヴィオレッタさんの言うことが正しいなら、ゴブリン族の俺には使えないのではないか? 


 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。ヴィオレッタさんは続けてこう告げた。


「ただ、逆に言えば精霊と契約さえしてしまえばエルフ族以外でも宣誓魔術を使うことは可能です。今からシルバさんには精霊と契約して貰います。契約に必要な手続きは私の方でするのでシルバさんが心配する必要はありません。⋯⋯それではシルバさん。その魔方陣の上に立ってください」


 ヴィオレッタさんの言葉に従って、魔方陣の上に移動する。俺が魔方陣の上に立ったことを確認したヴィオレッタさんは、おもむろにフードを脱ぎ、長い黒髪をバサッと掻き上げた。すると、普段は隠れているヴィオレッタさんの尖った耳が露わになり、少しドキッとしてしまう。ついでに胸も揺れていた。やはりデカい。


「――『宣誓』、我は力を授ける者なり」

 

 ヴィオレッタさんは両手を胸の前に突き出し、静かに詠唱を始めた。宣誓から始まったその詠唱は徐々に力強くなっていき、それに伴うようにしてヴィオレッタさんの周りで風が巻き起こる。


「我の声を聞き、我の声に答えよ。破壊と再生の象徴の紅玉、停滞と秩序の象徴の蒼玉、加速と混沌の象徴の翡翠、守護と親愛の象徴の黒曜。宝玉の名を持つ四大精霊に呼びかける。理により定められた縁を持った精霊よ、彼の前に姿を現し、彼の力となれ!!」


 ヴィオレッタさんが詠唱を唱え終わると同時に、俺の立つ魔方陣が光を放ち始める。思わず目を瞑りそうになるほどの眩い光の中で、俺はその光の中に浮かぶ存在を視た。


 その瞬間、俺の頭に自然と詠唱の言葉が浮かんでいく。俺は、この詠唱が精霊との契約に必要なものだと本能で理解し、その言葉を口にする。


「――『宣誓』。我は、力を求めし者なり。我の血と誠意を持って、我はここに汝との契約を果たす。主語と親愛の象徴の黒曜よ、我に力を」


 いつの間にかヴィオレッタさんに渡されていたナイフで指の先を少し傷つけると、傷口からぷくりと血が膨れあがる。精霊は、俺の指先にそっと口を付けると、その血を舐め取った。


 一瞬、俺の目の前にニッコリと微笑む羽根の生えた小さな少女が見えた気がしたが、まばたきした直後には既に見えなくなっていた。しかし、確かに精霊とのつながりを感じる。俺は、精霊の呼びかけに応えるようにして、初めての宣誓魔術を唱え始めた。


「『宣誓』、我は全てを守る者なり!! 悠久なる大地は全ての生き物に慈愛を与え、大いなる恵みをもたらすモノ。しかし今は我が後ろに立つ者たちだけを守る力を我に授けたまえ!! 森羅万象、大地讃頌!! 絶対不可侵の防壁を我が手に!! 『―利己主義の塊―《プロテクション》』!!!」


 最後はほぼ絶叫だった。力を振り絞って詠唱を唱え終えると、俺の手には半透明の板のようなものがくっついていた。その半透明の板は、俺の念じた通りに形や大きさを変え、また離れた場所に出現させることも出来ることが自然と理解出来た。


 しばらく板を色々な形に変えて遊んでいたが、不意にどっと力が抜けるような感覚に襲われ、その場に崩れ落ちた。いつの間にかあの板も消えて無くなっている。駆け寄ってきたヴィオレッタさんが差し出した液体が入ったコップを手に取ろうとするが、力が入らず落としてしまい、慌てて謝罪する。


「す、すいませんヴィオレッタ。なんか力が入らなくて⋯⋯」


「いきなり長時間宣誓魔術を使用した反動ですね。私もなったことがあるので分かります。少し待ってください。今回復薬を飲ませますから!!」


 どうやって⋯⋯と問いかける間もなく、ヴィオレッタさんの顔が至近距離に迫る。まさかと思った時には、俺はヴィオレッタさんの口移しによって薬を喉の奥まで流し込まれていた。


「んっ⋯⋯! ふはぁっ!! ひとまず、これで体力は回復したはずです。シルバさん、身体は動きますか?」


「か、身体は大丈夫、そうです。そそ、それよりもヴィオレッタ、さん。今、口移し⋯⋯」


 俺がしどろもどろになりながらそう指摘すると、ヴィオレッタさんは何を言われたか分からないとでも言いたげに首をこてんとかしげた。


 しかしその直後、ボンッ! と爆発する音が聞こえそうな程一気に顔を赤く染め上げ、あわあわと視線を泳がせる。両手もわちゃわちゃと激しく動かし、軽くパニック状態になっているように見える。


「え、え!? わわわ、私はさっき一体何を⋯⋯!? いくら儀式に集中してたからって言っても、あんなはしたないことを⋯⋯。もも、申し訳ありませんーー!!!!」


 そして、ヴィオレッタさんはそのまま逃げるようにして図書塔の外に走って行ってしまった。階段を駆け上がる音が聞こえてくるから、自分の部屋に向かっているんだろう。


 1人残された俺は、未だ残る柔らかい唇の感触を思い返ししばらく惚けていたが、パニックになったヴィオレッタさんを見て少しだけ冷静になることが出来た。


「⋯⋯うん。ひとまず、宣誓魔術の取得はうまくいったな。次からは使いすぎに気をつけないと」


 それにしても、『―利己主義の塊―《プロテクション》』とは、随分と変わった魔法だ。防御に使うのが一番良さそうだが、使い方によっては攻撃手段にもなる気がする。結界の強度はまだ分からないが、少なくとも、かなり強力な魔術なのは言うまでもない。


 一日一度の制限はあるが、特訓して使いこなす必要がある。そのためにも、ヴィオレッタさんの力はまた借りなければならないだろう。




 後日、俺は何となく視線を合わせづらいヴィオレッタさんに稽古をつけて欲しいと頼みこんだ。何故か居るマリー様にからかわれたヴィオレッタさんがマリー様を魔術で爆破しかけたりなどハプニングはあったが、そのおかげで気まずい空気も解消され、無事魔術の特訓も出来ることになったのであった。

魔術の詠唱ってやっぱいいよね。


次回、四天王最後の一人、パフェット・スパイダーちゃんの登場です。お楽しみに。

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