グレア・デストロイ①
魔王様から期待していると言われたからには、その期待に応えなければならない。俺は、ドアの外で1人ガッツポーズをして自分に気合いを入れ直した。
⋯⋯ところで、ここからどうやって城の外へ行けばいいのだろうか。来るときはライム様に転移魔術で送られたから帰り方が分からない。魔王城は無駄に広くてどこからどう行けば外へ出られるかすら不明だ。ヤバい、詰んだかもしれない。
『新四天王、魔王城で迷子!』そんな見出しが魔界新聞にでかでかと書かれる未来を想像して青ざめていると、廊下の向こうから誰かがこちらに近づいてくるのに気が付いた。ナイスタイミングだ。あの人に聞いて城の外まで出よう。
「あの、すいません⋯⋯。いきなりですいませんが、城の外へ出るルートを教えてくれませんか?」
「あぁん!? なんで城の中に居るのに外に出れねぇんだよ。巫山戯たこと言ってるとぶっ飛ばすぞ?」
なんか話しかけただけでいきなり罵倒されてしまった。⋯⋯あれ? そういえばこの人、どこかで見た覚えがある気がする。
「それよりよぉ、お前、新しい四天王になったっていうゴブリンを知らねえか? 同じ四天王として挨拶しとかねえとなって思ってなぁ⋯⋯! ん? そういえばお前もゴブリンだな。おい、同じゴブリンなら知ってんだろ? シルバってゴブリンだよ。知ってたら早く案内しろやぶっ飛ばすぞオラぁ!!」
ははは、挨拶とか言いながら拳打ち合わせてるんですけれど。これ絶対挨拶(物理)するつもりだよね?
そして、思い出した。四天王で赤髪の美女といえば、1人しか居ない。それに加え鬼族特有の角と牙。間違いない。この人は、”力”の異名を持つ四天王、グレア・デストロイ様だ。
さて、どうしようかな。ここで正直に自分がシルバですってこと言ったら殴られそうだけれど。しかし、これから四天王としてやっていくならば他の四天王のメンバーとは早めに交流しておく必要がある。俺は、覚悟を決めて自分から名乗り出ることにした。
「えっと⋯⋯シルバなら俺です。今日から四天王になりました。グレア様、これからよろしくおねがいしま」
「はあ!? てめぇみたいな見るからに弱っちい奴が四天王だって!? 魔王様は一体何考えてるんだよ!!」
あ、それならクジで選ばれたみたいですよ~! ⋯⋯などとはとても言える空気ではない。自分が弱っちい見た目なのは自覚しているので何も言い返せずに苦笑いを浮かべていると、怒りの形相のグレア様に胸ぐらを掴まれてしまった。
「おい、何ヘラヘラしてんだよ。ぶっ飛ばすぞコラ。いくら魔王様が決めたことでも、アタイはお前が四天王だなんて認めねぇ!!」
グレア様は、俺の身体を片手だけで軽々と持ち上げ、壁へと投げつける。ろくに抵抗も出来ないまま壁に打ちつけられ、その衝撃で肺の中の空気が一気に押し出された。あまりの痛みに呼吸もままならないまま床に蹲る。そんな俺を見下ろしながら、グレア様はゆっくりとこちらへ近づき、そしてその腕に付けていた籠手を俺目掛け放り投げた。
「決闘だ。3日後、闘技場で正式な決闘をお前に申し込む。お前がもしアタイに勝てば、その時はお前が四天王になることを認めてやる。ただし、お前が負ければ、その時は四天王をやめろ!!」
それだけ言うと、グレア様はこちらを睨み付けながら去って行ってしまった。1人残された俺は、痛む身体を無理矢理グレア様の籠手を拾い上げ、はあ⋯⋯と大きなため息を吐いた。
さて、これからどうしようか。いきなりとんでもない難題にぶち当たってしまった。普通なら、ただのゴブリンが四天王、それも”力”の異名を持つグレア様に勝つなんて無理な話だ。
しかし、ここで諦めてしまっては魔王様の期待を裏切ることになってしまう。グレア様に勝てるビジョンは全く見えないが、自分なりに全力を尽くすことにしよう。
その前に、まずはこの城から出るところからだ。無事に城を出ることが出来たら、アイツのところに向かうことにしよう。
なんと、城を抜け出した頃には既に夜になっていた。あの無駄に広い城内を傷ついた身体で彷徨うのはなかなかの苦行だったのだ。何故か落とし穴などのトラップもあるし、あの城は色々とおかしい気がする。
こんな時間にアイツは起きているだろうか⋯⋯。いや、研究馬鹿なアイツのことだからこの時間でも起きているに違いない。そしてその予想通り、アイツの家にはまだ灯りがついていた。
「おーい、ククル~! お前にちょっと頼みたいことがあるんだけれど、今時間大丈夫か~?」
合い鍵を使ってドアを開けながら、この家の住人へと呼びかける。すると、テケテケという足音と共に、俺の幼なじみのククルは早速その姿を現した。
「ちょっと、今何時だと思ってるのさ! まあ、起きてたし今やってる研究は急ぎのものじゃないから別にいいんだけれど!!」
ぷくっと頬を膨らませながらこちらを見上げるククルの背丈はかなり低い。それもそのはず、彼女は老若男女問わず背の低いことで知られているドワーフ族だからだ。『なんか研究者っぽい服』という彼女の要望により無理矢理作らされた真っ白な作業着の袖は、寸法を測り間違えたせいで余りまくっていて、ククルが動く度にゆらゆらと揺れて見るからに邪魔そうだ。
しかし、彼女は何故かこの服を気に入っているみたいで、しょっちゅうこの作業服を着ている。まあ、無駄に露出の多い服よりは良いと思う。ライム様ほどじゃないけれど、ドワーフ族という種族上の特徴からか無駄に胸は大きいし。
「で~? さっきからおっぱいガン見のえっちなシルバ君は、この可愛い幼なじみに一体どんなようがあってこんな夜中に家にやって来たのかな~?」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべるククル。こいつはいつもこんな感じで俺のことをからかってくるのだ。しかし、数年来の付き合いで今更動じたり怒ったりすることはないので、スルーして早速本題に入ることにする。
「実は、俺四天王に選ばれたんだよ」
「うん、知ってるよ。魔王様が派手に放送してたからね」
「それで、さっき四天王のグレア様に決闘を申し込まれた」
「ん~? ちょっといきなり話が飛びすぎてよく分からないな。もうちょっと詳しく話してくれない?」
そこで、俺は魔王城に行ってからここにやって来るまでに起こった出来事を全てククルに話すことにした。門番に偽物だと思われて怒鳴られ、ライム様に睨まれ、魔王様にはクジで選んだと言われ、そしてグレア様には胸ぐらを掴まれて壁に投げつけられ⋯⋯あれ、こうして振り返ると俺、今日だけでかなり散々な目に遭ってない? 『”運”のシルバ』とは一体⋯⋯?
「ふむふむなるほど~。シルバ君、大変だったんだね~」
「まあ、これから更に大変だと思うけれどな。なんせ、これから3日間でグレア様に勝つ方法を考えなきゃならない」
俺がそう言うと、ククルは驚いた様子で目を大きく見開いた。
「え、シルバ君、本気でグレア様と決闘するつもりなの? ⋯⋯やめといた方がいいって。そもそも、決闘で負けたら四天王辞められるんなら、その方がいいじゃん。ゴブリンが四天王なんて無理だよ。それは、シルバ君が一番分かっているんじゃないの?」
⋯⋯ククルがこう言うのも当然だ。実際、俺だって魔王様から直接言葉を貰う前までは、四天王を辞退しようと思っていた。それに、ククルが俺を見上げる不安そうな視線からは、俺の身を案じてくれているのがよく分かる。
「ごめんククル。俺は、逃げるわけにはいかないんだ。魔王様は、こんな俺に期待してくださっている。その期待を、裏切りたくない。それに、俺自身が自分の可能性ってやつを試したいんだよ。⋯⋯だってさ。ただのゴブリンが四天王になれるなんてこんな幸運、何度生まれ変わったってそうそう訪れるもんじゃないじゃん。俺は、このチャンスを逃したくない。だから、ククル。俺に力を貸してくれ!!」
しかし、俺はククルに頭を下げてそう頼み込む。すると、ククルは心底呆れた、といった様子で大きなため息を吐いた。
「はあ⋯⋯。そういうとこ、昔っから変わらないよね。真面目なところとか、誰かに頼まれたら断れないところとか、約束は絶対に守るところとか。それに、無駄に頑固なところも!! どうせこれ以上止めても無駄だし、分かったよ。協力してあげる」
「ホントか!? ありがとう、ククル!!」
「ただ、条件が1つ。⋯⋯グレア様との決闘が終わったら、私の買い物に付き合うこと。おっけー?」
「ああ、勿論。約束だ」
こうして、俺はグレア様との決闘を前に、最大の助っ人⋯⋯幼なじみであり魔術具の研究の第一人者であるククルの協力を得ることが出来たのであった。
次回、決闘です。この物語は割とハイペースでばんばん進みます。