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竜宮の馬?

作者: じょう44

「はーい、はじめるよ〜!今日のお話は『竜宮の馬』です。むかーし、むかし、あるところにおじいさんがいました。ある日、浜辺を歩いていると、子どもたちが亀をいじめていました……」

「知ってるー!カメ助けるんでしょー?」

「あたしも知ってるー!カメが竜宮城に連れてってくれるんでしょー!」

「ウラシマタロウでしょー!」

「えーっ?!ウラシマタロウは、最後におじいさんになるんだよっ!最初からおじいさんじゃ、変だよーっ!」

「へーん!」

 浦島太郎じゃないってば。竜宮の馬って言ってんのに……まったく、ここの子ども達って……。

「おじいさんは亀を助けて海に帰してあげるけど、竜宮城には行きません!竜宮城からの使いがおじいさんのとこにお礼に来ます!」

「なんでー?」

「なんでー?」

「乙姫さまはぁ?」

「乙姫さま本人は来ません!偉いからっ!お使いが、来・ま・し・たっ!」

 わたしはそう言って、目の前にいた一番のヤンチャ小僧を押さえ込んだ。けど、それが合図になっちゃったみたい。子ども達はきゃあきゃあ言いながら、一斉にわたしに飛びかかって来た。スカート履いて来なくて良かった……カーペットの上に押し倒されたわたしの上に、子ども達が子猫のように次々乗ってくる。ひじを伸ばして絵本を上に上げると、みんなが覗き込んで来る。

「お使いは、亀を助けてくれたお礼にって、おじいさんに小さな小さな馬をくれました……」

「お姉ちゃんは大きいよねー?」

「大きい、大きい!」

「大姫ちゃーん!」

「うるさいっ!わたしの名前は『小姫』ですっ!……ともかく、竜宮城からもらった馬は不思議な馬で、毎日お茶碗一杯のご飯をやると、小さな金の粒を産むのでした……」

「なんでー?金のつぶ?」

「金の卵じゃないのー?」

「馬は卵うまないよーっ!」

「竜宮城の馬だから特別なんだよー!」

 わたしの体を挟んで、子ども達が言い合いをしている。もちろん、ちょっかい出し合いながら。わたしの体もぐらぐら揺れる。絵本をキープするのも難しい。めげずに読み続けようとしたら、チャイムが鳴って、図書館員の方がキッズルームに入って来た。

「もう帰りの時間ですよ。お姉さんにごあいさつしましょうね?」

「はーい!大姫ちゃん、ありがとうございました!」

 子ども達は声をそろえてそう言うと、ペコリペコリと頭を下げて、ばらばらと部屋からかけ出て行った。

「小姫です……!」

 独り残されたわたしは、ゆっくり立ち上がり、図書館の方々に挨拶してから絵本を借りて外に出た。読み聞かせサークルの活動で、週一回、ここで子ども達相手に読み聞かせをしてるけど、毎回じゃれついてくるので、一冊読み終えられることは滅多にない。今日読むつもりだったお話は、このあとどうなるんだっけ?隣の意地悪じいさんが出て来るんだよね?馬を取り上げに。いろいろ意地悪されるけど、意地悪じいさんにはバチが当たって、優しいおじいさんは幸せになるんだよね?昔話あるある的に。まぁ、亀がいじめられてたら、とりあえず助けるのが日本では鉄則だよね?

「って、こういう亀って海亀だよね?いないよね、ふつー。」

思わず独り言。早く帰って課題やんなきゃっ!



 帰り道、小学生達が輪になっていた。一匹の亀を虐めていた。

「かわいそうだよ、やめな!」

 思わず、割って入ってしまった。突然の行動に自分でもびっくりしていると、リーダーと思しき子どもの台詞に打ちのめされた。

「うっせー!じじぃっ!」

 俺、今年大学生になったばかりだぞ?じじぃって……。

「じじぃっ!じじぃっ!」

 ガキ共が亀から離れて、俺の周りを囃し立てて回り出した。耳まで熱くなるのがわかったけど、ガキ相手に取り乱すのもみっともない。とにかく亀を助けようと近づいたが、あとちょっとで掴めるというとこで、一人の子どもが亀を蹴り飛ばした。俺はバランスを崩して地面に手をついた。

「うわっ、だっせっ!」

「だっせ、じじぃ!」

 ガキ共の罵声を背に、飛ばされた亀を拾い上げた。頭も手足も完全に引っ込めている。イシガメかな?アカミミガメだったらどうしよう……でも、生きてんだからかわいそうだよな。俺は亀を手に、来た道を引き返し、大学に戻った。ガキ共は追いかけて来なかった。

 校内には池があった。池のほとりの草むらに、亀をそっと隠した。

「ここなら、悪ガキ共も来ないよ。もう捕まんなよ〜!」

遅くなっちゃったな。今日は早く帰って、課題やんなきゃなんないのに。

「おっ、山田見っけ!飯喰ってこうぜ!お前の奢りで!」

 高橋だ。厄介なのに見つかった。

「なんだよ、俺の奢りって!」

「いいだろ?今日の演習で褒められてたじゃん?幸せ分け合おうぜっ!」

「意味わかんないから……。」

「山田ってデザイン科にいるのが不思議な位ダセ〜のに、デッサンはうまいのな?調子に乗んなよ、本番はこれからだっ!そういや女子で褒められてた小姫も笑えるよな?あのデカさじゃあ、巨姫だよなぁ!ともかく、俺を馬鹿にすんな。飯行くぞ。」

「……まじ、意味不明なんだけど。」

 でも結局高橋に押し切られ、夕飯にラーメンを奢らされた。親元離れてる俺より、自宅生のあいつの方がリッチだと思うんだけどなぁ。次の仕送りまで、こっちは節約生活だよ……。



 翌朝、休講通知が来て、突然一日フリーになった。なんか嬉しくて、とりあえず外出しようとしたら、玄関ドアがなにかに当たった。段ボール箱だった。中には、一匹の動物が入っていた。ハムスターか?でも,なんか違う気も。ウサギにしては耳が短いし。片手にギリギリ乗る位の大きさ。目がクリッとかわいいけど……なに、これ?とりあえず、箱ごとうちの中に入れた。

 写メアップして、ネット住民に質問。

「教えてください!玄関前に捨てられてました。なんて動物ですか?」

 五分後、最初のレスがあった。

−− モルモットのようですね

 それから、何人かの書き込みが続いた。

−− モルモットでしょう

−− モルモット。イングリッシュ種。子どものようだけど、大きさは?

 自分の手も一緒に写した写真を再投稿。

−− 推定生後1ヶ月かな?どうするんですか?

「モルモットですか。皆さん、ありがとうございます。実験に使うネズミの仲間ですよね?」

 いろんな反応が返って来た。

−− そうそう、げっ歯類

−− ふれ合い動物園に欠かせない

−− ペットにもなるよ〜

−− 鳴くよね

−− ネズミの仲間ではありません。遺伝的には、牛や馬に近い動物。Natureに論文あり

−− 鳴く。餌ねだって、大声で鳴く

−− ネズミじゃありませんから!よく見てください。目も横についてるし、ネズミみたいに前足の指は物をつかむようにできてません。指の数は、馬の祖先と同じです!

−− うちのモル、レタス包んでるの外す音聞くと、大声で鳴くから、おちおちサラダも作れません(涙

 そうだ、なんか食べ物やらなきゃなぁ。

「餌はなにをやればいいのですか?」

−− モルモットフード

−− 野菜。草食動物

−− 野菜、菜っ葉類ものすごく食べるで

−− スーパーとかで捨てられるキャベツの外葉とかよくもらってる。人間には固すぎな、緑の部分好きみたい

 外葉もらう作戦、採用。スーパーに行こうとしたが、途中に八百屋があることに気づいた。



 八百屋の店先には、小さなおばあさんがチョコンと座っていた。優しそうな人に見えた。モルモットにやりたいので、捨てる外葉をもらえないか、と勇気を出して聞いてみた。

「あぁ、モルモットね。うちも孫が飼ったことあるね。学生さんかい?」

 そこの大学の一年で、近所にアパート借りて住んでると、自分でも驚くくらい話してしまった。話し過ぎと思われたかもと急に俺は黙ってしまったけど、おばあさんはニコニコしながらこう言った。

「うちの孫も今年入学したんだよ。あんたは親元離れて大変だね、モルモットは大食いだしね。いつでもうちに外葉取りにおいで。遠慮せずにね。」

そう言うとビニール袋にキャベツの外葉を入れ、俺に渡した。そして、みかんを一つ、手に握らせてくれた。戸惑う俺に、おばあさんはまた笑顔を見せた。

「いいんだよ。足りてないだろ?ビタミンC。」

 俺は、精一杯深々とお辞儀をして、走って家に帰った。

 モルモットは、キャベツの外葉を一心不乱に食べた。俺も、もらったみかんを食べた。小さいけど、とても甘いみかんだった。部屋に、さわやかな香りが充満した。すると、モルモットがキィキィ鳴き出した。

 試しにみかんの皮をやってみると、またモルモットは一心不乱に食べた。確かに、八百屋のばあちゃんが言うように、こいつは大食漢かも……。でも、食べてる姿はなかなかかわいかった。



 雄らしいので、モル雄と名付けた。モル雄のおかげで、生活がちょっと変わった。

 親元離れての生活は、自由で気楽だったけど、やっぱりちょっと寂しくもあった。でも、モル雄が来てから、帰ればモル雄がいるわけで。世話は面倒だけど、キィキィ鳴いて餌をねだられると,かわいいと思ってしまう。

 そう、鳴くんだよな。冷蔵庫開けて、野菜室のカゴを引くと、鳴く。冷蔵庫を開けただけじゃ、鳴かない。賢いぞ。

 ネズミじゃなくて馬に近いとか力説してた住人いたなぁ?指がどうのこうの、言ってたな。モル雄の前足を見てみた。短い脚を踏ん張って立ってるみたい。4本の指を開いてる。

 指を触ったら、触った俺の指を踏んづけてきた。結構重い。体重かけてる感じ。踏まれた指を抜いて、またモル雄の指を触った。すると、また俺の指を踏んづけてきた。面白かったからくり返しだが、4回以上はやってくんなかった。飽きっぽいのか?

 モル雄の餌、八百屋のばあちゃんに甘えてばかりじゃ悪いと思って、スーパーでキャベツ買ってやったら、食べなかった。頭に来つつ、自分でそのキャベツかじってみたら、なんか味がなかった。ばあちゃんのくれたキャベツは外葉だったから味見しなかったけど、きれいな濃い緑色だったから、味も濃かったのかも。とにかく、モル雄はスーパーの野菜食べないから、結局ばあちゃんの好意に甘えることになった。

「だから、遠慮しなくていいって言ったろ?」

 八百屋のばあちゃんに事の顛末を話したら、笑われた。

「あんたは、きっと躾が厳しいお家で育ったんだろね?ご両親は立派な方々だろうね。『甘えちゃいけない』って、思ってるだろ?」

「うちの親が立派かはわからないけど、自分はたしかに甘えるのは下手かなぁ……。」

「人に頼ることすべてが『甘え』じゃあ、ないよ。とにかく、あんたにあげてんのは、うちじゃあ捨てるもんだもの。気にしなくて、いいんだよ。」

 そう言うと、ばあちゃんは今日はレタスの外葉をビニール袋につめ、また小さなみかんを一つ、俺の手に握らせた。

「ビタミンCは、人間にもモルモットにも必要だよ。知ってるかい?哺乳類の中で、体内でビタミンCを作れないのは、人間とモルモットだけなんだよ。」

 一瞬、ポカンとしたが、慌てて頭を下げた。実は、すごいインテリなばあちゃんなのかも……。

 結局、週に一度は八百屋に顔を出して、俺はばあちゃんから外葉をもらった。飼育のアドバイスも受け、固形のモルモットフードもやることにした。

「モルモットって、ネズミの仲間だと思ってたんですけど、牛や馬に近いって説もあるらしいんですよ。」

 俺は,外葉をもらう度に,ばあちゃんと少し話をするようになっていた。

「ふうん。そうねぇ。言われてみれば,馬に似てるところもあるねぇ。体つきも,ネズミよりは馬だねぇ。」

「体つきが,馬っぽい?」

「そうだよ,テーブルみたいに直方体のシルエット,頭部を除けばね。前足は指があるけど,しっかり地面に立ってます,という感じが馬っぽい。」

 ばぁちゃんの語り口は,なんだか知的でかっこいい。

「馬,詳しいんですか?馬っぽいかネズミっぽいか,そもそも僕は両方ともよく知らないから,わかんないけど。」

 ばあちゃんの前では,なんとなく「俺」じゃなくて「僕」と言ってしまうボクである。

「ああ,そう?わたしはずっと乗馬やってたからねぇ。馬はよく知っているね。」

 乗馬!?インテリなだけじゃなくて,お嬢様だったのか!?

「ネズミも,子供が昔,ハムスター飼ってたりしてたからね。知ってるねぇ。モルモットとハムスター,よく間違われるけど,全く違うからねぇ。見た目も,食べるものも。ハムスターは雑食だけど,モルモットは,草食動物なんだよ。そういう意味でも,やっぱり馬に近いねぇ。」

 俺の驚愕ぶりにはお構いなしに,ばあちゃんはちょっと遠い目をして,モルモットと他の動物の比較を論じていた。

 今日も外葉をたっぷり袋に入れて,小さなみかん一つと一緒に,ばあちゃんは渡してくれた。頭をしっかり下げてから,俺は走って帰る。

 なんか、モル雄のおかげで,ちょっと世界が広がった気がする。

 


 モル雄は,本当に賢かった。なんと俺は,お手をさせることに成功したのだ!

 前足の指に触ると嫌がって俺の指を踏んづける,(モル雄にとってじゃなくて)俺にとっての遊びを何回かくり返した後,俺は試してみた。モル雄の前に手を出して,「お手」と言ってみた。

 モル雄は,じっと俺の手を見ているようだった。だから,もう一度「お手」と言いながら,モル雄の前で手を動かしてみた。「お手,お手」何度か同じことをくり返した。

 すると,モル雄は俺の手の上に左の前足を置いた。びっくりした。「お手」と言っておきながら,本当にやるとは思っていなかったので,俺は思わず手を引きそうになった。

「すごいな,お前。もう一度,お手!」

 モル雄は,また左の前足(左手と言いたいぞ!)を俺の手の上に置いた。

「お前,左利きかよ?」

 なんだか笑いがこみ上げて来た。

 モル雄は俺をじっと見ているようだった。そうか,と気づいて,外葉をやった。もう一度「お手」をやって,また外葉をやった。ちゃんと報酬をあげないとね。心理学の授業で習った,学習の原理だよな?

 ほんと,モルモットって,面白いな。ばあちゃんに報告しないと!

 俺はスケッチブックを手に取り,モル雄が外葉を食べる様子をスケッチした。



 授業前のアトリエ,昼休み。

 昼飯をそれぞれ持参して,食べてる奴が多い。女子は弁当が多い。男子はコンビニや学内で買った弁当が多い。俺は節約して,今日はでかい握り飯を一つ作って持って来てかじってる。ちょっとむなしい……。

「小姫,何この絵本?竜宮の馬?」

「あぁ,図書館での読み聞かせに使ってんの。子供達がじゃれついてくるから,全然読み進まないんだけどさ。一応練習したいから,借りたんだ。」

 聞くとはなしに,女子グループの話が耳に入って来る。

「昔話なんだけど,あんま有名じゃないかも。おじいさんが子供達にいじめられていた亀を助けて,そのお礼に竜宮の使いが小さな馬をくれるんだよ。その馬は小さな金の粒を毎日一つずつ産むので,おじいさんは暮らしが楽になってくる。すると,お決まりの隣の意地悪じいさんが馬を貸せ!と連れてって,結局殺しちゃってさ。最初のおじいさんは泣きながら馬を埋めるだけど,そこから木が生えて来て,その木を切って臼を作る。で,その臼で米をつくと米が三倍に増えて……。」

「小姫,長くね?その話?」

「そうだね,ごめんごめん。ともかく,何度か隣の意地悪じいさんがチャチャ入れるんだけど,最終的には優しいおじいさんは幸せに,意地悪じいさんは不幸な目に遭う,っていうお決まりのパターン。」

 亀を助けて馬が来る?俺は亀を助けたら,モルモットが来たぞ?馬の仲間らしいけど。で,金の粒は産まれてないけど,ちょっと生活に潤いが出て来てはいるよな……。

「亀を助けてってさぁ,浦島太郎じゃないんだよね?マイナーな昔話選んだねぇ?なぜに?」

「ん〜,自分でもよーわからんが……午年生まれだからじゃね?ってか,『浦島太郎』って,子供達も同じこと言ってたから。それ,小学生レベルだから!」

 女子達が,楽しそうに笑っている。小姫って子は,こないだ俺と一緒にエスキスで褒められてた子だよな。髙橋が『巨姫』って言ってた。たしかに,でかいよな。顔はかわいいけど(ってか,すっごくかわいいと思うけど)。

「なんだ,山田,昼飯はおにぎりか!?」

 あ〜,髙橋のことなんか思い出しちゃったからか,髙橋を引き寄せてしまった。

「スケッチブック,俺がチェックしてやるよ!……何だ,これ?」

「やめろよ、勝手に人のもんを!」

「俺の質問に答えろよ。何だよ,この妙な生き物の絵は?」

「モルモットだよ。」

「何だ?実験動物か?何で?」

「飼ってんの!」

 俺がちょっと大きな声を出すと,ほぼ同時に先生が演習室に入って来た。髙橋は黙って自分の席に戻って行った。



 その帰り,俺はばあちゃんのところに寄って、いつものようにキャベツの外葉とみかんをもらい,ちょっとおしゃべりして,礼を言って家に向かった。すると,また髙橋に捕まってしまった。

「お前,何持ってんの?それ,野菜か?そこの八百屋で買ってんのか?」

「何だよ,いいだろ。モルモットの餌なんだよ。」

「わざわざ八百屋で買うなんて……怪しいな。大胆だよな,まさかお前が……。」

「何がだよ?相変わらず意味不明だなぁ。」

「ごまかすなよ!あの八百屋,『巨姫』の家だからな。」

 びっくりした。全然知らなかった。もう何回も行っているけど、一度も見かけたことないし。

「何、顔赤くしてんだよ!ますます怪しいな。次に買いに行く時は、俺も連れて行け。とにかく今は、お前の家に連れて行け。そして,モルモットなる生き物を見せろよ!」

「何でだよ……。」

 結局俺は押し切られ、髙橋を家にあげてしまった。

「これがモルモットか?」

 髙橋は俺に許可を求めるでもなく,勝手に小屋に手を入れて、無理やりモル雄を引きずり出した。

「やめろよ,怖がってるだろ!」

「そうか?いいじゃん。小屋の中にいたら、よく見えないし。でかいハムスターみたいだな?小さいウサギか?」

「どっちでもねーよ!モルモットだよ!返せよ!」

「とにかくお前は,こいつをダシにして,八百屋に,いや『巨姫』の家に行ってんだよな?俺にちょっと貸せや?三日でいいから。借りるぞ!」

「何言ってんだよ、ふざけんなよ!」

 思わず俺は、髙橋につかみかかった。髙橋は一瞬驚いた顔をしたが,すぐに俺を突き飛ばし返した。突き飛ばされても,俺はまたすぐ髙橋に向かって行った。髙橋は,俺にモル雄を取られまいと、必死につかんでいる。

「痛ってぇ!」

 髙橋が大声を上げて、モル雄を放した。どうやら,モル雄が髙橋に噛みついたようだ。自由になったモル雄は全速力で走り出し、開いていたサッシの隙間から、外に出て行ってしまった。

「モル雄!」

 慌てて俺はベランダに出たが、もうモル雄の姿はなかった。

「モル雄!モル雄—!」

 何度も名前を呼んでみたが、とうとうモル雄は戻ってこなかった。

 部屋に戻ると、いつのまにか髙橋もいなくなっていた。

 夜になっても、次の日になっても,モル雄は戻って来なかった。モル雄がいなくなって三日目,八百屋に寄って,ばあちゃんにモル雄がいなくなったことを告げた。すごく悲しくて、まともにばあちゃんの顔も見れなかった。するとばあちゃんは,ちょっと店の奥に行って,戻って来て,俺の手にいつものように小さなみかんを一つに握らせた。

「それから,これもやるよ。ただのブイヨンだけど。キャベツ,モル雄がいなくなったから,困ってんじゃないかい?あんたのこんだから,捨てるに捨てられず。これでじっくり煮ると、外葉でも美味しく食べられるよ。やってごらん。」

 涙が出そうだったので,下を向いたまま、ばあちゃんを見ないでしっかり頭を下げて、家に向かって走り出した。

「またいつでも,遊びにおいでよね!」

 ばあちゃんの声が、背中に聞こえた。



 夜中,変な音がして目が覚めた。何かがベランダに落ちて来たような音だった。翌朝サッシを開けると、そこには大きなビニール袋が一つあった。

 中身は、割り箸だった。使用済みの。なんだよ,不法投棄かよっ!あったまに来たが、授業に遅れそうだったので,そのままにして家を出た。

 翌日も、そのまた翌日も、割り箸の不法投棄は続いた。大家さんに相談しないとな。ともかく,次の燃えるゴミの日に出さなきゃ。割り箸って,燃えるゴミだよな?どんなに大量でも。あぁ,もう,何なんだよっ!

 モル雄がいなくなって,すっかり気分が落ち込んでるっていうのに。なんで割り箸が大量に投げ込まれるんだよ?毎日毎日!モル雄がいなくなって……そこで俺は、ふと面倒な授業課題を思い出した。

 立体造形デザインで出された課題は,「夢」をテーマに造形物を作ることだった。もちろん,立体物。時間も材料費もかかる,やっかいな課題だ。でもその課題,この割り箸を使ってできないかな?洗えば、汚くないよな?

 俺は早速、割り箸を一本ずつ丁寧に洗い出した。



 一ヶ月後、立体造形デザイン課題発表の日。ありがたいことに、晴れてくれた。夢中になって作ってたら、結構な大きさになったから、完成してから焦った。運ぶこと、あんま考えてなかった。

 早めに行って、アトリエに作品設置。ばらばらと他の学生達もやって来て、自分の作品を飾っていく。なんか、他人のは上手に見えるよなぁ。でも、発表会、俺は結構好き。みんなの作品見るのやっぱり楽しいし、プレゼン上手い奴とか刺激になるし。徹夜明けでつらいけど、なんか気分は高揚してる。

 気がつくと、自分の作品の周りに、人だかりが出来てた。

「山田、すごいなっ!」

「力作だね!」

 今まであまり口をきいたことのなかった人達が、口々に話しかけてくれた。

「結構、夢中になって作っちゃったよ。」

 俺も自然に受け答えしてた。

「よーし、プレゼン始めるか?こっちの端から行くか?いいよな?学籍番号順じゃなくても。」

 いよいよ始まりだ。その順だと、結構最初の方になる。番号順だと、いつも最後の方だから、なんか緊張する。俺、口下手だし……。

「はい、じゃあ始めます!わたしの作品は、モルモットです!」

 びっくりした。トップバッターはあの小姫ちゃんだった。

「おいおい……『夢』ってテーマで、なんでモルモットなんだ?」

 先生が突っ込んだ。いや、まぁ、みんなそう思うよな。

「はい。昔モルモット飼ってて、モモっていう。そのモモちゃんが来ないだ夢に出てきたんで、思い出して作りました。みんなモルモットってよく知らないと思うんですけど、結構頭いいんですよ。うちのモモちゃんは、犬みたいにお手しました。これは、モモがお手をしているところです。」

 小姫ちゃんのモモちゃんは、クスノキの木彫りだった。すごくよく出来てると思った。うちのモル雄も、あんな格好でお手してたよ!毛の質感も見事に表現されてるし、ほんと今にも鳴き出しそう。

「なんかあまりにも個人的エピソードで、『夢』感がわかりにくいよなぁ〜。モルモットって、こういう生き物なのか?毛の質感は、動物らしさが表せてるけどねぇ……はい、次の人!」

 拍手もまばら。教員がモルモット知らないんじゃ、話にならないよ!不当な評価に密かに熱くなる。たしかに、『夢』感はわかりにくいけど。それにしても、お手をするモルモットって、標準なのか……。

 次々進んで、あっという間に自分の番が来た。口から心臓が飛び出そう。

「僕は、……竜宮城を作りました。」

 おおっ!という声が聞こえた。耳が熱くなる。

「竜宮城か!なんだ、乙姫様に会うのが、山田の夢か?」

 どっと笑い声にアトリエが沸いた。

「いや……その……助けた亀のお礼が、竜宮城から遣わされたんで……」

「何言ってんだ?竜宮城に行くんだろ?浦島太郎は?まぁいいや。よく出来てるな。って、俺も竜宮城見たことないけどな!まぁ、こういうイメージだよな。細かいところまで丁寧に作業してある。割り箸、削ったりしてるよな?そのまま使ってない。それに比べて、これは何だ!?高橋か?同じ割り箸作品でも、酷過ぎる。お前、デザイン科なめてんだろ?」

 先生は、順番を無視して、隅の方に置いてあった高橋の作品の方に行き、説教を始めた。みんなも、ぞろぞろとそっちへ行ってしまった。

「いやいや!なめてるわけないじゃないっすかぁ〜、先生!」

「じゃあ、何だ?これ?ジェンカにしか見えねぇぞ。もしくは、火の見やぐら。」

「いやいや!スカイツリーでしょ、これ、どう見ても!」

「どこがだっ!?だいたい、割り箸洗わずに使っただろ?ラーメン臭がする。」

 また大きな笑い声が起こった。先生はかなり呆れた顔してるが、高橋は悪びれもせず、ベラベラ喋る。二人のやり取りを、聴衆と化した学生達はすっかり楽しんでいる。でも、プレゼンというか講評が尻切れになった俺はどうしていいかわからず、自分の作品の前に留まっていた。

「おーい!おーい!」

 小さな、けれどはっきりした声が聞こえた。

「ここだよー!ここ、ここ!」

 声は、俺の作品の後ろから聞こえた。

 俺は、自分の作った竜宮城を覗き込んだ。扉は全て開閉出来るようにしてあって、プレゼンのために開けておいた。その一つの扉から、竜宮城を覗き込んだ。

 そこには、黒く美しい瞳が、文字通り輝いていた。

「山田クンはさぁ、竜宮の馬の話、知ってんの?」

 瞳が喋った。黒くて大きくて美しい瞳が、俺の名を呼んだ。

「知ってるっていうか、小耳にはさんだくらいで……あ、いや、亀を助けたら、子馬のようなものが来たというか……。」

「亀?子馬?」

 あぁもう俺、何言ってんだか!

「それより、小姫ちゃんのモルモットも、お手をしたの?」

 小姫ちゃんって呼んじゃったよ!口きいたこともないのに、いきなり下の名前を呼んでしまった!!

「あーっ!山田を忘れてた!みんな、山田の力作に拍手な!」

 突然背後から先生の声が聞こえて、俺は飛び上がった。振り返ると、みんなが笑顔で拍手していた。

 投票の結果、俺の竜宮城は今回の最優秀作品に選ばれた。それはもちろん嬉しかった。でも、もっと嬉しかったのは、いつの間にか、竜宮城の前に小姫ちゃんのモルモット像が置かれていたことだった。竜宮の馬、完結!



「おばあちゃん、ただいまー!ってか、おばあちゃん、何抱いてんの!?」

「小姫ちゃん、おかえり。この子、さっきとことこ歩いて入って来たんだよ。」

「モルモットじゃん!」

 びっくりしたなぁ、野良モルモット!?しかも、八百屋に入って来るとかって!

「この子、モモちゃんみたいにお手するよ。」

「うっそぉ!」

「ほら。」

 ほんとだ……。お手するモルモットって、ポピュラーなのかな?

「この子、あの学生さんの飼ってたモルモットじゃないかと思うんだよねぇ。お手するし。模様も話に聞いてたのに似てるし……。」

 おばあちゃんったら、モルモット飼ってる学生に、野菜の外葉あげてたって。ついでに

売り物のミカンも毎回あげてたって、お人好し。

「なんでもねぇ、玄関先にモルモットが捨てられてたらしいんだよ。」

 捨てモルやら、野良モルやら、世も末だっ!怒りを覚える!

「なんか、大人しそうな男の子でねぇ。いじめられてた亀を助けたって話も聞いたよ。優しい子なんだよ、きっと。」

 ……亀を助けた?

「亀を助けた後に、モルモットが来たのかな?」

「あぁ、たしか、次の日の朝って言ってたかねぇ。」

 そんな奴、そうそう何人も世の中にいないよね?

「あの学生さん通らないかと、こうしてモルモット抱いて待ってんだよ。いなくなって、とても悲しんでたようだから。」

「いいよ、返さなくて。」

「あら、どうして?」

「だって、外葉やってたのおばあちゃんでしょ?おばあちゃんが育ててたのと、同じじゃん。」

「そうは言っても……」

「いいのいいの!その子がモルモットに会いたくなったら、うちに遊びに来ればいいじゃん。」

 おばあちゃんは、好奇心をそそられたようにわたしを見た。

「とにかく、明日その子連れて来るよ!」

 わたしは、おばあちゃんからモルモットを奪い上げて、家の中に入った。

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