不幸体質
救われない話を考えてて、ふと思いついた話です。
「こんなはずじゃ、なかったんだ。」
マサルが今日も、酒を飲んでくだをまいている。
マサルの夢は、海外を渡り歩くルポライターになることで、本当なら今頃は、満天の星空の下、見知らぬ世界を渡り歩いていたはずだったんだそうだ。
「なにいってんだよ、いまさら。きれいな嫁さんと、子供が二人もいるんだろ? いつまでも夢みたいなこといってないで、現実の幸福かみしめとけよ」
誰かが笑いながら、マサルにそう説教する。そういわれたマサルは少しだけ拗ねた様子で「いや、お前ならわかるだろ?」とすがるように俺に話しかけてくる。
いや、知ってるけどね? 海外に行く準備ができたと仲間内で自慢したときに、今の奥さんからずっと好きだったのと迫られて抱いて子どもができて?結局、全部おじゃんになって普通に就職して籍入れたとか、俺もなんやかんやで巻き込まれて、くそめんどくさかった、まあアレね?
心の中で毒づきながら、「さあ、幸せなんじゃね?」と投げやりにマサルを受け流すと「くそう、おれの味方は誰もいないのかよ!」とマサルがウソ泣きして、場が笑いで盛り上がる。
しこたま仲間内で楽しんだ後、結局、飲みすぎて酔いつぶれたマサルを任されて、俺はマサルの家のチャイムを鳴らした。
「すまん。酔いつぶした。」
出てきた奥さんにそう謝ると、奥さんは大きくため息をついて苦笑いをよこす。
「まあ、久々にみんなに会うって、はしゃいでたしね。そんな気はしてたから、諦めてた。」
「そうだと助かる。」
あまり怒ってなさそうなその様子に、激怒されたらどうしようと少しだけ不安を抱いていた俺はこっそりと胸をなでおろす。
「まあ、そうね。水無月くんも相変わらず不幸体質みたいだから、それが見れただけでもよかったわ。」
「不幸体質って……。」
「あら、苦労性のほうがよかった? 面倒ごとばかり押し付けられるその性格は変わらないのね、って言いたかっただけなんだけど。」
「相変わらず口が悪いな。」
「おかげさまで。」とくすくす笑う奥さんに「でもまあ、幸せそうでよかったよ」と俺は小さくため息を返す。
「みんなも会いたがってたけど、二人目がおなかにいるんだっけ? おめでとう。」
「ありがとう。次は女の子がいいんだけど。」
幸せそうにおなかを撫でるその姿に、なんだ、結局マサルも幸せなんじゃないか、と安心したのと同時に、がっかりしている自分がいた。
帰りに見上げた空は当たり前に、マンションの光に阻まれて星なんて見えなくて、でも、見えないことだって悪いことじゃないと俺は思う。
マサルは確かに、満天の星空の下を歩きたかったのかもしれないけど、俺は家の明かりをともす一員でいたかった。
こんなはずじゃなかった、とマサルは言うけど、こんなはずじゃなかったのは、俺だっておんなじだった。
自分がずっと好きだった女の子は親友のことが好きで、それを知ったのは子どもができたからどうしたらよいかと親友から相談を受けた時で、驚いたしショックだったけどそれ以上にどうしようもなくて、二人がうまくいくようにしか奔走することしかできないとか、なにそれ、俺マジ不幸。
わかってる。
マサルだって口ではああいってるけど、今の幸せを手放す気なんてさらさらなくて、酔っぱらったときにこぼれ出る、ほんの少しの未練に過ぎない。
……じゃなきゃ、二人目なんて作ろうなんて思わないだろう?
でも、マサルのことは憎めないけど、こんなはずじゃなかったといわれると、行き場のない思いに襲われる。
マサルがこんなはずじゃなかったと後悔するのなら、俺のこの思いは、一体何のためにあるのだろう。
いっそみんな不幸であればよかったのに、と時々願う俺がいて、全部含めて、俺は俺が嫌いだと思った。