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3.仲のいいクラス



 ときたま、ふわふわと癖の強い髪をなびかせて小走りする少女に、窓で仕切られた教室の中から好意の手が向けられていた。当たり前のように少女はその一つ一つを笑顔で応える。

 目的地にいる人物を目指すには、前の黒板側から入るしかない。ならば、躊躇う必要があるのだろうか。


「おっはよーございまーす、小山田先生!!」

「お前は……なんつータイミングだよ」

「え、ナイスなタイミングだったでしょ?狙ってませんが」

「……質悪ぃな」


 にっこりと無邪気に微笑む緋凪に、担任である小山田透は呆れ顔を作る。変わりのない日常の一部。いつものやりとりであり、また現れた彼女に教室中の空気が和らいだように見えた。


「にゃははは、安斎先生に転校生が来てるって聞いて、足挫いてるのに走ってきちゃった」

「……今日は足、か。無理はすんなよ、相川。罰として、転校生の自己紹介が終わるまでそこで立っていろ」

「えーっ私足怪我してるんだよ!? 立つのもやっとってわけじゃないけどさ!」

「さぁて、転校生その一、自己紹介しろ」


 だらしなく桜色の唇を開け、情けない声で小山田に訴える緋凪は華麗にスルーされ、転校生の一人が一歩前に出た。

 緋凪はもちろん、他の生徒と同じく、灰を基調として、赤を注し色に黒色の線が入った襞スカートからすらりと伸びる白磁の美脚、黒のブレザーの下からちらりと覗くベージュのカーディガン、スカートと同じ生地のリボンが胸元を飾り、ススキ色の腰まで伸びたストレートの髪、大きな緑色の瞳を縁取る睫毛は長く――そのどれもが精巧な人形のように整う、妖しい少女。

 そんな少女の肩にかけられたショルダーの少々くたびれた分厚い本が、やけに印象的だ。


「モニカ・モルダー=ブラウンよ。短い間だと思うけど、よろしく」


 鈴を転がしたかのような澄んだ声で紡がれた言葉は、魅惑的な響きを孕み、聞く者の心を強く揺さ振った。しかし、彼女の瞳は何処までも冷たく、他者を拒んでいるようにも見える。

 そんな彼女と比べてしまったら見劣りしてしまうだろう少年が、モニカ・モルダー=ブラウンに背中を乱暴に押され前に出る。黒のブレザーに白のワイシャツ、胸元を飾るネクタイと下のスラックスは女子用のものと色が違い赤のところが深い緑色をしていた。

 おどおどしている彼を入り口近くに立たされている緋凪が観察していると、灰色の髪は彼の目元を隠していることに気付く。それにより、彼の表情を分からなくさせているのだ。


「……遥・ガルー=ルセット……です。よろし、く」


 か細い声で紡がれた言葉に、パラパラと拍手が鳴る。


「それじゃあ、モルダーとルセットは後ろの空いてる席に座ってくれ。あと、相川も座っていいぞ」

「やったーって、先生これ渡しておくね」

「ん……ああ、入室許可証な。確かに受け取ったわ」


 そんな二人のやりとりを尻目に、モニカと遥は小山田に指し示された窓側の後ろに二つだけ並べられた机へと向かい、席に着く。奥側にモニカが、その隣に遥という順だ。

 モニカは肩にかけていた分厚い本を机に置き、すぐに外へと視線を向ける。遥のほうは、早速前の席の男子に話しかけられているのが見える。

 その光景を横目に、緋凪は席に着く。机の横にあるフックにカバンを掛け、小山田の「特に連絡事項はない、と思う」という言葉を耳にする。顔をあげるとちょうど安斎がやってきて、小山田が本当に連絡事項がないか確認している。そのことに呆れ顔をする安斎。


「連絡事項はあるにはあるが、一時間目にロングホームルームが入っているからそっちで伝えるぞ。それじゃ、十分休憩に入ってくれ」


 その言葉で、朝のホームルームは終わりを告げた。途端に教室内はざわめき始める。

 ちょうどいいとカバンに手を伸ばし、中から筆箱を取り出していると前の席の女子が振り返り、ニコッと笑う。


「緋凪、おはよーう。また遅刻だねー?今日はなしたのさ」

「おはよ、奈留ぅー今日は寝坊しちゃったんだよねー」

「寝坊で足怪我するとか、相川ドジ過ぎだべ」

「どうせ諦めて途中でコンビニ寄ってたんじゃないの?」

「私がドジとか、奈留のがドジでしょ。ってか、諦めてって何ー? 走ってきたんだからそんな余裕ないっての。だから腹減りなんだよね。みもりん何か持ってない?」

「俺持ってねーわ。朔良は? いつもお菓子持ってきてるよな」

「えーと、あ、おはぎあるよ!」

「なんでおはぎ!?」

「いいじゃーん、おはぎ。食べちゃえ食べちゃえ」


 いつの間にか緋凪の後ろの席の友人である千晴と奈留の隣の席のクラスメートである三森まで会話に参加してきていたが、これもいつものことなので緋凪は唇を尖らせて三森に菓子を要求してやる。予想通り三森は何も持っておらず、緋凪の右隣で授業の準備をしていた藤沢を案の定巻き込んでしまった。が、そこは藤沢。慣れたもので、笑顔で今日のお菓子を提示した。

 ニヤニヤしている奈留に促されて、ちょうど藤沢からおはぎを手渡される。タッパーに入れて持ってきているところを見ると、コンビニで買ってきたわけではないということが窺い知れる。餡子の香りが、また緋凪の空腹を突いてくる。


「藤沢作?」

「うん、俺作。たくさん作ったんだよね」

「なぁ、朔良ーそれってクラス全員分あるわけ?」

「あるよー。俺の分もしっかりね!」


 そう言って掲げたトートバッグ。どうやら授業に必要なものと分けてわざわざ持ってきたようだ。藤沢のどや顔が妙に輝いている。

 驚く者や呆れ顔を浮かべる者がいる中、三森の呼びかけに各々の友人と談笑をしていたクラスメートがわらわらと集まってくる。その中に転校生である二人の姿もあった。


「あれ、嵐、もう転校生と仲良くなったの?」


 それに気付いた三森が、二人を連れている片岡に声を掛ける。掛けられた片岡はニヤッと笑い、大きくうなずいて見せた。


「おう、ばっちり! 遥、モルダーさん、おはぎ平気な人?」

「おはぎは、初めてかな。餡子は平気だったよ」

「食べたことないわよ。もらえるならもらっておくけど」

「藤沢の和菓子はうまいよ~。なんたって和菓子屋の息子で、お店を継ぐためにいっぱい練習してるもんね。このおはぎもうまぁ~」


 緋凪の言葉に嘘はない。もらったおはぎは本当に美味しく、笑みが知らずに出てくる。

 藤沢はその言葉に嬉しそうに微笑み、それからおはぎを食べ終わったクラスメートのお礼と感想に応えている。


「……不思議なクラスね。力もないのに」


 そのつぶやきは、遥以外の耳に届くことはなかった。おはぎを食べ終わったクラスメートはもうすぐチャイムが鳴ることに気付き、ざわめきながら席に着いていっていたからだ。

 モニカも流れに倣って席に着く。しかし、その視線は緋凪を捉えて離さない。当の緋凪はその視線に気付くわけでもなく、藤沢からおはぎの入ったタッパーを受け取り、奈留と千晴から振られる会話に相槌を打っている。


「……片岡君、あの、俺の後ろにある机って、なんなのかな」


 モニカの視線の先を気にしつつ、遥は前を向いていた片岡に問い掛ける。遥の言う様に、遥とモニカの後ろには机があり、その机の上には菊の花が活けられた花瓶が置いてある。他に花瓶を置ける箇所があるにもかかわらず、そこにあるのだ。気にならないわけがないだろう。

 片岡は一度、その机に視線を走らせ、気まずそうに笑顔を歪める。


「あれな、先月亡くなったクラスメートの机なんだ。弔いの意味も込めて、置いてあんの」


 毎日、欠かさず活けられている菊の花。それは一ヶ月経った今でも途絶えることはない。

 遥は礼を言い、じっと花を見つめる。これが、被害者の席だったのだと思うと胸が苦しくなった。

 チャイムが鳴る。それと同時に小山田と安斎が教室に入ってくる。

 号令がかかる。クラスメートが立ち上がったため、それに倣う。

 授業が始まる。


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