第二十話 バニラクレープ
孤児院に帰宅したわたしは、出店に関する懸念をマリアさんに相談していた。
「もしかしたら、繁盛しすぎて子供たちだけで捌けない懸念があるのですよ」
「味は良いですし、胡椒とニンニクでしたか? 食欲をそそる匂いがしますものね」
ステーキの味を思い出したのか、マリアは至福の表情で頷きながら賛同する。
確かに食文化レベルが低いこの街では、あの匂いに釣られる人も多そうだ。
「数日はわたしも手伝いますが、人手が足りないですよね……。マリアさんは孤児院の管理をしてますし、子供たちも畑の管理がありますので、懸念したとおりに捌けなくなったら冒険者ギルドで人を雇うことも検討ですかね」
お金を稼ぐために始めるけど、繁盛して捌けないよりも人を雇って回した方が良いはずだ。それに、冒険者ギルドへ求人を出せば変な人は寄越さないだろう。
わたしの意見にマリアも「人を雇うほどに繁盛したら問題はないですわ」と同意してくれたので、次にステーキの提供方法について相談する。
「料理の提供方法についてですが、肉の量は握りこぶし程で、お持ち帰りする方には串に刺して出そうと考えています」
「ステーキは熱いから手で持てないですからね。でも、串はどうしますの?」
「わたしの方で用意しますけど、今後は子供たちか工房へ依頼するかですね。」
職人魔法を使えば串の作製はすぐできちゃうし、材料もストレージに沢山あるので問題はない。補足として、最初は開店祝いとしてのサービスとして無料提供して、その後は串代を取れば良いと伝えた。
「では、フレンチフライはどうしますの?」
「高温の油を使うので、出店では売りださない予定です。わたしが居ない時に火傷でもしたら嫌ですもの」
わたしとしては揚げ物料理も提供したいが、安全第一だ。フレンチフライを提供するためには、何かの拍子で揚げ鍋が倒れないように屋台へ固定されるように改良を施したり、固いジャガイモを均一にカットするためにポテトカッターを作製する必要がある。
「子供たちの身を考えて下さり、感謝致しますわ」
「最後に値段ですが、市場にない胡椒を使いますので大銅貨2枚で売ります」
「希少価値で値段を上げてみるのもよろしくては?」
マリアが言うことも理解できるけど、希少価値で値段を釣り上げたくはないし、農地にある胡椒を収穫できるようになれば、有り余る量になるから問題ない。
「わたしとしては余った胡椒を市場へ普及させたい思いもあります。それに、値段が高いと大勢の人に食べてもらえないですから」
「お金を稼ぐだけではなく、胡椒の普及まで考えておられたのですね」
わたしが「美味しい物を食べたいだけですよ」と言えば、マリアは「わたしもです」と、笑いながら答えてくれた。
出店に関しての話が終えたわたしは、カミアの様子を見に子供部屋まできていた。
魔法使ったことで傷跡も残っていないが、未だに目覚める気配がない。カミアの寝顔は穏やかで、すぅーすぅーと平穏な様子で眠ったままである。
……寝顔を見る限り悪夢は見てなさそうね。
魔物に襲われたストレスから悪夢を見てなさそうで安堵する。
「もう。早く起きないと美味しい料理を食べられないよ」
わたしがそう呟くと、カミラの鼻がひくひくと動く。
……反応した!?
ストレージからバニラオイルで香りづけした生クリームに、スライスしたフルーツを乗せて包んだクレープを取り出してカミラの鼻へ近づければ、カミラの鼻がよりひくひく動いたと思えば、クレープへかぶりついた。寝たままクレープを食べた姿を見て、思わず笑ってしまう。
「他にも美味しい物が沢山あるんだよ。早く起きないと食べられないね」
そう言うなりカミラは眉間に皺を寄せた。すでに起きたのではないかと、わたしはカミラを覗きながら頬をつんつんと突っつく。
「起きないとカミラのご飯は用意されないよ」
「食べるよー!」
カミアは大きな声を上げながら、ガバッと勢いよく起き上がり、危うくわたしの額と、ぶつかりそうになった。
目覚める頃合いだったのか、食意地が張っているのかと、わたしは笑いながら「おはよう」と声をかければ、カミアは辺りを見渡してから目を丸くしてキョトンとする。
「どうしたの?」
「わたし、雑草を抜いていたら、魔物に襲われて…。あれ?」
どうやら魔物に襲われた時の記憶が残っていて、なぜ、孤児院に居るのか分からないようだ。
「畑を荒らす魔物は、わたしが退治しておいたよ」
「えっ。沢山の魔物がいたよ? あっ、皆は無事!?」
カミアは子供部屋の中に、自分しか居ないことで目を潤ませて確認してきた。
わたしはカミアを抱擁して、背中をポンポンと軽く叩きながら「マリ、リア、ゲルト、レオン、皆無事だよ」と、伝える。
カミアは、襲われた時の恐怖や、皆が無事だったことの安堵感で号泣ながら、わたしを強く抱きしめながら「サキ姉ちゃん。ありがとう」と、繰り返し言う。
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