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1.幼馴染の死

あらすじにもあるとおり、comicoのベストチャレンジでも掲載されております。

こちらでも楽しんでいただければ幸いです。

よろしくお願いします。



 吐きだす息が白い。空に吸い込まれるように消えていくそれに、もうすぐ冬が来るのだろうか、とふと思った。

 カーディガンとマフラーだけでは夜が更けていくこの時間帯ではやはり寒く、明日はブレザーも着用しようとひそかに心に決め、少女は光の当たり具合で緋色にも見える癖の強い黒髪をかじかんだ手で撫でる。


「遠回りなのに、いつもごめんね」


 コツン、とローファーの靴音を鳴らし、少しの街灯に淡く照らされたバランスの取れた容貌を持つ友人の頬は、寒さから赤く火照っているように見えた。表情はとても申し訳なさそうで、こちらが悪いことをしているように思ってしまう。


「いいよ、気にしないで。私が好きでやってるんだからさ」


 ニッと、見るものを自然と笑顔にしてしまう朗らかな笑みで少女は友人にそう言った。その笑みと言葉に、彼女はほっと息を吐きだして控えめに微笑んだ。

 また、沈黙が降りる。

 いつもなら会話の種に困ることのない友人だ。こんなに黙してしまうと、気まずく微妙な空気になってしまう。

 また、いつもならそれが少女にとっては苦痛だった。

 そんないつもとは状況が違う。お互いに流れる緊張感が、それを嫌でも意識させた。話題を探すこともせず肩を並べて歩く。冷たい風が吹くごとに肩を竦め少女は身を震わせた。

 二人分のコツン、コツン、と夜道に響く靴音に雑じるように、何処からか犬の吠える声と子どもの笑い声が聞こえてくる。近所の住宅だろうか、なんだか聞き覚えがある気がした。


「あ、ここでいいよ」

「んー、そう?大丈夫?……送るよ」

「ん、大丈夫。心配どうもね」


 見覚えのある丁字路にたどり着き、隣に並ぶ友人が紺色のマフラーを口元にあげて、尚も心配そうに眉を下げる少女に目を細めて笑いかけた。こんなときなのに彼女のその笑みは優しくて――だからこそ、儚かった。

 そんな笑みを見せられたら引き下がるしかなくなって、ぐっと出かけた言葉と一緒に息を呑む。本当はこんなときに一人で帰らせたくなかった。けれど今日告げられた本音が引っかかって、そんなエゴを押し付けられなくさせた。


「わかった。気を付けてね。また明日、潤」

「うん、バイバイ。また明日ね」


 少女の返答に、彼女は眉を下げてまた目を細める。まるで「ごめんね」と言うみたいに。手をひらひらとお互いに振り、彼女は等間隔に並ぶ街灯の道に入っていった。少女はしばらくその後ろ姿を見つめ、はぁと白い息を吐きだしてから彼女とは反対の路地に入り込む。

 コツンコツンコツン、靴音をわざと鳴らして、街灯に照らされた夜道を歩く。追いかけたいが、彼女の気持ちを尊重したい。そんな相反する気持ちを落ち着かせるために、踵を鳴らす。すると、ヒヤリ、背筋が寒くなった。

 なんだろう。少女は舐め回すようにまとわりつく生ぬるい風に吹かれて鳥肌が立った腕をカーディガンの上から擦る。気味が悪かった。しかし何故か、別れたばかりの友人の笑顔が脳裏をよぎる。


「そう、いえば……潤に、勉強に使うって言ってたノート、まだ返してなかったな」


 鳥肌が立った理由が、胸をざわつかせる予感を揺さ振る気味の悪い風のせいだと、少女は思いたかった。違うと、過敏になっているせいなのだと信じたかった。声を出して戻る理由を口にした。そうでないと、大切な友人のあとを追えないような気がした。

 踵を返し、少女は歩いてきた道を戻る。胸騒ぎがしてならない。気のせいであってほしいのに、行かなければならない。そんな思いに駆られ、少女は気付いたら走り出していた。

 早く、早く、早く。

 もっと速く、もっと速く、もっと速く、行きたい。行かせて。少女は息を切らせて、逸る願いに顔を歪める。

 そんなに距離があるわけでもないのに、足が鉛を詰められたみたいに重くて思うように走れない。何度も足がもつれて転びそうになり、その度に態勢を立て直す。それを繰り返し――ついには石に躓き派手に転んでしまった。


「ッ……たぁ」


 肩からずり落ちたスクールバッグに向かって、砂利の多いアスファルトについた手を伸ばす。派手に転んだために手のひらも膝も当たり前にじくじくと痛んだが、今は気に留めている余裕はなかった。

 何故かわからないのに、急いで彼女のもとへ行きたかった。

 しかし、意外と派手に転んだダメージが大きかった。力を入れたはずの足はままならずぐらっと体はよろめき、血を流す手のひらでブロック塀に縋り付く。ザリッと擦れて傷口が悲鳴を上げる。声にならない悲鳴の代わりに冷や汗がどっとあふれた。


「――きゃぁあああああああッ‼」


 突然であった。息を切らす少女の鼓膜を揺らした甲高い女の悲鳴。ちょうど、目と鼻の先に存在する角を左に行った場所からした。

 直感でわかった。この声は、この悲鳴は、まさしく潤だ、と。


 嫌だ。行きたくない。


 あんなに行きたいと願った友人のいる場所なのに、今はもう足が震えて立つのがやっとだった。

 しかし、望んでいなくても、足は最初の願いを叶えるために勝手に動く。その先に、得体の知れない存在が佇んでいたとしても。


「じゅ、ん……?」


 角から出た少女は、変わらぬ明るさで道を照らす街灯の下に倒れる、赤の華を咲かせた友人を見つけた。その光景は、さながら煌々と光るスポットライトを浴びる役者のようだった。

 傍らに、闇に紛れて顔の見えないナニかがいた。それが彼女を脅かす存在だったのだと、夢の中を彷徨っているみたいにぼうっとする頭で理解した。

 ナニかは、ゆっくりとこちらを見た。黒い絵の具をまんべんなく塗りたくった中に、ぽつんと血のように赤い瞳がある。まるで、傍らに倒れる彼女の華を、たった今嵌め込んだのではないかと疑ってしまうほど、それは綺麗な赤色をしていた。


「……潤」


 無意識に、少女は倒れる友人の名を呼んだ。彼女はピクリとも動かなくて、それだけでナニかがしでかしたことを痛感した。

 ナニかが、少女に向かって歩きだそうとし――掻き消えた。寝間着姿の人が、住宅から飛び出してきたからだろう。派手な音を立てて閉まる扉、倒れる友人の傍に駆け寄って友人に呼びかける女性を何処か別のことのように感じる。力が抜けて座り込んだ少女は何も出来ずにそれを見ていた。

 冷たい滴が、青ざめた頬を静かに伝い、悲鳴と絶望を吸い込むアスファルトに弾けた。


「……ごめんなさい、潤……」


 守れなかった。大切な友人を、幼い頃からともに人生を歩んできたかけがえのない幼馴染を、むざむざ死なせた。

 何故あのとき己を突き通さなかったのだろう。彼女の気持ちを無視して送っていれば、こんなことにはならなかったのに。

 胸中に後悔が押し寄せる。繰り返す言葉は、彼女に向けての懺悔のみだった。


「……ごめんなさい……っごめんなさい……潤……っ」


 いつの間にか、茫然と我を失っていた少女は紺色の制服を纏う青年に支えられていた。あれこれ問われたとしても、少女は震える唇から事の顛末を指す単語だけを並べていった。光を失った瞳は、もう運ばれていない友人が倒れていた場所をただ映していた。


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