故郷に錦を飾る
グレアと決闘する時にククルに協力して貰い、買い物に連れて行くことを約束させられた。最近色々と忙しくてなかなか時間が取れずその約束を果たせなかったが、今日は何とか時間を作ることが出来た。
ドアをコンコンとノックして声をかけると、早速テケテケと足音が近づいてくる。前日に連絡はしていたので外出の準備は既に整っていたのだろう。「お待たせ!」と元気よくドアを開けて飛び出してきたククルは、しかしながら俺の姿を見て不満げに頬を膨らませた。
「ちょっと、こんな可愛い幼なじみとデートするのに、おしゃれの1つもしないってのは非常識なんじゃないのかな~?」
「え、俺別にデートのつもりで誘ったわけじゃないんだけれど⋯⋯」
「何言ってるのさ。女の子と二人っきりでお出かけ。しかもそれが可愛い幼なじみだよ? こんなのデート以外の何物でもないでしょ」
そう言われると、確かにそんな気がしてくる。まあ、俺としてもククルとデートできるのは素直に嬉しい。ただ、ククルの服装もいつもと同じ袖が余った白衣なのが納得いかない。俺がそれを指摘すると、「私はこれが勝負服だから問題ないの!」と言われてしまった。ううむ、解せぬ。
「それで、気の利かないシルバ君は私をどこに連れて行ってくれるのかな~?」
「うーん、そうだなぁ⋯⋯」
本当は、近場の市場で買い物だけしようと思っていたのだが、デートならそれはダメだろう。そこで、俺は覚悟を決め、ある場所にククルを連れて行くことを決めた。
「よし! それじゃあ、少し足を伸ばして⋯⋯人間界まで行こうか」
「シルバ君!? それってもしかして⋯⋯」
どうやら、『人間界』に行くと言っただけでククルには俺の意図が伝わったようだ。俺は、自らの決意をはっきりと伝えるため、改めてククルの顔を正面から見つめ、こう告げた。
「ああ。デートなら、あそこが一番良い。過去のしがらみを精算するいい機会だ。⋯⋯行こう、俺たちの故郷に」
〇〇〇〇〇
足を伸ばすと言っても、魔界から人間界まで、しかも魔王城のあるこの周辺からだとかなりの距離があるので、徒歩で行くわけではない。クルルが作った転移用の魔術具を使えば、一度行ったことがある場所ならどこにでも行くことが出来る。目的地は俺たちが元々住んでいた場所なので問題なく行くことが出来た。
⋯⋯いや、住んでいたという表現はおかしいかもしれない。ここには、俺たちの居場所なんか存在しなかった。
何故なら、俺たちは昔、人間族の奴隷だったからだ。
「懐かしいね⋯⋯。ほら、あそこの広場。私とシルバ君が初めて会った場所だよ」
「はは、ホントだな。今でもあの時のククルの顔を思い出せるよ」
俺たちの故郷は、山の中にある小さな村だ。その村から少し離れた丘の上に、俺たちは2人並んで座り、思い出話に花を咲かせていた。
ふと、ククルが俺の肩に頭を乗せてくる。ククルは普段あまりこういうことをしないから少し驚いたが、その頬が少し赤くなっていることに気付き、俺はそっとその頭を撫でた。若草色の髪の毛は、サラサラとしててとても手触りがいい。ふにゃっと顔を綻ばせるククルを見ていると、俺の胸の奥もぽかぽかと温かくなってくる。
初めて会った時のククルは、今のように感情を表に出すことはなかった。森の中で群れとはぐれ、1人彷徨っていたところを人間の罠にかかって捕まってしまった俺。そのまま村まで乱暴に連れて行かれた俺を、その時既に奴隷だったククルは檻の中からじっと見つめていた。
その瞳には全く感情が宿っておらず、まるで死んでいるみたいだと思った。それが、俺とククルの出会いだ。
俺が奴隷として働かされていた人間の村は、山奥ということもあってかなり小さかった。それでも、100人くらいは居たと思う。今日数えてみたら108人居たから、あれからそんなに数は変わっていないみたいだ。
小さい村でも、100人居たらそれだけの食料が居る。そして、ここの人間たちは、食料を得るための狩りや農業を、奴隷にした魔族にさせていた。俺が居た時、村に捕まっていた魔族は俺とククルを合わせてたった5人。戦闘力のない俺は農業をさせられ、ククルは狩りや農業に使うための道具を夜通し作らされていた。
当然、5人の魔族で100人の人間たちの食料を補えるわけがない。少し考えたら分かりそうなことだが、人間たちは暴力で俺たちを支配し、無理矢理働かせることで採算を取ろうとしていた。少しでも休もうものなら、ムチで叩かれ罵声を浴びせられる。そんな日々を送っていたら、死んだような目にもなるはずだ。
しかし、俺はたぶん他の魔族に比べて鈍感だったんだろう。奴隷にされてしばらく経ち、ムチの痕が全身に刻まれ、傷が痛まない日がない頃になっても、まだ逃げ出す希望を捨てていなかった。そして毎晩のように、同じゴミ捨て場を寝床に当てられていたククルに脱出計画を語っていたのだ。
最初の内は俺が何度話しかけても全く反応しなかったククルだったが、それでも当時の俺がめげずに話しかけ続けたのは、ククルが自分と同年代だったということ、そして話し相手がいなければ心が折れてしまうという不安があったからかもしれない。
ただ、何度話しかけても全く反応がないので、むっとした俺は相手が女の子ということも忘れて顔を殴ったのだった。すると、流石に痛かったのか、ククルは俺を睨み付け、鋭い右ストレートをお返しに放ってきた。俺は一発でダウンした。
目を覚ました俺は、心配そうにこちらを見下ろすククルと目が合った。ククルは俺が目を覚ましたことに気付くと、ほっと息を吐き、「⋯⋯大丈夫?」と声をかけてくれた。それが、俺の初めて聞いたククルの声だ。
それから、少しずつだが、ククルは俺が話しかけたら答えてくれるようになった。それまで群れの中でも同年代の友達が居なかった俺は、奴隷という身分も忘れ、初めて出来た友達との会話を精一杯楽しんだモノだ。
まあ、朝になると人間に無理矢理畑に引っ張られ鍬を持たされるので、ククルと居られる時間は夜の少しの時間だけだったが、その少しの時間が俺にとっては最高の幸せだった。聞いたことはないが、ククルも同じ気持ちだったんじゃないだろうか。そうだったら嬉しい。
そんな、苦しい中でも些細な幸せを頼りに必死に生きてきた日々は、唐突に終わりを迎えた。それは、村人の1人の日の不始末から起きた火事が原因だった。流石に自分の家が燃えてしまうとなれば、人間たちも必死になって自分たちの手で火を消そうとする。慌ただしく駆け回る村人たちの様子を見て、俺は確信した。これは、この村から逃げる最大のチャンスだと。
逃げようと決意した時、ククルを置いていく選択肢はなかった。俺が「逃げよう!」と言ってククルに手を伸ばすと、ククルは躊躇いながらも俺の手を取ってくれた。
後から聞いた話だと、ククルはもし失敗したら殺されてしまうかもしれないという恐怖が心の中にあったみたいだ。その時のククルの手は、確かに震えていた。
俺は、震えるククルの手を力強く握り、走った。ポケットの中にはこんな時のためにこっそりくすねていたニンジンがあるから食料は心配ないと信じ、とにかく走って走って、走りまくった。
どれくらい走っただろうか。俺もククルも足は血だらけ、走る途中で身体のあちこちに擦り傷も出来ていた。それでも、俺たちは無事村人の誰にも見つからず村から逃げ出すことに成功した。火事があったとはいえ、これは奇跡に近い出来事だった。
それからは、森の中を2人で力を合わせて生き抜きながらゆっくりと進んで行き、その道中で魔界に戻る途中だった軍隊に保護され、俺たちは無事魔界に行き着いた。
本当に、色々な奇跡が重なって、俺とククルは今ここに居るのだと思う。そう考えると、”運”という俺の2つ名もあながち的外れじゃないのかもしれない。
そんなことを、俺は今ククルと一緒に、かつて居た村を見下ろしながら考えていた。眼下に広がる俺たちの故郷は、命からがら逃げ出したあの日と同じように、真っ赤に燃えさかっている。ただ、火を消そうと慌てて駆け回る人間たちの姿はない。それはそうだ。
何故なら、村人たちはさっき俺とククルの2人で殺したから。
「⋯⋯ねえシルバ君、あったかいね」
「ああ、そうだな。とてもあったかい」
肩に寄りかかるククルの体温は、いつもよりも高い気がする。そっと背中に腕を回すと、心臓もバクバクと激しく音を立てていた。ククルは興奮しているのだろうか。ククルが興奮しているくらいなら、きっと俺も興奮しているんだろう。顔が熱いのは、村が燃えているせいだけじゃないはずだ。
俺たちは、どちらかともなく、そっと顔を寄せ合い、唇を重ねた。初めてのキスの味はとても熱く、そして少しだけ血の味がした。⋯⋯さっき人間を殺した時付いた血、拭いておけばよかったな。
「なあ、ククル。俺と、これからもずっと一緒に居てくれないか?」
長い長いキスが終わった後、俺は真っ直ぐにククルの瞳を見つめ、思いを告げた。過去のしがらみも自分たちの手で消し去った今、躊躇いは全く無かった。ククルは、一瞬大きく目を見開いたが、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせ、小さく頷いた。
「うん、こちらこそよろしく。一生大事にしてね? 私を救ってくれた、幸運の王子様」
火が消えたことを確認すると、俺たちは再び村に足を運んだ。火が消えた後も、あちこちに血が飛び散り、地面も赤く染まっている。その赤く染まった道の上を、2人で一緒に歩く。まるで、今の俺たちを祝福しているみたいだと思った。
俺は確かにひ弱なゴブリンだが、周りの人達のおかげで、だいぶ強くなれた気がする。少なくとも、武術の心得のない人間たちを殺すくらいなら、今の俺とクルルの力を合わせれば楽な作業だった。
「そうだ、確かこの辺に⋯⋯あった!!」
俺は、一旦ククルから手を離すと、焼け焦げた家の1つに入り込む。確かここには、妊婦が居たはず。夫らしき人間が泣きながら妻には手を出すなと叫んでいたので覚えていたのだ。約束通り、手は出さずに火を点けるだけにしたが、果たして死体は焼け残っているだろうか。
そして、幸運なことに死体は残っていた。探していたモノもちゃんと指にはめている。なかなか抜けなかったので指を切り落とし、やっとのことで取り出したソレを、俺はククルに差し出した。
「はい、これ。ちょっぴり肉が残っているけれど⋯⋯。人間は結婚するとき指輪を贈るみたいだから、俺も真似したかったんだ」
「ふふ、シルバ君。それさっきまで人間がはめてた奴でしょ? やっぱり非常識だよね。女の子にプレゼントするなら、もっとちゃんとしたのを贈らないと~!!」
文句を言いつつも、ククルは嬉しそうに笑っている。そんなククルを見て、俺も笑顔になる。2人の笑い声は、いつまでも故郷の村に響き渡っていた。
――魔界に戻った俺が、半壊した自宅を見て言葉を失うのは、また別の話。
血のヴァージンロードで2人は簡易的な結婚式を挙げました。
次回、シルバが部下を持ちます。




